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57 ヨーゼフの後悔


 再び目を覚ましたとき、もうすっかり辺りが暗くなっていた。ミーシャは私のベッドにもたれかかるようなポーズで眠っている。

 ほっぺをつつくと、「ふにゃあ」とだらしない笑顔で笑い、よだれを垂らした。


「お目覚めになられましたかな?」


 暗がりの中から、影がすっと抜け出して人の形になった。


「ヨーゼフ?」

「はい」

 

 カーテンの隙間から漏れた光が、ヨーゼフの姿を照らした。月明りのせいもあると思いが、ひどく顔色が悪いように見える。


「体の具合はどうなの?」

「それを聞きたいのは、わしの方でございます!」


 眉を寄せて、口角をきゅっと下げたヨーゼフが距離を縮めた。

 こんな怖い顔をしたヨーゼフを見たのは初めてのことだった。


「お嬢様はわしと約束しましたな。すぐに行くと。それなのに、囮になって盗賊を引き離そうとするなんて、どうかしとります! おまけに魔力切れですと! そこまでギリギリで戦うなんて、全く戦い方というものを分かっておりません! なっとりませんわ!」


 いつもと違って、感情に任せて言葉をきつい言葉を吐くヨーゼフに、私は自分がそれほど心配をかけてしまったのだと、深く反省した。


「……ごめんなさい」


 小さくなった私を見て、ヨーゼフはハッとしたように固く握った拳を開いた。


「お嬢様が謝る必要はございません。わしが怒っとるのは……わし自身にです」


 ヨーゼフの顔にはもう怒りはなく、放心したような、何かを後悔しているような表情に打って変わった。


「ヨーゼフ?」

「なんでわしは、あの時のお嬢様の言葉を信じてしまったんじゃろうか? 死んでもお嬢様を先に逃がすべきだったのに」

「そんなこと……」

「お嬢様があの冒険者に助けられるのが少しでも遅ければ……」

「私は大丈夫だったのよ。何もなかったわ。だからヨーゼフは気にしないで」


 ヨーゼフは、疲れた顔をして首を横に振った。


「いいえ、わしは……またこんなことがあったら耐えられません。わしも、お嬢様を守れるようにならなくては」


 ヨーゼフは、決意を固めた目をして、何故か胸ポケットを手で押さえた。


「ヨーゼフ……」


 困ったように呟けば、ヨーゼフはいつものような笑顔を向けてくれた。


「いいえ、いいんです。お嬢様はまたゆっくり休んで、体力と魔力を回復してくだされ」

「でも……、起きたばかりで眠くないわ」

「それもそうですな……」

「そういえば、ミーシャ殿がお嬢様が起きた時のためにと軽食を用意していました。食べれるようでしたら、そちらをいかがですか?」


 とたんにお腹がぐうっと鳴った。

 顔が赤くなるが、ヨーゼフはニコニコしながら果物を挟んだ軽焼きパンと柑橘類の汁をしぼって入れた水を渡してくれた。

 ……おいしい。そういえば、丸一日寝ていて、その間何も食べていない。あっという間に食べ終えてしまった。もう少し食べたいところだが、いきなりたくさん食べるのは体によくない。私は最後にお水を一口飲んで、食事を終えた。


「そういえば……ブルーノ様の報告が途中でしたな。わしが続きをお話しましょう。確か……、兵士が帰ってきたところまででしたかな?」

「ええ、そうね」

「お嬢様はまた横になって話をお聞き下さい」


 ヨーゼフはしわしわの手で、私の前髪をさらさら、さらさらっと撫でた。

 気持ちよさにうっとりとする。


「わしは、情けないことに料理長に背負われておりましてな。それで、ちょうど街への道の半分ほどで、戻ってきた領兵や冒険者たちと鉢合ったのですよ。あれは『死兵』というのでしょうかな? 久々に見た、よい顔の男達でした。

 他の使用人たちはそのまま街へ逃げましたが、私は孫の背に乗り換えて、その兵士達と共に屋敷に戻ってきました。

 戻ってきた屋敷で見たものは、半壊した塔、それに倒れた盗賊、それにお嬢様をお守りしながら隻眼の男と戦っている見たことのない冒険者達でした」

「冒険者……達?」

「ええ、何人かで連携して戦っていましたよ」

「そうなの……」


 ダンが魔法のように目の前に現れる直前に、盗賊の頭に攻撃した弓矢。ダンが冒険者時代に相棒として組んでいたのは、遠方攻撃が得意な、派手な紫色の髪をした男だった。前の人生で一時期、私の護衛をしてくれたその人なのかもしれない。


「残念ながら、わしらを見た隻眼の男は、その戦いを放棄して逃げました。冒険者が大きな一太刀を食らわせましたから、そう遠くには逃げられないと思います。他の盗賊たちも、兵士が捕らえました」

「そう」


 あの盗賊の頭は逃げたの……。あの男の欲望にまみれた熱い目を思い出して、怖気が走った。

 再びヨーゼフが、頭をなでてくれる。私の鳥肌は、すぐに引いていった。


「あの冒険者は、お嬢様が手紙で招いた客人でしたか……。まっこと良いタイミングで街に着きましたなあ」

「ええ本当に……」


 本当に、なんという偶然なんだろうか。


「彼らが街に来て最初に冒険者ギルドに入った時、ミーシャ殿が必死にお嬢様を助けるようにと訴えていたそうですよ」

「ミーシャが?」


 名前を呼ばれたミーシャが、私のベッドにうつ伏せたまま「ううぅん」っと寝言を漏らす。


「生憎、街の冒険者達は鴆の討伐に行っており不在でしたが、他の街から来た彼らはミーシャさんの必死さを見て、すぐに依頼を受けることに決め、屋敷に駆けつけたそうです。詳しいことは、明日、彼らを呼びましょう」

「ええ。お願いするわ」

「ところでお嬢様……」


 聞くのがためらわれるといった風情で、ヨーゼフが切り出してきた。


「お嬢様は、『ルイス』なる人物をご存じで?」


今日が今年の仕事納めという方も多いのではないでしょうか?

本当に一年、お疲れさまでした。

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