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60 後片付け



 私はロベルトのことは頭の隅に追いやって、今、すべきことをすることにした。


 まず私が向かったのは、お父様の執務室だ。ここの金庫には、確か領地経営に関する重大な資料があったはずだ。

 しかし、金目のもののないその部屋は、盗賊にとっては価値がなく、特段にひどく荒らされた様子も無かった。もともとその部屋に何があったか分からない私は、大切な書類が数枚なくなっていたとしても分からない。お父様がここに来られるまで、本当の被害状況は分からないだろう。

 次に向かったのは、宝物庫だった。ここは、強固な鍵がかけられていたにも関わらず、開かれていた。鍵は力ずくで開けたのでは無く、固いはずの鉄製の鍵がパカリときれいに割れていた。物理的な力でないとすると……盗賊の中に、魔法を使う者がいたということだろうか?

 宝物庫の中身は無残だった。これまでの当主が集めた金銀財宝や希少な魔道具は、あらかたなくなっていた。でもほとんどの盗賊は捕らえられたということは、まだ屋敷にその財宝は残っているはず。見つけ出して、帳簿と照らし合わせる必要がある。

 価値の高い絵画や彫像は稚拙な落書きがされたり打ち砕かれたりしていた。これはお父様が悲しむに違いないわ。



 最後に、調合室へ向かった。足取りが重かった。

 調合室は扉も吹き飛んで、バッキリ割れていた。想像以上に酷い爆風だったのだろう。アランは外に待たせて、私一人で扉の木っ端を踏みしだきながら中に入る。

 一歩踏み入れた時に、違和感を感じて天井を見る。


「うわあぁ」


 ……青空があった。室内なのに。さんさんと降り注ぐ陽光を受けて、空中に舞う埃や床に飛び散るガラスの破片がキラキラと輝いている。石作りの壁と床は、そのままだが、屋根は木造だったため、爆風が上に向かい屋根がそのまま吹き飛んだのだろう。酷い惨状だ。

 それもそうだろう。罠としてしかけたオオナマミの実は、土木作業で発破材として使われるようなものだ。盗賊の頭の言葉だけでなく、叔父様からの報告で、この部屋に侵入した盗賊は死んでいないということは確認が取れている。この有様を見て、よく死ななかったものだと驚嘆した。


 倒れた盗賊こそいないものの、部屋の中は爆破したそのままの状態で置かれていた。人体に危険があるような薬品や、取扱いに注意が必要な素材などがあるために、素人では扱えないだろうと、気を利かせたマシュウが立ち入り禁止にしてくれていたのだ。

 その気遣いに感謝しなくてはならない。引火物などは、オオナマミの実の爆発とともに消えてなくなっているが、欠片と化したサーペントの牙などは素手で触って怪我でもしたら、その毒に苦しむことになる。他にも様々な品が木っ端微塵になっていた。こうなると、もうその素材を使うことはできない。

 ただ部屋の真ん中には、薬品金庫だけがそのままの形で鎮座していた。薬品金庫とはいっても、専用のものではなく、屋敷にあった旧式の小型金庫を流用しただけのものだ。爆破で、形が多少ひしゃげようとも壊れはしない。その薬品金庫の扉は大きく開かれていた。これも想像通りだ。爆破に巻き込まれなかった盗賊が調合室に入り、無事だった薬品金庫の扉を開けたのだろう。

 金庫の中には、鳥の羽の燃えカスがあった。鴆の羽が燃えた煙は強力な麻酔効果のある毒で、昏睡した盗賊を数人生け捕りにできたと叔父様が言っていた。鴆の討伐の時に使った気付け薬を使えば、意識を取り戻せると聞いて、事件解明につながると叔父様は大喜びだった。

 手に入る見込みがあるとはいえ、貴重な鴆の羽を使い切ることには抵抗があった。しかし盗賊が狙っていたのが鴆の毒だったのなら、燃え尽きてよかった。


 ふうっと大きくため息をついた。そして大きく息を吸う。


 自分の体の隅々にまで意識を張り巡らせる。……よし、魔力切れは十分回復したようだ。


浄化クリーン


 部屋中にかけた浄化魔法が、毒性を分解して触っても危険のないものにしてくれる。

 浄化魔法は優秀だ。治癒魔法と違って魔法が使えるものなら誰でも使えるし、毒性のあるものも浄化してくれる。

 ただし便利な浄化魔法も完全ではない。解毒に用いる場合は、その毒性を理解していないと解毒はできない。

 魔力を持ち、薬師としての知識も持っている人は少ないので、一般的には浄化魔法でできるのは掃除や染み抜き程度のものだと思われている。魔力を持っているのがほとんど貴族だということを考えると、せいぜいこぼしてしまった紅茶のシミをその場で取り除くくらいにしか使われていないだろう。こんなに便利なのに、日の目が当たらない魔法だ。


 魔法の光がキラキラと光って、部屋のあちらこちらに散らばった毒性のある素材から毒を分解してくれる。


「これであとはマシュウに任せておけば大丈夫ね」


 屋根の修理のこともある。どのみち、ここはしばらくは使えないのだから、ゆっくり片付けてもらえればいい。


 踵を返そうとしたときに、こつんと何かを蹴った。キラキラ輝くサンキャッチャーが無事な姿で床を転がった。そのひもを持って拾い上げる。


「あなたは新しい調合室になっても一緒に来てくれる?」


 サンキャッチャーのクリスタルをつんと突くと、ゆらゆら揺れて、妖精のような光が周りで踊った。


「お嬢様?」


 サンキャッチャーの揺れる光を不自然に感じたらしいアランがドア枠の中から顔をのぞかせた。


「何でもないわ。ヨーゼフのうちに戻りましょう」

「かしこまりました」


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