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74 オーク虫

前回は二重投稿してしまい、申し訳ありませんでした。

感想欄、メッセージ等でお知らせいただき、本当にありがとうございます。



「お嬢様の話と、なんだかずいぶん印象が違いますね」


 すっかり元気をとりもどしたミーシャが、まわりをきょろきょろ見回しながら言う。

 

 修道院へと続く道は、色とりどりの花が植えられている。外壁の外まで聞こえるなんとも楽し気な笑い声に、思わず頬がゆるむほどだ。一泊野営したため、修道院に到着したのは昼前であったため、昼食の支度なのかおいしそうな香りも漂い、ミーシャのお腹がぐうっと鳴った。


「ええ……そのようね」


 修道院が酷い場所だと思っていたのは、あの時の私がひどい状態だったからかしら?

 確かにあの時は、婚約者のエンデ様に裏切られ、でもそれを信じたくなくて、心がズタズタになっている時だった。私を捨てたお父様とお母様に対して憤慨していた。「何があっても親なら子供の私を守るべきなのに、よりにもよって私を見捨てるなんて!」そう憤っていた。人々の笑顔が、婚約者を寝取られた私をあざ笑っているように感じて、誰に対しても攻撃的になっていた。伯爵家の跡取り娘として、何不自由ない生活をしていたのに、こんな寂しい修道院に追いやられ、先の不安で足が震えているのを虚勢を張って必死に隠した。

 しかしその時の印象と、今の修道院の姿があまりにも違いすぎる。いったいどうしたことだろう?


 馬車が止まる。鉄柵の上がった城門を通り過ぎ修道院の正面に着いたらしい。アランが馬車の扉を開けた。


「お嬢様、出迎えのようです」

「ええ、分かったわ」


 私は馬車のステップを下りた。その先には高い外壁に守られた修道院の唯一の出入口の前に、白い修道衣に身を包みながらも分かるくびれた腰に両手を当てて仁王立ちしている長身の修道女がいる。うねるようなはちみつ色の金髪を豊かな胸まで垂らし、きつく吊り上がった目は深海のような深く青い瞳が私を値踏みしている。そして、その肩には嫌われ者のオーク虫が、ペットのように大人しく肩に止まっていた。オーク虫とは豚のような顔をしており、人間の女が大好きで、その触覚で乳房をなめまわし「チチ、チチ(乳)」と野太い声で鳴くことから、魔物のオークにちなんで名付けられた。またその習性から、特に女性から忌み嫌われ、問答無用で叩きつぶされる虫だ。

 私にとってもオーク虫は馴染み深い虫だ。王都から領地に来る途中、ゴブリンに襲われた森で採取したのがオーク虫が卵を産み付けた虫こぶ、つまりオークアップルだ。また、そのオークアップルの中で孵化して成長し羽化したオーク虫も私の調合の大切な素材だ。オークアップルで育ったオーク虫を一緒に調合すると、薬効を高めてくれる効果があるからだ。また、オーク虫が旅立った後のオークアップルは、お父様に差し上げた頭痛薬の材料にもなっている。

 しかし、天然のオークアップルを手に入れるのは難しい。何故なら、オークアップルを作るオーク虫は千匹に一匹、異常行動を起こした個体だといわれている。そのため、私は自分でオーク虫を育てて、オークアップルを人工的に作ろうとしていた。しかし、その苦労は調合室を爆破したため無に帰した。そのオークアップルこそが、ヨーゼフとダンの妹の病気を治すための最も重要な素材であるにもかかわらず。


 私は、その修道女に頭を下げながら、こっそりとその肩に留まったオーク虫を観察する。


(やっぱりだわ……)


 この修道女は前の人生で私が修道院にいたときに院長だった人だ。その肩のオーク虫は、握りこぶしくらい大きさだ。普通のオーク虫の数倍はある。オークアップルから生まれたオーク虫は通常のオーク虫よりも大きい。そして、そのオーク虫がさらにオークアップルを作り、そこから羽化したオーク虫はさらに大きくなる。この修道女の方に留まっているオーク虫は、いったい何世代オークアップルでの羽化を重ねた個体なんだろうか?


(やっぱり、ここでオークアップルを作っているのは間違いないわね)


 人工的に作られた(・・・・・・・・)オークアップル。これこそが、私がこの修道院に来た目的だ。


 修道女が、口を開く。


「お前がゴッソの娘か」


 まるで軍人のようなぶっきらぼうな物言いだが、それがよく似合っている。私はさらに頭を下げた。


「はい。ユリアと申します。お父様は、領地のお仕事のため来られなくなりました。くれぐれもよろしくと言付かっております」

「そうか……それは残念だな。私は修道女のクラリッサだ。ゴッソの学園時代の先輩にあたる。ユリア、頭を上げてくれ」

「はい。クラリッサ様」

「うむ。ゴッソの瞳と同じ色だな」


 クラリッサ様は、私の瞳を見て懐かしむように、目を細めた。私は、記憶にないクラリッサ様の表情に、なんと返事をしていいのか分からずに、口ごもってしまった。

 

「歓迎しよう、ユリア。このリンドウラ修道院にようこそ」

 

 クラリッサ様が笑うと、大輪の花が咲いたように明るくなった。そしてクラリッサ様の肩に止まったオーク虫が「チチ」と野太い声で鳴く。これも記憶にない姿だ。前の人生では、このクラリッサ様がきつく厳しい修道院長だった。あと数年の間にこの修道院の中で何か大きな変化があるのだろうか?


「皆、中に入れ。女ばかりの修道院だが、庭には宿坊もある。男はそこに滞在することを許す。今は商会の者も滞在しているから、分からない事があったら彼らに聞くように。そして修道院の中に、男が許可なく入ることはできない。いいな」

「かしこまりました」


 クラリッサ様のご指示に、私は深く頷いた。私は後ろを振り返り、主らしく護衛隊に申しつけた。


「皆もそうするように」

「「はい、お嬢様」」


 皆の返事に、クラリッサ様は満足そうに頷いた。しかし私は護衛隊の揃いに揃った返事に、頬が引きつりそうになった。目が真剣過ぎるのだ。「信者」……こわい。ここで一時でも離れられて本当によかったわ。

 ダンとガウスの方は、ラフなもので手を振っただけが了承の返事だ。


 馬車は護衛に任せて、歩いて外門をくぐる。真上を見ると、先のとがった槍のようなものが見えて、背筋が凍る。


「あれは落とし戸だ。何かあったときには、あの鋼鉄製の戸を落とすことになっている。ま、前の戦争直後に落としたのが最後らしいがな」


 修道院の庭は、一部が畑になっていて、野菜の他に珍しい薬草などを栽培しているのが見て取れた。クラリッサ様は、護衛達に馬屋のある庭の離れを指さす。そして私とミーシャには付いて来るように言った。


 青銅の扉をくぐり、修道院内部の石畳の廊下をカツカツと音をさせて歩くクラリッサ様のあとについて歩く。時折「チチ、チチ」と鳴くオーク虫に、私が屋敷での飼育中に、その柔らかそうで豊満な胸をなめまわされたことのあるミーシャの頬は引きつったままだ。

 クラリッサ様は、石畳の真ん中で、急に後ろを歩いている私達に振り返り、ニヤッと笑った。


「お前たちは運がいい。到着が一日遅れたおかげで、今日の祭りに立ち会えるぞ」

「お祭り……ですか?」


 私が前の人生で修道院にいたときには、そんなものはなかった。


「そうだ。お前はここで『リンドウラ・エリクシル』を作っているのを知っているか?」

「はい。有名な薬酒ですから。確か『聖なる乙女が作った薬酒は二日酔いしない』という触れ込みの……」

「そうだ。今日は二日酔いしないだけではなく、様々な治癒の力もある。今日は、そのリンドウラ・エリクシルの仕込みが終わり、一番若い三年物が仕上がった日だ」

「そのお祝いですか?」

「ああ、そうだ。そして毎年、できあがった三年物の酒の量よりも少しだけ出荷用の瓶が少ない。その余った分を、『聖なる乙女』つまり修道院にいる全員で分かち合うのがこの祭りだ」


 私がいたときは、リンドウラ・エリクシルを作ってはいたが、借金を抱えて金に困っていたため、最後の一滴まで出荷したものだ。もちろん、そのリンドウラ・エリクシルを皆で分かち合うなんてことをするはずがない。


「つまり、『祭り』というのは、みんなでお酒を飲むということですか?」


 クラリッサ様は、ニカリと笑った。


「みんなで飲んで、その喜びを神へ捧げるのさ」


 大食堂の扉をクラリッサ様はバンと開けた。中には、大勢の女性がいた。正面にひときわ豪勢な花飾りのついたテーブルがあり、そこから櫛の歯のように、いくつかの長テーブルが並んでいる。


「ユリアは客人だ。修道院長の隣の席を用意してある。そっちの侍女は、下働き達の長テーブルの方だがユリアとは近くの席だ」


 私が案内された席に着くとクラリッサ様は、大食堂の全員に聞こえるような大声で宣言する。


「祭りの始まりだ! 皆、楽しめ!」



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