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64 鴆討伐の余波

途中で切れなくて、長い話しになってしまいました。

 翌日の昼間、お父様と一緒に教会へ向かった。


 治癒魔法の使い手は、ほとんどは教会に籍を置いている。そしてその力の強さは、ほとんどが血統に由来するため教会に籍を置いている者は、積極的に結婚することを推奨されている。むろん、従姉妹のフランチェシカのように突然変異で治癒魔法を使えるようになるものもいる。しかし、それは極稀なことだった。

 それに教会は歴史的に見ても、かなり優遇されている。歴代の国を治める者達も、自分が病気や怪我をしたときに治癒魔法をかけ、治してもらいたい。そんなエゴが教会の権力を肥大させ、自分は選ばれた者だと傲慢にさせていき、横暴な振舞いもまかり通る。


 そのため私は教会が嫌いだった。私が領地に来た時に、叔父様に次いでこの街の教会の司祭が挨拶に来た。その時もいい印象は抱けなかった。


「着いたようだ」


 馬車の中で、お父様は一言も口を開かず、終始しかめっ面をしていた。私の記憶の中のお父様のそのままの姿だ。前の人生では私はお父様にエンデ様とのことを反対され、さらにこんな怖い顔でいるお父様に声をかけることもできずに、ただ反抗心ばかりが募っていたものだ。

 そのお父様だが、半分ほど髭に隠された顔が、ずいぶん青い。


「お父様……もしかして、車酔いですか?」

「うむ……」

「車酔いしやすいのですか?」

「そうだ」

「自宅でしかめっ面をしていたのは……?」

「しかめっ面などしていたか? ただいつも頭痛がしていただけだが……。

 今ではお前の薬を飲んで痛みがなくなった。もしかしたらアドリアーナの文句が減ったのもそのせいなのかもしれないな」


 前の人生で私が勝手に厳しいとイメージを作り上げていたお父様は、実はただの頭痛持ちで辛いだけだったのだろうか。またしてもお父様のイメージがどんどん変わっていった。

 でも私の作った薬のおかげで、お父様とお母様の不仲が少しでも緩和されたなら、薬師としても娘としてもうれしい限りだ。


「車酔いの予防薬も後で作って差し上げますね」

「……頼む」


 お父様は、ふらつく足で馬車を下りた。私は護衛のアランの手を取って、外に下りた。

 このオルシーニの街は大きな街だ。王都と王都の次に大きい海の街の街道の真ん中当たりに位置している。そのため、行商人の行き来も多く、宿や飯屋、それに市場など栄えていた。街には商業地区、居住地区、職人地区、それに繁華街などがある。その街のほぼ真ん中に荘厳と言うに値する教会があった。


「私がこの街の教会に来るのは五歳のお祖父様のお葬式の時以来ですわ……」

「ああ、そうかもしれないな。私は、仕事柄たまに来るが、あまり気持ちのいい場所ではないからな……」


 お父様はつい言い過ぎたとばかりに、急に口を固く結んだ。

 お祖父様の葬式の時……なにか面白いことが起こったような気がするが、なにせ子供の頃のことで、今一つ記憶がしっかりしない。


 道から教会の入り口までは、階段が二十段ほどある。その階段をお父様に手を引かれて登っていくと、教会の扉が大きく開いた。

 中から白いローブを着た、小柄で小太りな男性が満面の笑顔で出てくる扉の前で待っていた。お父様よりもずいぶん年上だろうに、枯れるどころか、栄養過多で脂ぎった顔をしている。笑顔なのも、お父様が落とす金目当てだろう。これで聖職者というのだから、やはり教会は好きになれない。


 お父様に小声で話しかける。


「お父様、私は昨日も言ったように本当に治癒魔法なんて必要ありませんわ」

「いや、いかん。怪我がなくても、治癒魔法をかけてもらうことは必要だ。屋敷の襲撃は広く知られている。教会に行かないと、外も出歩けないような『傷』を負わされたのだと王都で噂になるぞ」


 その『傷』とは、確実に良縁が無くなるものだろう。


「その『噂』を広めるのも教会ですよね」

「そうだろうな」


 やはり教会は好きになれない。


「これ、そんな顔をするものではない。こんな教会も多いが、純粋に人を導こうとしている聖職者もいるのだから」

「そんな人会ったことありませんわ」

「今度紹介してやろう」


 お父様の知り合いにそんな聖職者がいるのだろうか……。



「あっ!」


 私の後ろでしわがれた声がした。何事かと階段の下を振り向くと、一人の老婆が目に涙を浮かべて口を手で覆っていた。

 私と目が合うと、その老婆はその場で両膝を地面につき頭を下げた。


「息子は生き伸びました! すべて『御使い』様のおかげでございます‼」


 マシュウが言ったことを思い出す。でも……その『御使い』様って私のことじゃないわよね?

 動けずにいると、老婆の声を聞きつけた冒険者風な男が大きな声を上げた。


「『御使い』様だと! 俺たちは『御使い』様のおかげであの鴆の討伐から生きて帰ってこれたんだ!」


 さらにその冒険者風の男の声を聞いて、幾多もの人々が集まってきて老婆と同じように跪き頭を下げたり、胸の前で手を組んだりして祈り始めた。中にはむせび泣いている者もいる。そしてその集団がさらに人を呼び込む。その場は、人々の篤い祈りの場となった。


 お父様が、ギギっと音を立てながら私に顔を向ける。


「……どういうことだ」

「…………………………さあ?」

「思い当たる節はあるか?」

「……………………………………まあ」


 ふと気付くと、階段の上の司祭の笑顔が引きつっていた。


「ああ、この街の民は、なんと信心深いことか!」


 ふいにお父様が役者のように大きく響く声を出した。多少裏返っているのはご愛敬だ。


「お父様?」

「いいから、私に合わせろ」

「え? あ、はい」

「なあ、ユリア。この街の人々はこんなにも神の御使い(・・・・・)に感謝の祈りを捧げているぞ!」


 街の人々は、突然の領主の大声とその言葉の内容に、頭を上げて周りの人々と困惑して顔を見合わせた。

 私はお父様の意図を飲み込んだ。


「ええ、お父様! こんなに()()()向かって民が祈りを捧げるなんて、きっと司祭様の徳が高いせいですわね!」


 教会の司祭は、訳もわからず私達と民の間に視線をさまよわせる。

 お父様は役者じみた仕草で私の肩に手を置いた。


「ユリアや。お前に司祭から治癒魔法をかけてもらうつもりだったが、ここは民の祈りの場だ。民に譲ろう。その祈りを邪魔してはならん。お前は田舎の修道院で治癒魔法をかけてもらいなさい!」

「え? お父様、どういう……?」

「後で説明する」


 お父様が囁いた。


「帰るぞ!」

「はい!」



 お父様にぐいっと強引に腕を引っ張られて、もとの馬車に乗り込んだ。御者はお父様の命ですぐに馬車は走らせる。

 祈りの集団から「『御使い』様~」と叫ぶ声も聞こえたが、あっという間に遠ざかった。


「ああ、驚きましたわ」

「驚いたのは、こっちだ! いいから全部説明しなさい」


 そういえば昨日説明したのは盗賊の部分だけだった。鴆の討伐について話すのをすっかり忘れていた。

 私は前の人生に関すること以外は全部話した。お父様ときたら、「説明しろ」といった割には、途中から心底、聞いたことを後悔しているようだった。苦手だと言っていた馬車の中だというのに、こちらの方が気にかかるのか、車酔いになるようすもない。

 一通り話し終えたとき、お父様が呟いた。


「……街から出なさい」

「え? ダンさんの実家のある街にいっていいんですか?」

「そうは言っていない。お前はこの騒ぎが収まるまで修道院に行くんだ」

「修道院って、あの分水嶺のですか?」

「知っているのか?」

「ええ……」

「知っているのなら話は早い。すぐに支度をしなさい」


 お父様の言う分水嶺の修道院とは、前の人生で私がお父様に勘当されてから入れられた場所のことだ。当時はそこでの生活が辛くて二年程で逃げ出してしまった。

 ダンの妹さんとヨーゼフを助けるための薬の素材。調合室が爆破した今、その素材が手に入るのはその修道院だけだ。ダンの街に行くにしても、もともとその修道院に立ち寄るつもりだった。

 しかしお父様に「修道院に行け」と言われるのは、また前の人生のように勘当され見捨てられたときの傷が抉られた。


「もちろん私も一緒に行く」

「一緒に来て下さるのですか!?」


 私は見捨てられるのではない。そのことにほっとした。


「お父様……一つお聞きしてもよろしですか?」

「なんだ」


 お父様の声は、疲れていた。それでも、ここで聞かなければもう聞けないような気がする。


「もし……私が悪いことをして、お父様が私を勘当するようなことになったらどうします?」

「……何かまだ話していないことがあるのか?」


 胡乱な目でお父様は私を見る。


「いいえそうではありません」


 私はとんでもないと首を振った。


「ただ、勘当されような令嬢は人目にさらされないように修道院に送られることがあると聞いたものですから……」


 お父様は「ああそういうことか」と、自分のあご髭を軽く引っ張った。


「そうだな……。どうしてもユリアを勘当しなくてはいけない羽目になったら、私はその分水嶺の修道院でしばらく預かってもらうだろうな」

「『しばらく預かって』……ですか?」

「ああ、『しばらく』だ。勘当するからには、何か問題が起こったのだろう。その問題を解決するまでの間は、ユリアには無事に隠れていて欲しいからな。解決すれば、勘当を解いて元の生活に。解決しなければ、爵位を誰かに譲り渡して、私自身でユリアを迎えに行こう」

「爵位をですか⁉」

「おかしいか?」

「おかしいです。おかしいけど……嬉しいです。私、お父様に愛されているのですね……」


 その最後の呟きが心外だとばかりにお父様は目をみ開いた。


「お前を愛しているのは当たり前だろう」

「……はい」

「おかしなことを言うものだ」


 私の胸は暖かなものでいっぱいになって言葉がでてこなくなった。お父様も口をつぐみ帰りの馬車の中は静かだった。

 

 そのせいでお父様はまたしても車酔いに苦しんだ……。



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