51 合流
気付けば、本編が50話を超えていました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。
よろしかったら、引き続きお楽しみいただけると、私も嬉しいです。
松明の明かりに照らされて、書庫まで抜け道を通った。出口の階段の付近で、火を踏んで消された松明が数本あった。私は最後の松明をそこに置き、【ウォーター】を唱えた。いくら火の気のない抜け道でも、出たすぐさきは書庫だ。火が飛んだら大火事になる。
力が抜け出て、思わずため息が出た。魔法を使ったら、魔力を消費する。使っている魔法は、消費の少ない初歩的なものばかりだが、前の人生で魔法の研鑽を積んだ結果多少増えたとはいえ、もともと私の魔力はそう多くない。やはり魔力は節約しなくてはいけない。
書庫では、大勢の人がいるのに、物音一つなかった。固唾をのんで、私が抜け道から出てくるのを皆が息を潜めて見ている。そのまま私が本棚を移動させて、抜け道を閉じると、場の空気がほっと緩んだ。
私は再び【遮音魔法】を使う。節約しなくてはいけないと思ったばかりだが、やはりこれも仕方がない。
「マシュウ。ヨーゼフは?」
「おりませんでした。まったく、あいつときたら……」
マシュウは腹立たしげに言ったが、私が相手なのに途中で気付いて、申し訳なさそうに頭を下げる。
「今は緊急事態だもの。礼儀なんてどうでもいいわ」
マシュウは、私の答えが気に入ったのか、ここに来てはじめて笑顔を見せた。そしてすぐに盗賊に殴られたせいで切れた唇を「いてて」と押さえた。
それにしても「あいつ」? ああ、私が「ヨーゼフ」というのをヘンゼフのことだと思ったのね。訂正しようとした時に、書庫の扉がガチャリと音を立てて開く。
私はとっさに、【ファイアボール】を唱え、火の玉を手に乗せた。すると、マシュウが慌てて止めに入った。
「大丈夫です。盗賊じゃありませんよ。近くの偵察にやった、下僕のニールです」
「偵察ですって! 私は言ったはずよ。ちゃんと隠れていなさいって。こんな危険なことをして奴らに見つかりでもしたらどうするの!」
私の思わぬ怒気に、マシュウは申し訳なさそうに視線を落としたが、すぐに向き直り、きっぱりと言い放った。
「大丈夫です。お屋敷は私達の職場です。なぁに、お嬢様よりもこの屋敷のことはよく知っていますよ。まあ、あの道には驚きましたが、貴族のお屋敷には避難用にどこにでもあるっていう話でしたし」
マシュウは乾いた笑いをした。あの抜け道に関しては誤解があるが、訂正するのも難しく、苦笑いで誤魔化した。
偵察にいったという下僕のニールが、すぐそばまで来た。ヘンゼフよりも年若そうな少年が浮かない顔をしている。
「どうだったんだ」
「はい……。その、近くに盗賊はいたんですが……」
「何! その盗賊には見つからなかったのか?」
「それは大丈夫です。だって、その盗賊は倒れていたんです」
「倒れていた?」
「はい。それで、その先も覗きに行ったら、そこでももう一人……」
「お前、無茶しやがって‼ でもよくやった!」
マシュウはニールの首に腕を回し頭をくしゃくしゃとなで回した。
「もう、やめてくださいよお!」
「そう言うなって」
仲の良さそうな二人だが、今はそれどころではない。
「静かにしなさい」
いくら遮音魔法をかけているとは言っても、静かにするに超したことはない。マシュウはしまったというように肩をすくめて、こちらに向き直った。
「それにしても盗賊が倒れていたとは、どういうことでしょうか?……お嬢様、何か心当たりがありますか?」
「そうね……。私は、酒蔵に行くまでの間に何人か領兵の治療をしたわ。その兵が盗賊を倒してくれたのかもしれないわね? でもどっちにせよ。好機だわ。今のうちに、みんなで逃げるわよ」
皆、力強く頷いた。
今度は私が先頭に立った。一歩一歩、慎重に進めていたが、気がせいてか、次第に早足になる。確かにあの偵察してくれた下僕の言うとおり、盗賊が遠くで倒れているのが見えた。できるだけ離れて進んでいく。
カラン!
何かを蹴った。皆、びくりとして体が固まる。しかし、その音で誰かが現れるようなことはなかった。
ほうっと、一息吐いて、足元を見る。……フォーク? 何故こんなところに? 銀製のフォークだから、盗賊が盗んで、落としたのかしら。ともかく、足元にも注意しなくちゃ。
あともう少しで外への直通通路がある部屋というところで、廊下の壁に寄りかかって座り込んでいるヨーゼフを見つけた。
「どうしてこんなところに!?」
「執事長がどうして!」
「まだお体が悪いのでは……」
私以上に使用人の皆が驚いている。駆け寄ると、肩で息をしていたヨーゼフはうっすらと目を開けた。
「すみません、無茶をしました」
蚊の鳴くような声でヨーゼフはささやいた。
「いいのよ」
きっとヨーゼフは、みんなのために道が安全か確かめようとしていたんだろう。でも、まだ体の具合が完璧じゃないヨーゼフにとっては、それは相当な無茶だったはずだ。
マシュウと、料理長がヨーゼフに肩を貸して先へ進んだ。
そして皆無事に外への直通通路がある部屋に着いた。中では、傷口が閉じたばかりの領兵が扉の外を警戒しながら、私たちを迎え入れてくれた。
私の顔を見た領兵は、思わずといった感じで跪いた。
「お嬢様。お嬢様のおかげで私達は……」
「そんなことは、後ででいいわ。あなたたちも大量に血が失われているのだから、さっさと逃げればよかったのに」
「そんなことはできません。お嬢様が、使用人のみなさんを救って、こちらに来るのを待っておりました」
まだ白い顔をした領兵は、目だけが力がこもっている。
「では、その使用人の避難を手伝ってちょうだい」
「はっ!」
まず力の弱い者、足の遅い者から避難を開始させる。酒蔵に閉じこもっていただけの使用人よりも、怪我をしてた領兵の方が明らかに具合が悪く、戦力にならない。領兵も先に避難させる。そしてもちろんヨーゼフも。
「わしは……」
「いいえ、ダメよ。先に行ってちょうだい。大丈夫、私もすぐに追いつくわ」
固く約束すると、やっと避難してくれた。
みなにはヨーゼフの家からは全力で走って街に逃げるように指示してある。兵や自警団は今はいないが、街には働き手の男たちがたくさんいるため、盗賊もむやみに街を襲ったりはしないだろう。
しかし一人ずつしか通れない通路をたった一つのカンテラの明かりで進むため、進みは遅い。ジリジリとした焦燥感を感じている中、遠くからかすかな爆発音と盗賊の怒声が聞こえた。あの爆発音は調合室に仕掛けたオオナマミの実が爆発した音に違いない。とすれば私がいないとバレたはずだ。もう時間がない!
盗賊の怒鳴り声が近くなる。仕方がない。
「マシュウ、全員が階段を下りたらすぐに壁のボタンを押しなさい。そこから先は一本道よ。ともかく、まっすぐに走りなさい」
「ですが、お嬢様は」
「私のことはかまわなくていいわ。早く!」
「お嬢様!」
「マシュウ、あなたにも家族がいるのでしょう?」
マシュウの目が泳いだ。
「……はい、街に住んでおります」
「だったら、家族のために逃げるべきよ」
「しかし……」
「これは命令よ!つべこべいわずに従いなさい!」
「……分かりました」
マシュウにだけ聞こえるように、こそっと呟く。
「ロベルトから目を離さないで」
ハッとしたように固まったが、唇を引き締めてマシュウは頷いた。
そして私は、部屋を飛び出した。