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55 鴆討伐報告

本文一行目。……すみません。つい出来心ですm(__;)m



「知らない天井……」


 屋敷の私の寝室ではなかった。

 あちらの棚に黄色い木彫りの人形、こちらの棚には何年も前のお祭りで買った金色の笛に緑の仮面、またそちらの棚には……という具合に物が溢れている。なんて騒がしくて、色とりどりで……なのに、何故だか調和がとれていて心が落ち着く。私は、どちらかというとすっきりと整理された場所のほうが好きなはずなのに、この部屋はとても気にいった。


「執事長のお宅の客間です。お屋敷の方はしばらくは……」


 ミーシャは言葉を濁す。

 盗賊に酷く荒らされた屋敷に、私を休ませるわけにはいかないという配慮だろう。


「ところで、丸一日お眠りになっていましたが、お体の具合はいかがですか?」


 少し動かしてみるが、特に痛いところや動かないところはなさそうだ。それよりも、少し頭が痛い。魔力が回復していないようだ。


「助けてくれた冒険者さんが、こちらの薬を飲むようにとおっしゃって置いていきました」


 ミーシャは濁った紫色のポーションをおずおずと差し出した。


「……嫌よ」

「お嬢様、そんなこと言わずに。魔力切れは大変つらいそうじゃないですか! お嬢様のために、希少な魔力回復ポーションを冒険者さんが下さったんです。お願いします。飲んでください」


 普通の紫色の魔力回復ポーションは、確か下処理をしていない牛の大腸をドロドロにした味なのよね。それでいて、私が作った薬に比べると大して効かないはず……。絶対に嫌だわ。

 でも、そのポーション瓶を大事そうに胸に抱え、大きな目をうるませて懇願しているミーシャをみると、いつまでも拒否はできなかった。きれいって、それだけで威力があるわね。


 仕方なしに体を起こして瓶を受け取り、蓋を少しだけ開けてみる。

 無理! 絶対に無理!

 味どころか、匂いも大型草食動物の糞のような匂いだった。ミーシャの後ろにいるヨーゼフでさえ、鼻を押さえて一歩引いてしまった。


「さあ! さあ!! さあ!!!」 


 ぐいぐいと迫り来るミーシャに負けて、鼻を摘まんで一気に飲み込んだ。


 ……結果、やっぱり止めておけばよかった。また夢の世界に飛んでいきそうになった。ただしそのときチラリと見えた夢は、エンデ様とフランチェシカが高笑いしている夢だ。意地で現実に引き戻ってきた。

 ミーシャは口直しに水を渡してくれたが、どうせなら口の中の後味を消しさてくれるくらいの味の濃い物が良かった。

 水をすすっていると、ドアをノックする音が聞こえた。


「どうぞ」

「お目覚めになられたようですので、失礼いたしま……」


 中に一歩入った叔父様が、整った顔をしかめて、すぐに高い鼻梁を摘まんだ。さすがの大人の色気が駄々漏れな叔父様も、こうなっては台無しである。


「ひつれえひまふ」

「…………」


 無言でじっと叔父様の顔を睨むと、仕方なさそうに鼻から手を外した。せっかく、今、この部屋に来たのだから、魔力回復ポーションの不味さはともかく、この臭さだけでも共有してもらいましょう。

 私のその無言を叔父様は別の意味にとったのか、深々と頭を下げた。そんなしおらしい態度の叔父様を見たのは初めてのことだった。


「申し訳ありませんでした、ユリア様」

「何のことですか?」

「許してもらえないのですか?」


 許すも許さないも、本当に何のことだったかしら? 


「鴆の討伐に、あんなに人手を裂かなければこんな事態には……。ユリア様は鴆討伐に向けての秘策を授けてくれていたというのに……」

「ああ、そのことね」


 そういえばそうだったわ。私も盗賊を差し向けたのは叔父様ではないかと思うくらい、守りの手薄な時を狙っての襲撃だった。


「鴆の方はどうなったの?」

「あっけないほど簡単に討伐できました」


 え? 死人が出ないように手は打っていたけれど、なんでそんなに簡単に?


「護衛の方々に持たせてくれた気付け薬のおかげで、誰も昏睡することがなかったのだから当然の結果です」


 確かに私が打った手とは、護衛隊の全員に気付け薬を配布していた事だ。もし鴆の毒で昏睡した人がいたら、領兵でも冒険者でも自警団でも、すぐに嗅がせて起こすように指示をだしていた。我が家の精鋭ともいえる護衛隊だから、自分が戦いながらも昏睡した人を助けるくらいできるだろうとも思惑だったからだ。


「あの装備もユリア様が?」

「あの装備?」


 なんのことだかさっぱり分からない。


「もともと毒を吸い込まないように鼻と口を覆う布を用意していましたが、それに護衛隊の方々が気付け薬を付けて戦っていました」


 ええ‼! そんな無茶を!? だって、かなりの刺激臭がするはずよ。それこそ死の淵のヨーゼフの目を覚ますくらいの!


「護衛隊に続く者が皆、気付け薬をつけたので、昏睡する者もなくほぼ無傷で鴆を瞬殺できました。大人数を連れて行きましたが、戦いに参加できなかったものもいる位で……」

「そ、そう……」


 みんな大丈夫かしら? 別の意味でよく生きていたわね。

 冷汗が私の背中を垂れる。


「護衛隊の隊長が、危険極まりない鴆の討伐をこんなに簡単にできたのは、ユリア様のおかげだと言い出して……」

「……そんなことはないのだけれど」


 ええ、本当に私のおかげなんてことはないわ。だって気付け薬はヨーゼフのために作った物の残りだし。だいたい、そんな風に使うなんて思いもしなかったんですもの。私、ちゃんと指示したわよね? 倒れているものがいたら気付け薬を使いなさいって。そりゃあ、服薬の指示に従わない人は少なくないけれど。

 気まずい思いに、ミーシャが渡してくれた水にまた口をつけた。


「そのうち誰かが、ユリア様を『神の御使い』と言い始めました」

「ぶっ!!」


 口の中にあった水がきれいに霧になった。



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