63 お父様の誤解
裕福な薬問屋であるダンの両親は、金に糸目をつけずに心臓が悪いと診断された妹を治す薬を探したが、見つからなかった。また身代を傾けるほどの金を教会に払い、治癒魔法をかけてもらうと、より一層症状が増悪し、苦しそうな息切れと胸痛に悩まされた。ダンは自分が冒険者になって、妹を救う方法を探していたが、そちらもかんばしい結果がでなかった。そしてその少女は十三歳になる前にその家族のもとから天に召されてしまった。
皆嘆き悲しみ、両親は寝込みがちになり、ダンは目的がなくなり冒険者を辞めた。
その後、ダンは同じ年頃の子供が同じ症状で亡くなるケースが他にあることに気が付いた。その子供たちは共通点があった。みな貴族ではないのに魔力を保有していたのだ。魔力を持っていても、その才能を開花させる子供と、命を散らす子供。それぞれの症状を分析し、ある仮説にたどり着いた。それが「魔力塞栓」だ。
ダンは魔力があるものの、それを出すことができない人間は、体内で魔力が溜まり塊となって魔力の通り道を詰まらせているのではないかと考えた。回復するはずの治癒魔法で症状が増悪するのは、栓塞している魔力の通り道にさらに魔力を流し込んだからではないかと推理したのだ。
私はダンに頼まれて、その塞栓を除去する方法を研究した。
それからダンは同じような症状の人間を探した。ダンと一緒に過ごす中で、そういう症状を知り、それがまさに最後の時のヨーゼフの症状だったと気付いた。魔力は心臓に宿っていると考えられている。ヨーゼフには魔力はないが、治癒魔法や魔力回復ポーションのような何かから、魔力を体内に取り入れて詰まらせた可能性がある。
そして前の人生で私たちが中年に差し掛かる頃、とうとうその薬を完成させた。
◇◇◇◇◇◇
調合室の爆破によってすべての素材と道具をなくしてしまった私はダンと、鴆以外の素材についても相談した。
本来ならば、薬のレシピについては専任契約でも結ばない限り話すことはできないのだが、素材をすべて失ってしまった私には必要なことだった。
それで分かったことは一つ。ダンの実家の薬問屋に私が必要としている素材がただ一つを除いて揃っているということだ。
「ではその足りないものを冒険者ギルドに依頼すれば……」
「いいえ。手に入れるだけではだめなの。でも使える状態のものを確実に手に入れられる場所を知っているわ。協力してもらえるかどうかは分からないけれど、そこに行きましょう。そして、そのままあなたの実家に行くわ。そこで妹さんを診察して、調合するわ」
私はまた旅をすることを即座に決めた。
しかし、その旅には思わぬ邪魔が入った。
◇◇◇
「絶対に許さん」
ついこの前、どこかで聞いたことのあるセリフだ。
ただし、言っている人は違う。
「いいえ、行きますわ。お父様」
遡ること数時間前。お父様がここへやってきた。屋敷が襲撃されてから五日後のことだった。五日後とは言っても、知らせが届くまでに最短で三日、移動に三日といったところだ。それをたった五日で……。時間を優先するために、宿泊はすべて野営だったのだろう。お父様のお姿はボロボロだった。そんなボロボロの姿のまま、着替えどころか休む間もなく、私の姿を探し、無事なのを見ると黙って強く抱きしめてくれたのだ。ほとんど表情が変わらないお父様の愛情を、思いがけず深く感じた。
ちなみにお母様は、エンデ様の家出をそそのかして、私に不埒な真似を示唆したことのお仕置きで王都の家に置いてきたそうだ。
その後、屋敷はまだ改修中なので、無事だった中庭に席を移した。
そのお父様に乞われるままに、盗賊に襲われた時の話をした。ただし、薬のことは話していない。話に整合性がとれないこともあったが、最期まで質問を挟むことなく黙って聞いてくれた。
それで、ダンの実家の街に行くつもりだと話したところ、強い反対にあった。それがさっきの「絶対に許さん」だ。
お父様とて、助けに入ってくれたダンへの恩義は何か報いたいと思ているはずだ。でも、危険な目にあって、お父様と安全な王都の屋敷に帰るでもなく、反対方向の海の街の方へ行こうというのだ。お父様が反対するのも、仕方がないことだろう。
「その薬というのだって、子供のお前に何ができ…………なんだ、あれは!」
「私が作った薬、『筋肥丸』の効果ですわ」
ちょうど気持ち悪いほどの筋肉だるまになったヘンゼフが、ヨーゼフを背負ってやってきたところだった。
「お前の作った……?」
「はい」
追い打ちをかけるように、ヨーゼフがお父様のそばにやってきて体を四五度に折り曲げて礼をした。この礼は東の島国でされる「オジギ」という礼法なのだそうだが、何故ヨーゼフがそんな礼をとるのかはよく分からない。
「お久しゅうございます。旦那様。お元気そうで、このヨーゼフ嬉しゅうございます」
「ああ、ヨーゼフも息災のよ……。いや!待て! 何故お前と普通に会話できるんだ!」
「お嬢様に治していただきまして」
ヨーゼフは歯を見せてニカリと笑う。
相変わらず他の使用人には、自分が耳も発語も問題がなくなったことを内緒にしているヨーゼフだが、お父様には自分から話すようだ。
お父様は唖然とした顔をしている。そして、ギギっと音をさせて、私に振り向いた。
「……お前の薬作りの師匠はどこだ?」
「『師匠』?」
なんの話かと首を傾げる。
強いて私の師匠というならばそれはルイス様だけど、お父様がどうしてそれを聞くのかしら?
「どこにいる?」
「さあ……」
多分、森の家にいるだろうが、迷いの森に入れない以上、正確なことは分からない。
「今は、いないということか?」
「『今』というか……実は、今まで会ったこともないんです」
お父様の目が、カッと見開いた。
お父様……ずいぶん表情豊かになりましたわね。昔はしかめっ面ばかりで、それ以外の表情筋が死んでいるのかと思っていましたが。いいことですわ。
「じゃあ、どうやって薬の作り方を教えてもらったんだ⁉」
「それは、あの方のレシピを見たり、資料を読んだりして……」
「……もしや……あの素晴らしくよく効く頭痛薬というのは……」
「私が作りました。お手紙にもそう書いたと思いますが」
「いや違う‼ お前が書いたのは『薬を作る勉強を始めた』ということと、『できた頭痛薬を贈る』ということだけだ。だから、お前は領地で誰か薬師のもとで薬作りの勉強を始めて、その薬師が作った薬をくれたのかとばかり……」
「まあ……」
何やらお父様の中で、大きな誤解があったようだ。
そういえば、私は確かに「薬の勉強をしはじめたばかりの貴族令嬢」という設定だった。貴族令嬢が薬の勉強をしているというと、せいぜいがハーブティーのような家庭薬。ちょっとそれでは物足りない令嬢は、薬師に教えを乞うことがある。でも、そこで教えてもらえるものなんて、薬師にとっては家庭薬と大して差がないレシピだと言われている。
どうも自分で作った設定を忘れて、突っ走り過ぎてしまったようだ。
もしかしたら、ヨーゼフが自分の耳や歯のことを他の人に内緒にしているのも、私のその設定が崩れるのを防ごうとしていてくれたのかもしれない。
……でも、もう大幅に手遅れな感じがする。
お父様がかっくりとした理由の一つに、あの頭痛薬の効果は素晴らしく、同じく頭痛で悩んでいた同僚に分けたところ評判になり、多方面から注文が入ったというのだ。追加のお薬三か月分というのは、その多方面に販売し薬のついでに恩も売るつもりだったらしい。
その頭痛薬を作った薬師がフリーならば庇護下に置き、専任契約を結ぶつもりでお父様は領地に来る算段を整えていたところ、この襲撃事件を知り、取るものも取らずに駆け付けたということだった。
「でもお父様、私がその薬を作った薬師なのですから、頭痛薬なんて材料があればいくらでも……」
「お前を政治利用するわけにはいかん!」
「……さようでございますか」
私の申し出は断られたが、頬がにやけるのを止められなかった。お父様が私のことを心配している。本当に、どうしてお父様がこんなに感情豊かな方だっていうことを、前の人生では気が付かなかったんだろう。
結局、ダンの実家に行く話は物別れに終わったが、翌日は私の細かな傷のために治癒魔法をかけてもらうためにお父様と教会に行くことになった。