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53 薬問屋のダン①

ヨーゼフの時の失敗を繰り返すまい。と心に誓いながら、ユリアとダンの前の人生編を書きました。

2話でまとめましたが、駆け足になってしまったような……。「ちょうどいい」はなかなか難しいですね(-_-;)


 綿を踏むようなふわふわとした現実感のない感触。

 不審に思い、足下を見ると今にも底が抜けそうな使い古した安物の靴に、男性用のズボンを履き、その上からつぎあてだらけのスカートを重ね着した大人の(・・・)足があった。

 慌てて自分の体のいたるところを手で触れば、それは大人の女の体だった。背中には新鮮な香り薬草の詰まったかごを背負って、重みで足の裏が痛い。


「???」


 なんだろう……懐かしいような……。


 ドン!


「ってーーな!こんなところに突っ立ってんじゃねえ!」


 筋肉の肥大した体をボロボロの服で包み、頭ははげ、体には革の軽鎧、腰には剣を差した中年の男だった。どんぐりのように大きな目でギロリと睨まれると、思わず震え上がってしまった。


「ご、ごめんなさい!」


 深々と腰を折る。下げた頭で考える。やっぱり知っている、と。考えを巡らせて、腑に落ちた。ああこれは確かに昔……いえ、前の人生であったことなのだ。だからきっとこれは、夢なのだと。

 これが夢で、過去をなぞっているのだとしたら……。


「おいおい、一般人にメンチ切るんじゃねえよ。これだから冒険者は荒くれ者の、ろくでなしだって言われるんだぜ」

「そりゃないっすよ、ダンさん。おれっちは普通に言っただけで……。なあ?」


 やっぱり来たわ!

 頭を下げたまま、上目使いでその二人をのぞき見れば、先程の男が私の顔をのぞき込んでいる。その顔は、怖いどころか、ひょうきんに見えた。後から現れた肩幅の広い男は腕を組んでやれやれという風情だ。

 私は歓喜に包まれる。でも夢で過去をだどるだけの私はそれを顔に表すことなく、恐る恐る顔を上げ、固い声でなんとか答えた。


「え……ええ。大丈夫です。問題ありません」


 後から来たダンという男は、おやっというように片眉を上げた。


「ずいぶん育ちの良さそうなお嬢さんだな」

「いいえ、そんなことはありません!!」


 強く拒否をする。伯爵家から捨てられた私なんて、ただの呼びかけでも「お嬢さん」なんて呼ばれる資格はない。それに今まで、酒場や宿屋の下働きをした経験から、貴族とかかわりがある女など、胡散臭がられるだけだと知っていた。

 ダンは「ふむ」と小さくうなった。そして話を変えるように、私の背負ったかごを指さした。


「これは冒険者ギルドに納めるものかい?」

「…………」


 そう。このとき私は森の家で採れた薬草を売りに街まで出てきたところだった。

 森の家で暮らす私の生活は、ある程度充実はしていた。野菜はそれほど手をかけなくても畑でとれるし、小麦粉や調味料、肉や魚もルイス様の蓄えと保存魔法のおかげでふんだんにある。おかげで食べ物は贅沢をしなければ、十分にやっていける。服も自分の服はもうつぎあても難しい位ボロボロだが、ルイス様の残した服をお借りすればなんとかなる。でも、もうこの靴が限界だった。靴だけはサイズの違うルイス様のをお借りするわけにも行かなかった。裸足で農作業をするには、元貴族令嬢だった私の足はもろすぎる。それに女特有の細々とした必要物品が森の家にはない。仕方なしに街へ出てきたのだ。

 靴を買うためのお金。そのために畑でとれたの薬草を、どうにかして現金に代えたいのだ。

 ところがその薬草をどこに売ったらいいのか分からずに困っていた。親切そうなおばさんが冒険者ギルドなら買い取ってくれるかもしれないと教えてくれたので、その助言に従いやってきた。でも冒険者ギルドに来たものの、出入りするのはみなごつい男ばかりで、入る勇気が湧かず、ずっと出入り口付近をうろうろしていたところを、先ほどの男がぶつかったというわけだ。

 

 もしここでダンの問いに「はい」と答えたら、私の運命は変わっていたかもしれない。でもギルドの中に入ることができなくて答えあぐねていた私に、ダンはある提案をした。


「ギルドに売らないんだったら、俺に売ってくれないか?」


 私はバッと顔を上げた。少しエラの張った四角い顔のダンは裏表のない、まっすぐな笑顔を私に向けていた。誠実さの表れたその瞳は、静かな湖面の水の色、薄い青だった。私が伯爵家を勘当されてから、真っ直ぐ他人の瞳を見たのは、実に久しぶりのことだった。


 彼が私を連れて行ったのは、ダンの家である薬問屋だった。薬問屋では、自前の調達で足りない分の薬草を冒険者ギルドに採取依頼するそうだ。直接、薬問屋に卸してくれるなら、ギルドに払うマージン分を、買い取り価格にちょっと上乗せしてくれるということだった。

 世間の常識に疎い私は、薬草を薬問屋に売れるということを知らなかった。

 ダンは私の薬草を手に取って、ちょっと意外そうに目を大きく開き、予想していたよりもはるかにいい値段で薬草を買い取ってくれた。おかげで農作業のできる底の厚い靴と、下着など細々とした物を買うことができた。でも何よりも私が嬉しかったのは、他人に認められたということだ。今までの人生であまりなかったことだったから。

 そしてそれから度々、ダンの薬問屋に薬草を売りに行くようになり、親しくなっていった。


 ダンはもっと若い頃に冒険者だったそうだ。ギルドの前で会った冒険者の様子から、ダンがかなり高いレベルの冒険者で尊敬を集めていたことが分かる。

 ダンには病気の妹さんがいて、実家の薬問屋で取り扱う薬では助けることができず、伝説級の回復薬か強力な回復魔法が使える人間を求めて冒険者になったのだという。そして妹さんが亡くなったときに、冒険者を辞めた。その後、妹さんと同じような病気を救える薬を作る薬師の育成の援助をしたいと、実家の薬問屋を継いだのだそうだ。確かに、効き目のある薬を作るには、素材を厳選しなくてはならない。そうした素材は自分で見つけるか、金で仕入れるしかない。もし、いい素材を薬問屋が融通してくれるなら、薬師はずいぶん薬を作ることに専念できるだろう。

 ダンの妹さんは私と同い年だったらしく、妹さんに対するように、いろいろと世話を焼いてくれた。エンデ様以来、男性不信になっていた私は、女扱いではなく妹扱いするダンに心を許すようになったのだ。

 ある時、そのエンデ様のことを、何かの機会にちらりと漏らしてしまったことがあった。ダンはエンデ様に腹を立て、私に強く同情してくれた。そして、自分のことは信頼して欲しいと強い口調で言ってきた。私は、死んだ(・・・)祖父のような人の次に、ダンを信頼していると答えた。すると、ダンは何故か複雑な顔をして、頷いたのだ。


 そんなダンからある提案があったのは、最初の出会いからいくつか季節が変わった頃だ。薬草ではなく、薬を納品すればもっといい金額を支払うことができる。家庭薬でもいいので、何か薬を作ってみてはとのことだった。

 何故「家庭薬」なのかというと、ちゃんとした薬は師匠の元で修行を積まないとレシピを教えてもらえないため作ることはできないからだそうだ。

 家庭らしい家庭で育っていない私は、家庭薬のレシピを全く知らなかった。それに学園にいた令嬢のように教養として調合を学ぶこともしていなかった私は途方に暮れた。それでもダンの期待に応えたい私は、ルイス様のレシピから一番簡単そうな薬を作った。


 それが薬師となる私の第一歩であった。




続きます。

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