58 レオンのもう一人の孫
「お嬢様は、『ルイス』なる人物をご存じで?」
「ヨーゼフはルイス様を知っているの!?」
「さあ……、わしの知っている『ルイス』とお嬢様のご存じの『ルイス』氏が同じ人物かは分かりませぬゆえ……。つかぬ事をお聞きいたしますが、お嬢様は『ルイス』氏とはどういったお知り合いで?」
「長い話になるわ……」
「かまいません」
ヨーゼフは木の丸椅子を引きずってきて、私のそばに腰を下ろした。
私は、ミーシャにもしたように前の人生について語り始めた。そして長い長い話を終えて、私は胸の中の息を全て吐き出した。ミーシャと同じく、ヨーゼフも疑うこと無く受け入れてくれた。
「ほほう……。その『ルイス様』とやらは、真面目で温かな人柄を感じさせる御仁でございますか……。では私の知っている『ルイス』とは違うようでございますね。なにせ、こちらの『ルイス』は悪魔と称されるような人物でございますので」
なにやらヨーゼフが笑顔のまま、背中に黒い影をまとわりつかせ、額の血管を浮き立たせた。
どうしたのかしら? そんなに力んじゃだめよ。心臓に負担がかかるわ!
よっぽどそのヨーゼフの知り合いだという『ルイス』氏は、恐ろしい人なのね。
「そう……なのね。残念だわ。やっと手がかりを得られたのかと思ったのに……」
ヨーゼフには申し訳ないが、期待してしまった分、落胆も大きかった。
「なあに、巡り会うべき人とはいつか巡り合うものです」
「そうね」
私は力なく笑った。
「お嬢様の『前の人生』とやらで気になるのは、フランチェシカ様の事でしょうかな?」
「フランチェシカ?」
「はい。フランチェシカ様も近くに住んでおるせいで、私は良く存じております。けっしてあの方も、この領地をそれほど腐敗させてしまうほどに悪い方ではないのですが……」
「でもあの子、私に会うと嫌味を言ったり、態度が悪かったはずよ」
お人形のように整った顔の従姉妹を思い浮かべて唇が尖る。
「それはそうなのですが……その程度です。ベアトリーチェ様のお子であるにしては、ずいぶんまともでございますよ。ブルーノ様がおっしゃっていた『中途半端』な者は、フランチェシカ様では無く、ベアトリーチェ様のことではないかと、わしは思います」
「叔母様の?」
「はい。フランチェシカ様は寂しいお子でございます。ある意味、ユリア様よりもずっと」
「私よりも? でもブルーノ叔父様の家は仲が良さそうで……」
「本当にですかな?」
だって、叔母様がお父様にする嫌がらせを、領地に損害が出るもの以外は叔父様は止めない。……これは、叔父様は叔母様に無関心だっていうこと?
見た目のいい叔父様と叔母様が並び、お人形のようなフランチェシカが叔母様のそばにいると一幅の絵のよう。……そういえば叔父様とフランチェシカが直接話しているところを見たことがないわ。どういうことなの!?
「大人の目線で物事を見られるようになりましたお嬢様なら、あの家族の不自然さにもお気付きになられましたかな?」
「ええ……。そうね」
「私たちは……あの家に、いくつかの不幸を押しつけしまったのですよ」
「不幸って?」
「それは、私の口から語られるべきことではございません」
ヨーゼフは、泣きそうな笑顔になった。
「わしはユリアお嬢様も、そしてもう一人の旦那様……レオン様の孫であるフランチェシカ様にも幸せになってほしいと願っております」
「フランチェシカにも……」
「ご不快ですかな?」
私は胸に手を当てて考えを巡らせる。
前の人生の私は、辛いこともたくさんあった。でもルイス様に恋をして、ダンやルーに助けられてそれなりに幸せな生活をしていた。でもフランチェシカはどうだったかしら?あの子は伯爵家の跡取りになり、伯爵夫人となった後、幸せだったのかしら?
そういえばあの子がエンデ様を奪い取った時、私が伯爵家から追い出されることとなったあの傷害事件の時、フランチェシカが恋して満ち足りた笑顔だったら、敗北を認めてそんな事件を起こさなかったかもしれない。あの時のフランチェシカは、私を憎々しげに嘲笑していた。今のフランチェシカもそうかしら?それともこれから起こることでそうなるの?
私は、首を振った。
「いいえ、前の人生のフランチェシカは嫌な子だったわ。でもそれはこれから変えられるかもしれない。私もあの子に、本当の幸せをつかんで欲しいわ」
ヨーゼフはほっとしたように、にこりと笑った。
「そうでした、お嬢様。先程の『前の人生』については、もう他の人には語らない方がよろしいでしょう」
「どうして?」
「未来を知っているという、それだけでお嬢様を恐れる人も出てくるでしょう。それに、その知識を用いてご自分や他人の人生を良く変えるだけでなく、悪く変えてしまうこともございましょう。そのときの恨みをお嬢様が買わないか心配でございます」
「そう……ね。そこまで考えていなかったわ」
人生が変わる……。確かにそうだわ。盗賊の襲撃なんて、前の人生の記憶にはなかったことだもの。これも悪く変わったってことなのかしら?
急に不安がのしかかってきた。
「お嬢様は、前の記憶に縛られず、生きたいように生きなされ。わしはそんなお嬢様を全力でお助けいたします」
私のこわばった体を、ヨーゼフの笑顔が溶かしてくれた。
「まだ夜更けでございます。またお眠り下さい」
ヨーゼフは、わたしのまぶたの上に手を置いた。強制的に目を閉じさせられた私は、すぐに手足がぽかぽかと温かくなり、眠気に襲われた。
夢うつつの状態の私の耳に、ヨーゼフの忌々しげな声が聞こえた気がする。
「あの悪魔め! わしの大切なお嬢様をたぶらかしおってからに」
ふふ……夢よね。
皆さま、本年はご愛読ありがとうございましたm(__)m
今年の更新はこれが最期でございます。
また来年もよろしくお願いいたします。元旦に正月特別SSを更新予定です。
ではよいお年を~(´∀`*)ノシ ☆ミ