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52 遅れて来た、三人目の客



「こっちだ!こっちで見たぞ!」


 鬼のような形相の盗賊達が私の後を追ってくる。私は、少しでも使用人たちから離すために、直通通路がある部屋と反対方向へ逃げた。


 もともとあった避難用の隠し通路はロベルトが盗賊に教えているだろうから使えない。ヨーゼフの抜け道は、そもそも知らない。私は普通に地上の道を逃げるしか無かった。


「娘っこが一人行ったぞ、あの角を曲がった突き当たりだ!」


 盗賊の声が近くに聞こえた。

 私はその突き当たりで、盗賊を待ち伏せし、腰を低くして構えた。


「ここかあ」


 その曲がり角から、脂ぎったまばらな髪の毛に、血走った目、歯が抜けてだらしなくよだれの垂れた男がぬっと顔を出した。その後ろから他に二人程、ぎらついた男が見えた。


【ウィンド】


 手に構えた嗅拡散を、男たちの鼻に届ける。


「ごおおおお!」

「ぐえええ!」

「…………」


 三人は、つかの間きょとんとした顔をしてすぐに苦しみ始めた。そしてあっという間に意識を失った。


 私は鼻と口を押さえて、その三人をヒラリと飛び越えてまた逃げ始める。同じように盗賊を誘導して、嗅拡散やスラ玉接着剤で身動きをとれなくさせ、人数を減らした。もし使用人達の脱出に盗賊が気が付いた場合、少しでも追っ手の人数を減らしておきたいからだ。

 そうこうしているうちに外の馬車止めまで出ることが出来た。ここを超えたら、あとは噴水のある花壇を超えて、もう少しで私も街に逃げられる。そう気が緩んだせいか、それとも魔力不足で気が遠くなりかけていたせいか、私は二人の盗賊に挟まれていた。

 下卑た笑いをした、小汚い男が近づく。


「大人しくしろや。逃げても無駄だぜ」

「……」

「お前、一人か?」

「……」

「おい、答えろ!他のやつらはどうした!?」


 ビリリと空気を震わせるような男の怒声に、ビクッと体が飛び跳ねてしまった。そんな私の様子を見て、男は満足そうに笑う。


「なにも、最初からひどい目にあわそうってわけじゃないんだ。いうことをちゃんと聞けば優しくしてやる。俺たちは紳士だからな」


 盗賊たちは、ひゃっひゃっひゃと、自分たちの物言いがおかしかったのか笑った。こんな男たちの言葉を信用なんかできるはずがない。


「わ……私、だけです。ほ、『他のやつら』なんて知りません」

「嘘を言うとひどい目に合わせるぞ」

「わ、私はただのメイド(・・・・・・)です。人が戦っている音がしてびっくりして、最初から一人で隠れていたんです。少し静かになったから、逃げようとしただけで……」


 私は今、ミーシャのメイド服を着ている。血の汚れもない。それほど美しいというわけでもない容貌の私が自分をメイドだと言い張れば、盗賊もそう疑いもしないはずだ。

 盗賊達は相談しはじめた。


「こいつ、こんなこと言っているけれど、どうなんだ?」

「さあ? でもこいつが一人なのは確かだよな」

「でも、酒蔵から逃げ出した他のやつらはどこだっていうんだ?」


 どうやら、酒蔵の穴から使用人が逃げたことは知られたようだ。


「さあ……。でも一緒ならこいつもやつらと逃げてるんじゃないか?」

「そりゃそうだな」

「どうすべか?」

「なあ……ちょっと相談なんだが。子供とはいえ、こいつは女には違げえねえ。ちょうどいい女がいなくなったんだ。こいつで少し楽しんでいかねえか?」


 盗賊の一人が、よだれを垂らしながら。べろりと口の周りをなめた。

 鳥肌が全身を走り抜ける。


「そりゃあいい。俺らだって少しくらいお楽しみがあってもよさそうなものだ」


 ぐいっと盗賊が私の腕を引っ張っり、花壇の茂みにドサッと、投げ込まれた。


「きゃあああああ!」

「あの小僧に見つかると面倒くさい。さっさとやっちまおうぜ」

「ああ」


 盗賊が私に馬乗りになり、その手が襟元にかかった。


【ファイアボール】


 平常なら私の手のひらに火の玉が現れるはずだった。ところが火の玉は現れず、代わりに割れるような頭痛が襲った。


 まずい、魔力切れだ!

 私は遠からず、気をうしなうだろう。そうすれば、この下卑た男たちに汚されるのは避けようがない。身をよじって逃げようとするが、強い力で押さえ込まれる。


「静かにしてろ!」


 男は拳を振りかぶった。その時、救いは現れた。


「お前ら、何をしている」


 盗賊の体がビクッと揺れて、振り返る。そこには、隻眼の大男がいた。顔を縦に大きな傷が走り、その傷のせいで片方の目が塞がっていた。顔だけではない、シャツの下から見えているメロンのような肩や腕も傷だらけだった。


「お頭……。あの、いや、これは……」


 救いだと思ったのは間違いだ。この男こそが、伯爵令嬢の私を求めている盗賊の頭だったのだ。


「お前らには、急げと言ったはずだが」

「そうなんですがね、でもちょっと位……」


 私の上に乗っていた盗賊の首が消えた。大量の血液が私に降りかかる。それでも私は何が起こったのか分からずに、呆然とただゴロンと落ちた盗賊のそれ(・・)を眺めた。


「お、お頭、俺は止めたんですぜ……なのにあいつが」

「そんなことはどうでもいい。さっさと探すんだ遠くには行っていないはずだ。ああ、先に探すのは娘の方だぞ」

「へい!」


 もう一人の盗賊が、逃げるように駆けて行った。

 首のない盗賊の体が、ずるりと倒れて私に覆い被さった。


「き、きゃああああ!」


 ドン!


 盗賊の頭は足を踏み鳴らした。


「静かにするんだ」


 恐怖で、懸命に手で口を押さえて悲鳴を飲み込んだ。


「よーし、いい子だ」


 男はにこりと笑った。愛嬌さえ感じさせる笑顔だが、この男は盗賊の頭。そして先程、人の首を容赦なくはねたの男だ。


「お前、この家の娘を知ってるか?」


 思わず首を振りかけて、慌てて縦にした。この屋敷のメイドなら、その家の令嬢のことを知らないはずがない。


「その娘が薬を作っていることは?」


 再び頷く。


「じゃあ、麻薬については?」


 麻薬? 私は本当に分からずに首を振った。


「そうか……」


 隻眼の男は、思案げに顎を撫でる。男はふと盗賊の血で汚れた薬箱に目を留めた。


「その箱はなんだ?」


 答える間もなく、薬箱を取り上げられた。中を見ると一瞬目が大きく開かれ、口角が歪んだように持ち上がった。興奮に満ちた顔をゆっくりと私に向け、ニタリと笑った。


「お前なのか!」

「え?」

「お前が伯爵の娘だな!」


 必死にしらを切る。


「いいえ、違います!」

「いいや、お前だ。お前しかいない」


 男の口調は確信に満ちていた。目が爛々と光っている。男は、どこか楽しそうな口調で続ける。


「お前のせいで、手下が何人か死にそうな目にあった」

「……」


 私は調合室の床にオオナマミの実を撒いた。日に当ててる処理を施していないその実は、衝撃を加えると大爆発する。無防備に調合室に踏み込んだ者が、その爆発に巻き込まれたのだろう。

 さらに私が調合室に仕掛けた細工もそれだけではない。オオナマミの実の爆風を耐えられるであろう薬品金庫の鍵を外して、鴆の羽の上に火の付いたお灸を置いてきたのだ。ヨーゼフの歯の治療をした時や領兵の治療に使った時のように薄めたりはせずに、ありったけの鴆の羽を使った。爆発に巻き込まれなかった盗賊も、薬品金庫を開けたならば、その濃厚な毒の煙によって昏睡してもおかしくない。

 しかし「死にそうな目」という頭の言葉にどこかほっとしている自分もいた。「死にそうな」ということは死んでいないということだから。


 それにしても、私のしたことで怒り狂うのならともかく、なぜこんなに頭はうれしそうなのだろう。第一、私を狙っていた理由というのはなんなのだろう。

 そんな私の疑問に気付いたのか、嬉々としてその答えを教えてくれた。

 

「鴆とお前がいれば、俺は裏社会の覇者になれる。あの小僧の言ったとおりにな!」


 太くてごつい指がゆっくりと私に伸びてくる。男の目には、自分がその裏社会の覇者になった姿を思い描いたのが愉悦の色があった。思わず目をつぶってしまった。

 ああ、私はもうダメだ。捕まったのだ。この盗賊の頭の言う「麻薬」とか「裏社会」とかは全く意味がわからないが、私は人を廃人に追い込む「麻薬」を作らされて、飼い殺されるのだろう。


 私は、なんのために人生をやりなおしたのだろう。こんな風に、盗賊に捕まるためなの?

 自害という言葉が頭に浮かぶ。貴族がその名誉を守るためにそうすることがあると聞く。魔力切れの酷い頭痛のする頭を振る。ダメだ!そんなことはできない。私が自害したら、逃げた使用人たちはどう思う?ヨーゼフもミーシャも嘆き悲しむに違いない。お父様も、お母様だって!

 目に力を込めて、盗賊の頭を睨み付けた。

 何があっても、心を折られるものか!


 ヒュン!


 風を切る羽の音と、「ぐおっ」というくぐもった悲鳴が同時に耳に入った。盗賊の頭が腕に手を当てると、そこには深々と矢が突き刺さっていた。

 何が起こったの?


 次の瞬間、ザザッと地面を蹴る音がして、閃光がきらめく。そして盗賊の頭は私の視界から消えて、誰かの大きな背中が一面に広がる。


「もう大丈夫だよ! 一人でよくがんばったね」


 鎧に覆われた大きな背中と、短く刈り揃えた白に近い金髪の頭。そして……そして何よりも懐かしく、信頼できる声。


 ああ、来てくれた!


 手紙で呼び寄せた、三人目の客。

 前の人生で、私が兄のように慕い、最も信頼した人物。彼の声を聞き、魔力切れの私は安心して意識を手放した。


24話「手紙」で、主人公ユリアがヨーゼフに笑顔で告げた「お客」です。登場するまで長かった~。

さらにこの方のことは前の人生を語るたびに、ほんの少しづつ散りばめています。そっちも長かった~。

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