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71 毒消薬


 アランにはワイルドバイソンの後を追跡してもらい、本当に人に被害がなかったのかを見に行ってもらった。追い出した訳ではけっしてない。……けっして。


 私はダンとガウスに木の下に石で竈を作ってもらい、その隣に敷物を広げて薬の材料を並べた。


 薬の材料は、ジンソウの根、携帯食にあった白インゲン豆、ワイルドバイソンの胆石、それに私の化粧用の白粉だ。白粉は天花粉とも言って、トウカラスウリの根のでんぷんを集めたものだ。

 乾燥させたジンソウの根は急な筋肉の緊縮によって現れる様々な症状を緩和し、鎮痛、解毒、鎮咳などの作用がある。旅人がよく白いんげん豆を携帯しているのは、滋養強壮だけでなく毒消し作用があるためだ。天花粉は外用すれば肌を整え白く見せてくれるが、内服すれば体を潤してくれ解熱作用もある。そしてワイルドバイソンの胆石。牛系の胆石は、解熱、鎮静、血圧調整、解毒作用がある。毒で発熱や下痢をした場合、それは体の外に毒を排泄しようとする体の機能なので、下手に解熱剤や下痢止めなどを与える事はできないが、この素材を使えば発汗を促し、汗から体を害する毒などを排出してくれる。それにワイルドバイソンの胆石は特に解毒効果にすぐれている。普通の牛からは1000匹に一個しか取れないような胆石でも、魔獣の体だからなのだろうかワイルドバイソンにはほぼ必ずあるものだ。

 これで薬を作れば、ミーシャとヘンゼフは良くなるはずだ。


「ユリア様、やっぱり俺達は席を外しましょうか?」

「やだあ、私、ユリアちゃんがお薬作るとこ見たいわ!」


 助手をお願いしたダンとガウスの反応である。


「良いのよ。私が調合する時には、ミーシャやヘンゼフが助手してくれているの。今日は、その二人がいないんだから二人にお願いしたいの」

「でも……レシピが……」


 薬師の約束事に精通しているダンは、目の前で調合をしようとしている私に及び腰になっている。


「私が大丈夫って言っているの。それに……いいえ何でもないわ」


 私は師匠からレシピを教えてもらうのに何年も、何十年も弟子として尽くした事がないからかもしれないが、人を救うためのレシピはある程度公開しても良いのではないかと考えていた。それこそ伝承にある最初の薬師のように、病に苦しむ人々にレシピを広めれば助かる命が増えるのではないかと……。でも、その伝承でも人々はその後、自分勝手に薬を作り始めてかえって症状を重くしたり、薬の害によって苦しんだ。だから正確に薬を作り扱う事ができる薬師という職業が生まれたのだ。私の勝手な思いで、どうこうできるものではなかった。


「ほら、ユリアちゃんもこう言っているしお手伝いしましょうよ。それに本当は、ダンだって見たいんでしょ?」


 ガウスは高い身長をかがめ、上目遣いで見る。確か、ミーシャがアランにこういう仕草で媚を売っていた事があった。でもミーシャがやるとイラっとするのに、ガウスがやるとコミカルに感じるのが不思議だ。


 結局ダンもガウスも助手として残ってくれた。


「さ、薬を作り始めましょう」


 私達には【防護】の魔法で薬の影響を受けないようにして、敷物に並べた素材には【浄化】魔法をかける。薬草がぽうっと一瞬光った。これで汚れや異物は取り除かれたはずだ。ダンとガウスに手伝ってもらいながら、ジンソウの根からヒゲをむしり取る。そして薬の材料として使えるようになったジンソウの根に【乾燥】の魔法をかける。


 【乾燥】は風魔法と火魔法の融合魔法だ。温かい風がジンソウの根を取り巻いたかと思うと、その風が強く熱くなりみるみるジンソウの根の水分を奪っていく。ただしあまり高温になってしまうと薬効成分が変化してしまうため、程々の所で【時間加速】をかけて乾燥させている。


「出来たわよ」


 ジンソウの根をダンが手に取ってためつすがめつ見つめた。


「……本当に、薬草が下処理されている。魔法はこんな使い方ができるのか!? って事は、魔法を使えば高価な薬草を下処理でダメにする割合も減って……」


 実家が薬問屋のダンは頭の中で計算をしたようだ。おそるおそる私に尋ねた。


「ちなみに、ユリア様が使った魔法って、貴族ならみんな使える魔法か?」

「…………」

「そうか……」


 ダンは私が答えないのを答えと思ったらしく、がっくりと肩を落とした。申し訳ないわね。これは私の魔力が少なくて、細かな操作ができるからこその魔法なの。他の貴族はもっと魔力が多いか、操作が雑だから、薬草を乾燥させる前に丸焦げにさせてしまいそうだわ。


 続きをダンに促されて、さらに下処理をしていく。張り出した枝の下に作ってもらった竈にかけた鍋には、水に浸した白いんげん豆が入っている。普通なら、長い時間吸水させてから煮るところなのだが、【加圧】しながら煮ると、吸水も煮る時間も短くて済む。柔らかく煮えたところでガウスに水切りをしてもらい、これで白いんげん豆の下処理も終わった。さらにワイルドバイソンの胆石とからからに乾燥させたジンソウの根を【加重】で粉末状になるまで砕いた。


 さて、ここからは調合である。無風状態を魔法で作り出して携帯用の天秤で、それぞれの素材の質を考えて薬に使う量を決める。出来上がった薬を、再び天秤にかけて一回分に分け、小さな団子状に丸める。


 ダンは私が魔法を使うたびに、あんぐりと口を開けていた。なんだか楽しい。


「できたわよ。毒消薬よ」

「ああ、……すごいもんだ」

「ホントね、ユリアちゃんはすごいわ」


 そこで初めて気が付いたのか、ダンがガウスを叱りつけた。


「おい! 『ユリアちゃん』ってどういう事だ!」

「別に。ただ、仲良しになっただけよね『ユリアちゃん』」

「ねっ!」


 ミーシャは心から信頼している、あれで姉のようだと慕ってさえいる。だけど使用人の壁を越えられなかった。その点、ガウスは本当にただの友達になってくれた。前の人生のガウスではなく、今のガウスが。


「何よ~、ダンだって『ユリアちゃん』って呼びたいならそう呼べば良いじゃない」

「え……俺が? いや……」

「ほら『ユリアちゃん』!」

「ユリア……! バカ、お前と違ってそんな事軽々しく言えるか!」

「もう正直じゃないんだから。でもそこがダンの可愛い所よね」


 ガウスはダンの腕に自分の腕を絡ませて、頬ずりした。

 本当に二人ともお似合いだ。私とて、会ったことのないルイス様より、近くで頼りになるダンに心が揺れる時がなかったとは言えない。でも、ある時から姿を見せなくなったガウスにダンは「冒険者とはそんなものだ」と言いながらも、ひどく落ち込み、ずっと操を立てて独身でいた。周りの人は、ダンと私が恋人なのではないかと勘繰っていたが、私だけは、ガウスがどれだけダンを好きで、ダンもガウスを大切に思っているのかを知っている。


「でもユリアちゃん。私からダンを取ったら、そこで友情は終了よ!」

「もちろんよ。それに私には……」

「えっ? ユリアちゃん好きな人がいるの? 貴族だから、もうその年で婚約者がいるとか? ちょっと教えなさいよ!」

「婚約の話はあったけど、今は白紙になったわ。好きな人の話についてはまた後でね。先にこの薬を持ってミーシャ達の所に行かなくちゃ」


 女子話の続きはまた後だ。ミーシャ達を治してあげなくちゃ。女子の話についていけないのか、ダンが若干うろたえている。


「絶対よ! 絶対に話してね! 約束よ」

「分かったわ。その時はミーシャも一緒にね」

「そうね。ミーシャちゃんの恋愛話も聞きたいわね。あの子、男運なさそうだから」


 鋭い。さすが女子として経験をかさねたガウスだわ。体は男だけど。



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