6 なかった事に
「婚約の話はなかったことにしたいです」
「……分かった」
お父様はすんなりと頷いた。お母様は予想通り喚き散らし、鬼気迫る表情で私の肩をつかんでゆさぶったりするが、何も言わずにただ目を伏せてやり過ごす。
「そんなこと絶対に許さないわよ。なんとしても結婚してもらいます。
だって、だって、こんなことがベアトリーチェに知られたら……何を言われるか」
お母様は、プツンと糸が切れたように、よろよろとソファーに体を投げ出したまま動かなくなった。お父様は、お母様の背中を優しくさすっている。
お父様はこんなお母様を愛しているんだろうか?男女の相性、こればかりは年を重ねてもよく分からない。完璧な男性のお相手が、とんでもない女だってことは良くあることだ。
ベアトリーチェとは、お母様のただ一人の妹のことだ。お母様と違い、叔母様は人形のように美しい人だ。そして、お母様と仲が悪い。我がオルシーニ伯爵家の筆頭分家に嫁いでいる。
お母様は伯爵家を継いだのが自分で、叔母様はそれが妬ましいから嫌味や嫌がらせをするのだろうと言っているけれど、それは当たっていると思う。私から見ても、叔母様は権力欲の強い人だ。伯爵夫人として振る舞っているお母様に、歯噛みしている場面を何度となく見ている。
叔母様は分家の筆頭という立場を利用して、お父様のお仕事の邪魔をすることも度々あるそうだ。叔母様の名前を聞いて、苦虫を噛み潰したようなお顔をしている。お父様にとっても叔母様は悩みの種だった。
もし、私がエンデ様と婚約していたら、叔母様の一人娘のフランチェシカに寝取られることになる。叔母様に見た目も性格もそっくりなフランチェシカ。そうなったら私は婚約破棄、そして事件を起こし勘当。跡取りをなくした伯爵家は、次の跡取りに血の近いフランチェシカを迎えるしかなくなる。
私を裏切ったエンデ様とフランチェシカの恋愛が偽物だったとは思わない。でもきっと私が誰を婚約者に迎えても、こういう筋書きができていたのだろう。
おお怖い。
お母様、もし婚約していたら、恥どころの話ではなくなりますよ。フランチェシカが跡取りになったら、お母様の嫌いなベアトリーチェ叔母様がお母様をどんな扱いするかわかったものじゃありませんよ。
もちろんそんなことは口には出せない。
「落ち着くまで、領地にでも行っているがいい。後のことは任せておくがいい」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
さすがお父様、頼りになります。
いったん、エンデは退場です。でもたくさんのヘイトを稼いでくれた彼は、また活躍してくれることでしょう。
さてさて、次話から領地に行きます。やっと薬師します(^_^;)