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56 幸せな夢

叔父様、崩壊します。


「ごめんなさい」

「いいえ、お気になさらずに」


 叔父様は嫌そうな顔をして胸からハンカチを出し、顔にかかった水を拭った。

 それにしても『神の御使い』ってどういうことよ! そりゃ教会の教えの中には、神の御使いが薬を分け与えて人々を救ったって話がのがあるけど、けっして私はそんな崇高な気持ちや慈悲の気持ちで気付け薬をあげた訳じゃないわ。ミーシャがアランの心配をしているから護衛隊に気付け薬をあげただけだし。それなのに、『神の御使い』だなんてとんでもないわ!

 そんな私の心の叫びを気にもとめずに、叔父様は話を進めた。


「鴆を含めていくつかのモンスターの死骸を運んで移動して街に帰る最中に、その……あの……アレが屋敷の窮地を知らせに……。アレはいったいなんなのですか? アリスの息子ですよね?」

「…………」


 答える代わりに、以前、叔父様に気持ち悪いといわれた笑顔を返すと、叔父様は諦めたように嘆息した。確かに、急に筋肉だるまになったヘンゼフを見たら「アレ」呼ばわりになるわよね。


「そうそう、話を戻しますが、屋敷の窮地を知った討伐部隊の者達は『神の御使い』であるユリア様のために、荷物をかなぐり捨て、限界を超えた速さで戻ったのです。」


 叔父様が少しの間、何故か遠い目をした。


「叔父様?」

「いえ……。大丈夫です。ちょっと恐ろしい思いをしたものですから」


 恐ろしい思い? いったい何が起こったのだろうか?


「屋敷に着くと、すでに戦い始めていた冒険者達と協力して盗賊の討伐もあっけない速さで済みました。屋敷の方も、死人や怪我人もなく……一番状態が悪いのが、魔力切れで倒れていたユリア様でした」


 叔父様は怖い顔をして私を睨んだ。いつもの流すことのできる威圧とはまるで違う。上から圧力をかけようとしているのではなく、真剣に私と向き合おうとしているようだ。


「まったく、兵士や使用人のために屋敷に戻るなど、どういうことですか!あなたはまだ子供なんだ。逃げられるときは、さっさと逃げて構わなかったんです!」

「それは……ごめんなさい」


 思わず謝ってしまった。それにしても、私が後継ぎだから逃げろというのではなく、「子供だから」逃げろというとは……。後ろでヨーゼフもウンウンとうなずいている。


「ヨーゼフさんも、ヨーゼフさんです! なんでユリア様を止めなかったんですか!」


 ヨーゼフは耳に手を当てて「はて?」と、耳が遠いフリをしている。


「そうでした……すみません。ヨーゼフさんは……それに病み上がりだったんですよね」


 叔父様は軽く頭を下げた。ヨーゼフと叔父様につながりがあったとは知らなかった。でもあって当然なのかもしれない。なにせ二人ともこの領地で生まれ、ずっと暮らしてきたのだから。

 それに今まで知らなかったけれど、叔父様ってこんな熱い人だったのね。領地の人が叔父様を「守護者」と呼んで慕うのは、こういう面なのかもしれない。いつもの慇懃無礼ではない自然な姿の叔父様は、少し素敵で見直した。

 こんな風に叱りつけるなんて、私も守護の対象になったのかしら? 

 今なら、ずっと聞きたくても聞くタイミングがなかったことを聞けそうだ。


「でも私に何かがあって廃嫡になり、フランチェシカが伯爵家の跡取りになった方が、叔父様は都合がよろしいのではないですか?」


 叔父様のせいで、室温が下がった。え? 寒い? なんで? 今まで叔父様の威圧で感じたことなかったのに。そうか魔力不足のせいね。寒さが身に染みるわ。慌てたように私に毛布をかぶせるミーシャを見て、叔父様は肩の力を抜いた。


「何か誤解があるようですが。私は、あなたが伯爵家の跡取り、そして次の伯爵夫人で何も問題はないと思っていますよ」

「どうしてですか?」

「今の伯爵は有能です。おかげで私はこの土地とここに住む人ちのためにやりたい事、やらなければならない事をして、その前後に生じる問題を全てあなたのお父様に丸投げできる。本当に有能で助かっています」


 叔父様は人の悪い笑いをした。

 こんな叔父様のせいでお父様は……おいたわしや! 叔父様を「素敵」と思ったのは撤回だわ!


「でもあなたは無能で、領地には無関心でした。有能でない限り無能な方がいいんです。中途半端にこの土地を統治をしようとしている者よりは。無能なら無能で、今の伯爵のように有能な人と婚姻を結ばせるか、同じように全く無能な人と婚姻させて、裏で私が牛耳ればいいだけの話ですから」


 確かに「無能で無関心」と言われれば反論できない。前の人生では、領地に来ることなんてそんなになかった。だから愛着も湧かなかった。私が後継ぎであっても、統治に関しては結婚相手、もしくは叔父様に丸投げしていたはずだ。今も領地に来たのは、単純にヨーゼフに会いたかったのと、森の家まで王都からよりも近いからだ。けっして領地に関心も持ってではない。

 私は素直にしゅんと背中を丸めた。


「もっとも、ここ数週間ですっかりユリア様の評価を改めなくてはいけないと思っているところですが」

「そうでしょうか?」

「今までのユリア様が、自分から領地の視察をしたり、街の人々と交流したでしょうか? それに被害を出さないために、あんなすごい薬を作って渡してくれることも……」


 なんのことかしら?

 視察? 山へ採取に行ったことかしら?

 交流? ああ、きっとヘンゼフが間違った道案内をして、いろいろな変なところに顔をだしてしまったことね。

 薬については……使い方は誤算だったけれど、まあ、目的は確かにその通りだけど。

 いろいろ誤解もあるが、私を認めてもらったのはすごく嬉しかった。でも、私は聞きたいことの半分しか聞けていない。


「叔父様の言う、『中途半端』とはフランチェシカのことですか?」

「ユリア様は、私たちの世代の者に起こったことを何も知らないのですね……。いいえ、私が言ったのはフランチェシカのことではありませんよ」


 何故だか叔父様の声は寂しそうだった。続きを促そうとしたときに、再びノックの音とヘンゼフの声がした。


「お嬢様、中に入ってもいいですか?」

「ええ、いいわよ」


 体が筋肉で膨らんだヘンゼフが、なんとか身をよじってドアから体をねじ込んで来た。

 やっぱり気持ち悪い。私がヘンゼフを見ないように、ヨーゼフは、すっと自分の背中で視界を遮ってくれた。

 この筋肥丸で膨らんだ筋肉は、訓練を怠らなければ維持することができるが、油断すれば脂肪になってしまう。ヘンゼフにはぜひ訓練をしてもらおう。

 そのヘンゼフの後ろから、アリスさんがひょっこりと顔を出した。ヨーゼフの生死の境目だったり、盗賊に襲われたときだったりと、なにかと忙しいときに会うことが多いアリスさんだが、本人はいたって落ち着いていて、ふっくらとした頬と体がいかにも優しげだ。今も気を遣った様子で、私に会釈してくれた。

 そのアリスさんが、目を吊り上げてつかつかと叔父様の前に詰め寄る。


「ブルーノ君! あなたは目が覚めたばかりのお嬢様に、何を長話しているの! ちゃんと休ませなくちゃだめでしょ!」

「アリス。そんなことを言っても、事後報告というのは大切な仕事で……」

「これだから男は。だめですよ。お嬢様にはしっかり休んでもらいます」

「しかし……」

「行きますよ。さ、ヨーゼフ!」

「ふんっ!」

「おい、こら、待て! 待てと言っているだろうが!」


 ヘンゼフは、アリスさんの指示でブルーノ叔父様を肩に担ぎ上げた。そして問答無用で部屋から連れ出してしまった。叔父様の騒ぐ声がおさまってしばらくすると、今度は叔父様とアリスさんの笑い声が聞こえてきた。

 叔父様の朗らかな笑い声に目を丸くしていると、ヨーゼフがあの二人は幼馴染みなのだと教えてくれた。叔父様にも子供時代があったのだと思うと、ついおかしくなった。


「アリスさんの言う通り、もう少しお休みください」

「眠くないわ」

「それは気のせいですよ。本当は、お疲れのはずなんです。あんなことがあったんですもの」

「それはそうだけど……」


 ぐずる私に、ヨーゼフが微笑んだ。


「お嬢様や、なんでしたら、昔みたいにお眠りになるまで手をつないでおりましょうか?」

「手を? なんだか子供っぽいわ」

「お、お嬢様!! わ、私もそれやりたいです! お嬢様が眠るまで私も手を握ります」

「そんな……両手がふさがっちゃうわ」


 有無を言わさずにベッドの両脇から手を握られた。

 気恥ずかしい思いもあるが、二人の暖かく心安らぐ感触に、だんだん眠気が襲ってきた。ゆっくりと閉じかけるまぶたに二人の姿が映る。

 ああ……本当に、二人が無事でよかった。


 次に見た夢は、二人と森の家のテラスでお茶をしている夢だった。

 森の中の一軒家。そのテラスでは、優しい色合いの花々が目を楽しませ、裏庭の薬草はすがすがしい香りを届けてくる。古くて素朴な木のベンチにヨーゼフとミーシャが座り、私は自慢のハーブティーと焼き菓子を振る舞っていた。

 大好物の焼き菓子の匂いで、あの子がおねだりに私の頬をペロリと舐める。それを見て、ヨーゼフもミーシャもおかしそうに笑う。つやつやの黒い毛にふさふさした長い尾、それに、くりくりした赤い目。怪我していたところを私が治療して助けてあげた大型の犬のような魔獣。怪我が治っても、森の家に住み着いてしまった私の同居人。魔物のくせに、人なつこくて、お菓子が好きなこの魔獣に「ルー」と名前をつけた。私が一人暮らしをしていても寂しくなかったのは、ルーのおかげだ。その感謝の気持ちがみんなに伝わったのか、ミーシャがルーの首に抱きつき、ヨーゼフが頭を撫でた。ルーは二人にもみくちゃにされながら、大人しくお座りをしている。

 そんな、楽しく幸せな夢だった。





もふもふは大事! もふもふ最高! 私が一番好きな動物はうさぎですが、次に好きなのは犬です。

でも実家の黒猫も大好きです。


そうそう。皆様、メリークリスマス!

クリスマス用SSは間に合いませんでしたので、お正月に特別SSを上げる予定です。

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