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68 前のダンと、今のダン

 

「ミーシャちゃん、辛そうですね」


 カシャリと軽鎧の金属がぶつかり合う音がして後ろを振り向くと、短く刈り揃えた白に近い透けるような金髪、静かな湖面のような薄い青の瞳のダンがいた。少しエラの張った四角い顔を難しそうにしかめている。


「ええ、そうね」

「実は後ろを走っていたヘンゼフ君も同じ症状が出ているんです」

「ヘンゼフも? いったいどうして?」

「はい。商人から何かもらって食べたのが原因かもって言ってました。誰か遣いを出してその商人に警告した方がいいでしょうね」

「ええ、そうね。そうするわ」


 私は早速、警備隊の隊長に事のあらましを伝えて、隊員の一人を街に戻らせた。


「それでヘンゼフは?」

「俺達の荷馬車に回収ました。今はガウスが看病しています」


 ガウスはあれでなかなか優しく、面倒見がいい。ヘンゼフのことは任せてしまって大丈夫だろう。


 それにしても、「知らない人からもらったものは食べてはいけません」という伯爵家の教育をミーシャもヘンゼフもはなんと心得ているのかしら。

 ま、ともかく食べてしまったものは仕方がないわ。


 私達のいる野営地は、見晴らしの良い草原というよりも花畑といった方が良いような場所だった。オレンジ色の百合のような花や、レンゲのように小さな紫の花を鈴なりに咲かせていいるマメ科の植物などが咲き乱れていた。


「ここならいい薬草がありそうだわ」

「ここで採取されるんですか? なら俺も力になりますよ」


 ダンとて実家は薬問屋で、冒険者になりたての頃は薬草採取に明け暮れていたのだ。薬草の知識にかけては、ひとしおだろう。


「ええ、お願いするわ」


 私はニコリと微笑んだ。一瞬ダンがひるんだような気がする。……軽く傷ついた。


 草原を二人で分け入る。


「ダン、止まって!」

「え?」

「足元をよく見て」


 ダンの数歩先には、大きな草食動物の糞が落ちていた。


「ああ、ありがとうございます。しかし大きな獣がいそうですね」

「これは獣じゃなくて魔物じゃないかしら? 見て、この糞には小さな鉱物が含まれているわ。多分、ワイルドバイソンの胆石のカスよ。ワイルドバイソンは胆石ができやすく、それを胆のうの中で細かく砕いて便から排泄するから」

「ああ確かに。そういえば、いくつか先の街で増えすぎたワイルドバイソンの討伐依頼がかかっていました。やつら、ここまで来たのか……」


 ダンは難しい顔をした。しかし、私は別のことを考えていた。ワイルドバイソンの胆石は薬の素材に使える。それも、ミーシャ達に必要な解毒薬に。どうにかしてワイルドバイソンの胆石を一頭分でいいから手に入れられないかしら。思案しながら、薬草を探して草原を歩いた。

 

「これは使えそうね」

「ワスレユリにジンソウですか?」


 オレンジ色の百合の花はワスレユリ。レンゲのような花はジンソウという。


「ええ。ワスレユリの蕾は鎮静作用があるし、ジンソウの根はいろいろ使えるものね」

「確かにどちらも良く使われる薬草ですが……」

「あら、何か問題が?」

「いいえ、問題という程ではないのですが、ワスレユリにせよジンソウにせよどちらも乾燥させてから使う物です。今のミーシャちゃんとヘンゼフ君に使うには、乾燥させる時間がないかと……」


 ダンの疑問は当然だった。特にワスレユリの蕾はカラカラに乾燥させないと毒性があり、痺れなどを引き起こす場合がある。どちらも乾燥させるには数日から数週間は必要だった。でも……


「問題ないわ。魔法を使うから」


 ダンは口をぱくぱくさせた。私はその顔がおかしくてクスクス笑ってしまった。私の笑いに、ダンは虚を突かれたように目を丸くし、まいったという風に頭をかいた。前の人生で、薬の調合に魔法を使っていると教えた時のダンの反応と同じで、つい意地悪をしたくなった。


「『薬の調合に魔法を使うなんて、天才なのか、それともバカなのか?』って思ったでしょ?」


 ダンはぎょっとした顔になった。正確に言い当てられたらしい。さっき以上にポカンとしているダンの顔が面白くて、また笑いが止まらなくなる。でもその笑いが止んだ瞬間、たまらない寂しさがこみ上げて来た。


「昔……同じ言葉をある人に言われた事があるの」

 

 そう同じ言葉を言われたことがあるの……あなたに。

 思わずダンから目を背ける。見ているのがつらかった。


 こんな記憶を持っているのは私だけ。このセリフをいったダンは、今のダンの何年先の姿なのか……。その時になっても、前の人生のダンと今のダンは同じダンではないだろう。あの時のダンを知っているのは私だけなのだ。

 寂しい……。そう、ダンと会ってからずっと私は寂しかった。他人を見るような目で私を見るダン。実際ダンからしたら他人なのだから仕方ないと思いながらも、「どうして私を分からないの」と責めたくなる時がある。

 うつむいたら……涙があふれてきた。


「泣くな」


 頭の上に大きな手がポンと乗せられた。びっくりして息が止まった。


「その『ある人』は死んじまったのか?」


 私は首を振る。生きている。目の前に。


「ならまた会えるさ。大丈夫だ、俺が保障する!」


 妹さんや冒険者として幾多の仲間の死を乗り越えてきたダンは、前の人生でもルイス様に会いたがっていた私に「生きていればまた会えるさ」と、励ましてくれることがあった。そしてなんの確証もなく「俺が保障する」と言うのだ。


 やっぱりダンはダンだわ。この大きくて暖かな手のぬくもり。やはりダンはダンだ。私の頼りになる兄のような存在。私の知っているダンはいないかもしれない。でも、このダンと新しく関係を築いていくことはできる。


 私は涙のにじんだ目を、きゅっと袖で拭き、ダンにイーと口が裂けそうなくらい大きく笑いかけた。


「ぷっ! いい笑顔だ!」


 ダンは私の笑顔に吹き出した。そして私達は声を揃えて笑い声を上げた。


 妹さんの死がきっかけになって冒険者を辞めて実家の薬問屋を継いだダン。だから前の人生のダンと今のダンが同じになっては困るわ。だって私が妹さんを助けるんですもの! 同じになんてさせないわ! 


「あっ!」

「どうしたの?」


 ダンは慌てたかと思うと、いきなり頭を下げた。


「申し訳ありません。俺、ユリア様の頭を撫でてしまいました!」

「そんな、別にいいのよ」


 むしろ、嬉しかったし……。


「それに言葉遣いも」

「普段の口調で話して。その方が私も気が楽だわ」

「しかし……」

「ガウスはとっくにそうしてるわよ」

「それもそうですね」

「さ、もう少し薬草を探しましょう」

「はい……、いや、『ああ』」


 今度は、目を見合わせて、ふふっと笑いあった。 


 そしてダンと少し離れた場所で薬草を採取しているときに、馬車の方からピ――っと笛の音がした。何事かと目を上げると、軽鎧とはいえそれなりの重量のある装備を着ているダンが、すごい速さで私の所に走って来た。


「ユリア様 馬車に戻るぞ! さっきの笛の音はガウスからの合図だ。魔物が近くに現れた」



……少し恋愛小説っぽくなってきましたか?

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