54 薬問屋のダン②
続きです。
私は、できた薬を喜び勇んで薬問屋に持って行った。
「ねえ、見て見て。どう?薬を作ってみたわよ!」
「おお、やったなユリア。どおれ、俺に見せてみろよ。まあ評価は辛口だけどな」
「それは十分に分かっているわ」
薬草の納入の時に、質が悪かったり、保管の状態が悪いものは容赦なくはじかれた。評価は辛口だが、いいものを納入できた時のダンの満足そうな顔が見たくて薬草の世話や保管を頑張った。
にやりと笑うダンに、私は自分が作った初めての薬をおずおずと渡した。
「ん? やたらきれいな水色だが見た目は、体力回復ポーションのようだな……」
「その通りよ!」
ダンの驚いたような反応に、してやったりと気分が高揚した。がんばった甲斐があったというものだ。
「お前、よく作り方を知っていたな」
「ええ、ちょっとしたツテがあってね」
私はルイス様のことも、森の家に住んでいることもまだダンに打ち明けていなかった。一つ話せば、どうして空き家に住み着くことになったのか、どこから来たのか、どうしてそうなったのかまで説明しなくてはいけないような気がして、そこまで踏み込めなかった。
ダンは、ポーションを数滴、手のひらに落としてペロリと舐めた。ダンの体がぽうっと白い光を放った。回復した証だ。
「……うまい」
「ありがとう」
「おい! どうしてうまいんだ!」
「どうしてって……、カネル草にボガートの汁と……」
「待て待て! どうして回復ポーションでそんなレシピが出てくるんだ!他の薬師は回復ポーションを作るのにそんな注文してこないぞ」
ダンは薬問屋として薬師からの注文を受けるうちに、レシピこそ分からないものの、それに必要な材料はおおよそ検討がついているようだった。
「回復ポーションのレシピなんて、そういうものじゃないの?なんか変?でもダンはちゃんと回復したみたいだけれど」
「ああ、確かに普通のポーションと同じくらいに回復している……って、おい! 俺が舐めたのはたった数滴だぞ! それでなんで他のやつが作ったポーション1本分と同じ効果になるんだ! やっぱりおかしいだろ!」
「おかしいの?」
「異常だ!!」
頭を抱え込むダン。
そんなにおかしかったのだろうか?
ダンはしばらくして、やっと立ち上がった。
「いいか、ユリア。レシピの内容なんぞ絶対に人前で漏らしちゃだめだぞ! 普通の薬師でもレシピは死んでも口にしない。レシピを教えるのは独り立ちする弟子にだけだ」
「そういうものなの?」
「そういうものなんだ!」
私のポーションを片手に、ダンはしばらく熊のように行ったり来たりしながらブツブツつぶやいていた。そして、やっと腹を決めたように私に向き直った。
「これはこのままでは売れない」
「そう……」
せっかく喜んでもらえると思ったのに……。私は消沈のあまり肩を落とした。
「いやいや、そうじゃないって」
しょぼくれた私の肩を、慌てたようなダンの手が包む。
「この薬は効果が高すぎて『このまま』売るにはもったいないって言う意味だ」
「それじゃ……」
「これは、色をつけた水で薄めて売ることにする。数滴で普通のポーション1本分の効果だったから、1本のポーションから何本も売り物が作れるぞ。普通のポーションより効き目が高くて、おまけにうまい。きっと冒険者に飛ぶように売れるぞ!」
商売人らしく、ダンは金の匂いを嗅ぎつけてニヤリとした。私はただ単純にダンが喜んでくれるのが、なによりも嬉しかった。
ちなみに普通の体力回復ポーションの味は、よどんだ水色に魚の内臓をドロドロにしたものだそうだ。魔法を使える人は少ないから需要もそうないけれど、魔力回復ポーションは濁った紫色で牛の大腸を下処理もなくドロドロにした味だそうだ。両方、絶対に飲みたくない。
作ったものは何でも持ってこいというダンの指示通り、ルイス様のレシピで作れる薬の種類を増やし、それを持ってダンの店に行った。希少な素材が必要ともなれば、入手できるものはダンが無料で用立ててくれた。すべてが最初の体力回復ポーションのように上手に作れたものばかりじゃないけど、ダンは大げさに喜んでくれた。
あるとき、調合に魔法を使う方法を思いついた。もともと私の魔力はとても少ないにも関わらず、勉学なんて二の次だったため、魔法は不得手だ。最初は苦労した魔法を使った調整も、回数を重ねるうちに少しずつ実用できるようになった。それに比例して、私の調合できる薬の種類も増え、品質も向上していった。
もちろん作った薬すべてが売り物になったわけではない。既存の薬とあまりにも違いすぎる薬はダンと相談して売らないことにした。
ダンの店の売上も上がり、一般の客だけではなく医師の客も増えていった。
医師が薬師を指定して調合を依頼する場合もある。女一人暮らしの私の情報をダンは漏らしはしなかったが、こうした指名依頼は私の儲けも大きくなるので、無理のない範囲で受けていた。
細心の注意を払ってはいても、噂にはなるもので私の薬のレシピを脅し取ろうという人もいたが、元冒険者だったダンが力とコネを使って撃退してくれた。その後、ダンは、いままでに見たことのないような険しい表情で頭を下げた。
「本当に悪かった」
「そんな、ダンのせいじゃ……」
「いいや、俺のせいだ。お前の薬は売れる。指名も入るほどだ。だけどそれに浮かれてて、何の後ろ盾もないお前からレシピを奪おうとするやつがいることまで思い至らなかった。本当にすまない」
「……」
その頃には、薬師の常識というものをある程度、ダンに教わっていた。薬師は自分のレシピを簡単に他人に教えるようなことはない。一子相伝を守っている薬師一家もあるそうだ。効き目のある薬のレシピを手に入れたければ、目をつけた薬師の弟子になるか奪い取るしかない。でもそんなレシピを強奪したと知られれば、その薬師と取引をする問屋も医師もいるわけもない。ほとんどの薬師も薬問屋も冒険者ギルドのように組合を作っていて、レシピの強奪などがないか目を光らせていた。
ところが私が師匠もいないということで、組合に加入していなかった。そのために起こったレシピ強奪未遂事件だった。それを予期できなかったダンが頭を下げたのは、そういう訳だった。
私は頭を下げるダンを見て、別のことで心を痛めていた。私が勝手にルイス様のレシピを見て作っていることは、私を襲ってレシピを奪おうとした人たちと変わりない。私は、良心の痛みに耐えかねて、ダンにとうとうルイス様のことを打ち明けた。
「ルイス……聞いたことない名前だ。この界隈の薬師なら全員知っていると思っていたんだがな。そのルイスって男は、本当に薬師なのか?」
「そうだと思うわ。ルイス様の資料やメモは薬のことばかり書いてあるもの。でも、私が理解できるのは、ほんの一握りでしかないから、本当のところはどうか分からないの」
「俺も、そのレシピを読んで見たい気がするが、それこそ御法度だな。そういえば、聞いちゃいけないと思っていたんだが、こういう機会だ。お前、どこに住んでいるんだ?街じゃないよな」
「ええ……。実は私はルイス様の家に住んでいるの」
「男の家にか!」
ダンは何故か、焦った様子で取り乱した。
「ルイス様の家とはいっても、空き家だったの。迷いの森で迷ってしまったら、偶然ルイス様の家を見つけて、住み着いてしまったの」
私は自分の浅ましさを告白して。顔を赤らめた。それを見て、ダンも落ち着きを取り戻したようだ。
「迷いの森って……お前、よく弾き飛ばされなかったな」
「弾き飛ばされるって?」
「あの森は確かに入れば必ず迷うんだが、数時間もすれば森の外に弾き飛ばされるんだ。おかげで危険視はされていないが、中にどんなものがあるのかの情報がない。そうか……家があるのか。案外、その家を守るために、迷いの森があるのかもな」
「家を守るために……」
何故だか、触れてはいけない秘密に触れてしまったような気がして、二人とも口を重く閉じた。
「そうだ。これからのことなんだが、お前にはうちの店に専任契約を結んでもらっていいか?そうすれば、一応俺の店を通して薬師問屋ギルドがお前の後ろ盾になる。普通の薬師なら、お前を襲おうとは思わないはずだ。それに店じゃなく迷いの森のそばで取引をすれば、お前のことを知るやつが少なくなる。当面の問題は、お前が街で買い物やなんやらするときやらの安全を確保することだ。ちょっとツテを当たってみるから、少し待ってろ」
「ええ、分かったわ」
ちょうどその頃、森の家で怪我をした大型の犬のような魔獣を助けてなつかれたり、ダンの元冒険者仲間が護衛をしてくれたりと、寂しかった私の生活も少しだけ騒がしい物になった。
そうやって私とダンは、薬師と薬問屋、そして兄妹のような友人として歳を重ね、信頼を深めていった。
――ああ、あの頃は幸せだったわ。他の女性のように結婚して子供を産んでなんて生活は縁遠かったけれど、幸せだったわ。仕事をして、それを支えてくれる仲間がいて、友達がいて。本当に幸せだった……。
まだ夢を見ていたいと抗ってみたが、容赦なく目があいてしまった。寂しく残念な思いにとらわれ、落胆してしていると、目の真横にミーシャの大きな紫の目があった。あまりにも近すぎて、驚きで一瞬心臓が止まるかと思った。ああ、びっくりした。
「おはよう。ミーシャ」
するとミーシャの目から涙がホロホロとこぼれ落ちて、すぐに抱きしめられた。そのすぐ後ろにはやはり心配顔のヨーゼフがいる。目が合うと励ますような笑顔を返してくれた。
……今の人生も……悪くないわ。
年末年始で、立て込んでまいりました。
また一話当た1300~1500文字で始まったこのお話も、今では3000文字を超えることが少なくなく……。
少しの間、更新を二日おきとさせてください。
せっかくお読みいただいているのに、申し訳ありませんm(__)m