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49 酒蔵に至る道



 何が起こったのか理解もできないまま、本能で鳥肌がぶわっと立つ。喉元がひりつくのは、口をふさがれ声にならない悲鳴のせいだと気付いたのはずいぶん後になってからだった。

 

 盗賊に捕まってしまった!

 耳元に誰かの肌の温かさを感じ怖気が走る。体を押さえつけらる力が強くて逃げ出すどころか顔を逸らすこともできない。心臓の鼓動と、自分の歯がガタガタとなる音だけが大きく聞こえた。


「お静かに、お嬢様」


 盗賊に捕らえられたあとの、身の毛のよだつような想像が頭を走る。手足をばたつかせて一生懸命に体をよじる。


「お嬢様、わしです、ヨーゼフです。どうかお静かに」


 え?だ、誰ですって?

 え……まさか、この声は……ヨーゼフ!!


 私が抵抗を止めると、ゆっくりと口を覆っていた手が外された。振り向くと、ヨーゼフが困ったように笑っていた。


「ヨーゼフ、ヨーゼフ!!」

「しっ!」


 ヨーゼフは角から顔を出して、酒蔵の見張りをしている盗賊を盗み見た。


「よかった。気が付かれなかったようです」

「ごめんなさい」


 ヨーゼフは安心させるように、私に微笑んでくれた。

 やせ細ったヨーゼフの胸に飛び込む。油っぽいような、つんとするような、ヨーゼフの香りをめいいっぱい吸い込む。安堵で力が抜けた。そんな私を、ヨーゼフは抱きしめたまま頭をポンポンと撫でてくれた。

 二人とも小声で話し始める。


「もう! 心配したのよ!」

「それは申し訳ありません。急になにやら屋敷が物騒になりましてな。どうしようかと途方にくれとったところです。

 ところでお屋敷を荒らしている、あれらは?」

「奴ら盗賊なの。金品と……何故か私を狙っているそうなの」

「お嬢様を?」


 ヨーゼフが私を抱きしめる手に力がこもった。


「いっ、痛いわ!」

「はっ! 申し訳ありません。お嬢様を狙うなどと不届きなことを聞きましてつい。やつらをこのまま放っておくわけにはいきませんなあ」

「何言っているの、あなたは逃げなきゃ!」

「はて? お嬢様の方こそ何故お逃げになられないんですか? それに……そのメイド服は?」

「私は……、使用人達を助けなきゃいけないの。だって、お父様のいない今、私がここの主ですもの。みんなを守る責任があるわ」

「ふうむ、お嬢様は前の旦那様とは大違いですなあ。あの方が戦うのは主にご自分のためでした。お嬢様は、他者を守るために戦いなさるか……」


 ヨーゼフは少し、考えるそぶりをした。


「わしも手伝いましょう。それにわしは執事長です。部下を助けるのはわしの義務みたいなもんですわい」

「そんな、ヨーゼフ、あなたの体は本調子じゃないのよ」

「お嬢様は、あの地下の酒蔵に入りたいんでございましょ? あの見張りがついとる扉を通らなくとも、あそこに入る道をわしは知っとります」

「そんな道があるの?!」


 すべての不安を打ち消すようにヨーゼフは笑った。


「わしについて来てくだされ」


 ところで、私は先導するヨーゼフを見ながら気づいたことがあった。つるつるだった、ヨーゼフの頭に毛が3本生えていた。それは、確かにヘンゼフと同じ真っ赤な髪をしていた。


「ねえ、ヨーゼフ、酒蔵から離れているわ。それにもっと盗賊を警戒しなくちゃ」

「大丈夫です。入り口は少し離れたところにあるんです。それに、このあたりには盗賊はおりませんから安心してくだされ」

「そんなことがヨーゼフには分かるの?」

「年の功です」


 不自然に立ち止まったり、曲がったりするが、確かにヨーゼフの選ぶ通路には盗賊の姿は見えなかった。しかし、やはり病み上がりのヨーゼフには、気を張り詰めながら歩き回るのはきつかったのだろう。ヨーゼフの体には変調が表れていた。


「この部屋です」


 目的地に着く頃には、ヨーゼフの顔色は悪く、息は切れていた。


「……ごめんなさい、無理をさせて」

「いいえ、これくらい大したことはございません」


 私を励ますようにヨーゼフは笑った。

 ヨーゼフが案内した場所は書庫だった。酒蔵とは屋敷の反対にある部屋だ。

 ヨーゼフに導かれて中に入ったが、案の定、盗賊の姿はなかった。ヨーゼフは書庫の中でも、古い恋愛小説が並んだ棚にやってきた。ヨーゼフは、その棚の足元をちょこちょこっといじると、棚を引き戸のように横に移動させた。するとそこに地下への入り口が現れた。ヨーゼフの家の直通通路と同じ方法だった。


「ここが酒蔵に通じる抜け道です」

「こんなところに……」


 これもお父様から教わった避難用通路にはなかった道だ。


「前の旦那様が学生の頃、執事長だった私の父に見つからずに酒を飲むために作ったものです」

「お祖父様が?」

「はい。前の旦那様の魔法は火力だけは大きいものの、細かな操作は苦手でしてなあ。ご学友をわざわざこの領地にお招きになって作らせたのですよ」

「もしかして、そうした抜け道はこの屋敷にたくさんあるのかしら?」


 ヨーゼフは、答えずにニコリと笑った。

 いつだったか、調合室にヨーゼフが音もなく現れたことがあった。どうやって部屋に入ったのかと不思議だったが、あれはヨーゼフが話さない抜け道を使ったのかもしれない。屋敷中にお祖父様が作った抜け道が張り巡らされているのかもしれない。必要な時がくれば、ヨーゼフはそれらを教えてくれるだろう。


 今は、使用人のみんながいる酒蔵に行こう。




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