閑話 ある護衛の変容① ~アラン視点
私事ですが、スマホを買い換えました♪
バッテリー60%で電源が落ちちゃうハラハラドキドキ生活とはおさらば!
これで感想返しも早く……なるかもしれないです(-_-;)
「アラン、お前はお嬢様の護衛で領地に行ってくれ」
「ですが、義父さん!」
「職場では『義父さん』と呼ぶな! それにこれは辞令だ」
王都でのオルシーニの護衛隊は数組ある。その護衛隊を束ねるのが、目の前にいる義理の父だった。
厳しい義父の表情がふっと緩む。
「アランが娘の体調を心配しているのは分かる。もともと体が弱いのに、妊娠が分かったばかりだからな」
「はい……」
「だがこれはオルシーニ伯爵家の護衛としての仕事だ。一人でお嬢様を領地にやるのに腕の立つ既婚者にしか任せられん。お前なら適任だ」
「義父さん……」
「やってくれるな」
「分かりました」
「うむ。護衛隊長は経験のある者を任命した。しかし何かあった時は、お前が一番腕が立つ。中心となってお嬢様を守れ」
「はい!」
義父の前では、そうは言ったが、私の心は重かった。義父の言う通り体の弱い妻の妊娠が分かったばかりだ。オルシーニの領地で親を亡くし、父の友である義父の王都の家に引き取られたのはまだ小さい頃だった。親を亡くして、王都に越してきたばかりの私を慰めてくれたのが、義父の娘だ。そして初恋を実らせ、つい数ヶ月前に彼女と結婚した。そしてほんの数日前に妊娠が分かった時は、天にも昇る喜びと、大きな不安を感じた。妻の体はとても丈夫とは言い難かったからだ。妊娠に耐えられるのか……。
そんな折の辞令だった。
今まで私は義父と共に、旦那様を護衛する隊に所属していた。護衛とは兵とは違い、団体よりも個人の才覚が求められる部署だ。その中でも私は、若輩とはいえ一番腕が立つという自信がある。政治的に敏腕な分、敵も多く襲われる事も少なくない旦那様をお守りできることに喜びを感じていた。
一方、護衛の別の隊は奥様とお嬢様をお守りしている。その隊は、お二人のご要望で、見目麗しい者を揃えていた。腕はそこそこだが、ほとんど出歩く事のないお二人にはそれでも十分だった。私は、内心お嬢様達の護衛を馬鹿にし、護衛という仕事をお飾りとしか思っていないお二人に憤りを感じていた。独身だった私が貴婦人や未婚の令嬢の護衛を任されることはなく、ほとんど接することがなかったのが救いだった。
しかし今回、私が妻と結婚したことで、そのお嬢様を領地まで一週間もかけて送り届け、その生活が落ち着くまでお守りする仕事を任された。跡取りであるお嬢様を直接お守りできれば、年若くても昇進につながる。そうした義父の配慮なのは分かる。分かるが、しかし……。妻の事ばかりではなく、お嬢様自身に対していい感情を持っていない事も、この辞令で気が重い原因の一つだった。
私が思い違いをしていた事に気が付いたのは、王都を出てしばらくしてからの事だった。わがままで知られるお嬢様だったが、それはデマだったようだ。何故ならお嬢様は、私達が言った事に絶対に逆らわないからだ。もちろん、私達が言うことは、安全を確保するために守って欲しい事だ。それは、「夜は出歩かない」だとか「酒を飲むな」とかそういうことだ。そうした当然の事も、甘やかされて育った子供は親の目がなくなると、羽目を外そうとする。それを抑えるのは護衛として一苦労だという話もよく耳にする。他家の護衛の中には危険から主家の子供を守ったのに、当の子供の機嫌を損ねさせてクビになった者もいるそうだが、お嬢様に限って、それはなさそうだ。
それにお嬢様は、森の散策や街でも買い物など、許可をいちいち護衛隊長に求める。これも大変ありがたかった。街の治安を護衛が調べている間はきちんと宿で待機し、治安に問題なしと許可したら侍女のミーシャさんと一緒に散策を楽しむのだ。街でも森でも危険な場所は、教えなくても決して近寄らない。むしろこれはミーシャさんの方が危なかった。勝手に一人で消えている事もあるのだ。しかし、私達はお嬢様の護衛だ。消えたミーシャさんを探しにお嬢様を危険にさらす訳にはいかない。結果的にミーシャさんは無事に戻ってきているが、しっかりと教育をしなくてはいけないだろう。頭の痛い事だ。
さらに嬉しいことに、街で食事の時は、我々のテーブルには他のテーブルよりも常に一品多く出されていた。お嬢様がわざわざ厨房に我々の労をねぎらうためにと注文してくれたそうだ。それなら酒をと言いたいところだが、それはお嬢様の方が我々に「警戒を怠らないように」と戒めているのだろう。
ゴブリンが出たときなども、慌てず騒がす、指示に従ってくれ、本当に守りやすい対象だった。やはり、ここでもミーシャさんが……。いや、それは今は言っても仕方ないだろう。
私は、いつの間にか旦那様に捧げる敬愛と同じような気持ちをお嬢様に持つようになっていた。
領地に着いてしばらくすれば、領兵に護衛の任を譲り、私達護衛隊は王都に戻るはずだった。ところが領地では盗賊が出没し、子供がさらわれるといった事件が頻発していた。これでは、大切なお嬢様を置いて護衛隊だけ帰る訳にはいかない。
つわりに苦しむ妻に申し訳ない。手紙でどんなに妻を愛しているかを囁き、義父、義母にはくれぐれも妻の事を頼むとお願いした。
お嬢様は薬の勉強を始めたという事で、山で素材の採取を希望された。許可を渋っていた護衛隊長だが、私が同伴するという事で許可を出した。
実際、山の中でもお嬢様は自然に振舞われていた。どこで覚えたのか、山登りに最適なお歩き方で思ったよりも疲労の色がない。
魔物よけの薬の使い方に精通していると思ったら、その魔物よけの薬を作ったのもお嬢様だという事で、正直仰天した。私達が持たされている魔物よけの薬は、王都でも信頼のおける薬問屋で購入しているものだ。値段もそれなりにする。なのに、それよりもずっと効能が高そうな香りなのだ。それに嗅拡丸も私が知っているよりもずっと効果が高いようだ。おまけに、荷物持ちの少年が使い方を誤ったというのに、脳を破壊されることがなく、すぐに正気を取り戻した。驚くべきことだ……。お嬢様は薬の調合を、どこで学んだのだろうか? しかしそれは、護衛たる私の知るべき事ではない。私はただ守る事だけに専念すれば良い。
しかしスライムの群れに襲われているミーシャさんを見て、私が悩んでしまったのも事実だ。私が守るべき対象はお嬢様だ。ミーシャさんではない。しかしスライムはお嬢様の方には行かず、何故だかミーシャさんばかりに襲い掛かる。さすがにその状況でミーシャさんを見殺しにするのには躊躇した。お嬢様の後押しがあったからこそ、お嬢様を逃がしてミーシャさんを助ける事にしたのだ。
結果、後悔した。
ヘンゼフ君と森で迷われたお嬢様は、恐ろしい鴆の生息地に迷い込み、そして盗賊に遭遇した。無事で済んだから良いものの、これでは護衛としての責任を果たす事はできない。
お嬢様のご報告により、盗賊団は壊滅し、領地に平和が戻った。後は鴆の討伐だけだ。
鴆の討伐……。死ぬかもしれない。
お嬢様やミーシャさんには大きな口を叩いたが、十数年に一回程ある鴆の討伐は毎回甚大な被害を出していた。なにせ鴆には毒がある。毒の羽に触られなくとも危険を察すると、鴆は毒の息を吐く。毒に侵されたものは、目が覚める事なく昏睡し、ほとんどの者はその昏睡のまま栄養も取れずに死んでしまう。ブルーノ様は、人海戦術でなんとかしようとしているが、正直、それにどれだけの効果があるか……。
私は、また妻に、義父に義母に手紙を書いた。妻には、鴆の事など触れもせずに、ただ明るく元気に過ごしていると。領地はのんびりしていて良い、子供が生まれたら、こちらで暮らすのも良いな……と。義父と義母には、私が死んだら、妻を、そして子供を守って欲しいと。そして親を亡くしてから、あなた達の元で育って幸せだった、と。
ところが……。
爽やかさが売りのアランですが、内心はそんなことなかったようです(^^;