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48 領兵の治療

流血やグロテスクな表現があります。ご注意下さいm(_ _)m


「ううっ……」


 昼寝部屋から二つ目の廊下の曲がり角の先で、苦しそうなうめき声がした。

 角から、用心しながら少しだけ顔を出す。

 そこには、領兵が脇腹を押さえて倒れていた。周りには血だまりができている。

 飛び出していきたい気持ちを押さえて、そのまま心の中で10数える。よし、誰も来ない。


 私は足音を立てないように近づいた。

 まだ若いその領兵は、私に気がついて、血まみれの手をよろよろと伸ばしてきた。


「た……たす……け……」


 その赤い手を、力の限り握る。


「大丈夫、助けるわ」

「たす……け……?」

「そうよ。だから治ったら、伯爵家のためにキリキリ働くのよ!」


 私は冗談めかして彼に笑いかける。彼は、希望にすがるように、私の手を弱々しく握り返してきた。

 まず仰向けにする。体には何カ所も痛々しい刺し傷や切り傷があった。もう戦えなくなってからも執拗に傷つけたような傷だ。これでまだ命があるのは、致命傷になるのを避けて、いたぶっていたからだろう。盗賊の残忍さを目の当たりにして、怖さよりも怒りがこみ上げてきた。

 彼に丸めた布を口に食ませる。そして薬箱から、直接触ることがないように台座に固定した鴆の麻酔香を出して、お灸の部分に火を灯す。その煙は風魔法で、彼の鼻にだけ向くようにしてある。彼の表情は緩んできた。


「痛いけれど、少し我慢してね」


 彼は、覚悟を決めて、布をぎゅっと噛む。


「行くわよ」

「ぐぅうっう……!」


 彼には申し訳ないが、左脇腹の傷から体の中に手を差し込む。本当は、完全に仮死の状態にしてから行うべきことだが、盗賊が跋扈するこの場所では危険すぎる。ほんの少し痛みを弱める程度の麻酔しか使うことができない。

 生暖かい、にゅるりとした感触がする。前の人生でも、怪我した人や体内に悪性の腫瘍ができてしまった人の治療の時にもこうして体内に手を差し入れたものだ。体内の怪我や腫瘍には、薬を内服するよりも、それそのものに直接薬を流し込んだ方が即効性がある。ただし薬の量には限りがあるので、怪我や腫瘍そのものを特定しなくてはならない。そのための触診だ。これは大変患者への負担が大きく、他に治療する方法がない場合でなければ行わない。

 ルイス様の資料にこの方法はなかったが、体のどこにどういう臓器があるのかを詳細に記した物があり、それを読んで私が編み出した方法だった。こうなると薬師といいながらも、医師の領分に近い。

 最初は嫌悪感と人の領分を超えてしまったのではないかという罪悪感を感じてしまい、ちゃんとした診察ができないこともあった。しかし瀕死の患者を目の前にしては、そんなものは吹っ飛び患者を助けたいという使命感だけが残った。


 彼の内臓が血液と腹水でくにゅり、くにゅりと私の手の中でよく滑る。

 肝臓は……大丈夫。膵臓と、胃も大丈夫なようね。消化器じゃなくて良かったわ。消化液が漏れると、自分の内臓をその消化液で消化してしまったり本当に大変だもの。ああ、傷ついていたのは脾臓なのね。脾臓は免疫を作ったり造血する器官だから、傷つくと出血が多くて普通なら死ぬところだけれど……大きな動脈を傷つけられた訳じゃなさそうだわ。他に、大腸、小腸にも傷が少し。大丈夫、これなら治せるわ。

 領兵はビクビクと体を震わし、口から泡を吹いている。これで気を失っていないのだからたいした根性だ。


「よくがんばったわね。あと少しよ」


 聞こえているのか聞こえていないのか分からないが彼に伝える。

 傷口から薬の小瓶を差し込んで、直接脾臓に流し込む。


 1.2.3.4.5……


 傷からの出血はほぼ止まった。脾臓の傷が癒えたせいだ。


 さらに傷があった大腸、小腸にも薬を流し込む。

 腹の傷から見えている他の臓器の色がきれいな赤やピンク色に変わった。出血が止まり、血液が他の臓器に流れるようになったからだろう。もう一度、腕を傷に突っ込み、さっきの出血点を手でまさぐる。傷は完全に塞がっていた。

 しかしこれで終わった訳ではない。消化液は漏れ出ていなかったものの、消化管が傷ついたことで内容物が腹腔内に出ている。そのままにしておいては、せっかく傷を癒やしても、敗血症にかかってしまう。


浄化(クリーン)


 浄化魔法は使い勝手がいい。掃除洗濯にも使えるけれど、こうやって医療的な洗浄、消毒にも使える。


「よし!」


 ここまで来たらもう一歩だ。気を失いそうな領兵に自分で傷口を押さえてもらい、その上から、傷薬を振りかけた。すぐに傷からの出血も止まり、もう10秒ほどすると、ピンク色の肉芽が出来はじめた。他の傷も同様に閉じた。


「もう大丈夫よ」


 彼の表情は苦痛に満ちたものではなくなった。

 深い傷だったため、完全に治すには、この傷薬を使っても時間がそれなりにかかる。でも、命の危険はなくなったはずだ。


「あなたは助かったのよ」


 血の気のない顔、力ない体で目だけ輝かせた。


「これだけの血を失ったら、しばらくは動けないと思うわ。体力回復ポーションがあればいいのだけれど、あいにく持ち合わせがないの。ごめんなさいね。辛いだろうけど、気を失わないようにしてね、ここは危険よ。そして動けるようになったら、盗賊に見つからないように隠れるのよ。いいわね。戦わなくてもいいから隠れるのよ。

 この先の角を二つ曲がった部屋に外に通じる直通通路があるから、そこから逃げなさい。いいわね」


 彼は弱々しく頷いた。と、ふと気付いたように私に尋ねる。


「おじょ……は?」

「私? 私は他にも助けなきゃ行けない人がいるの」


 できるだけ何でもないように微笑んで見せた。

 彼は驚いたように目を見開いたが、一度閉じて再び開いた目には力がこもっていた。


 その彼を置いて、私はさらに屋敷の奥に進んだ。二人目の傷着いた領兵は一人目よりも傷が浅かったため元気が残っていた。血だらけの私を見て悲鳴を上げそうになったのをなんとか止めさせるのに苦労したほどだ。


浄化(クリーン)


 本当に浄化魔法は便利だ。ミーシャのメイド服は、洗濯した直後のようにきれいになった。

 私の変わり様を見て口をパクパクさせている、治療を終えた領兵に傷薬をもたせて、他の怪我人の治療をするように指示を出した。彼によると、一番の怪我を負っているのは、先程私が治療した領兵なので、他は任せても大丈夫だそうだ。


 そして私はヨーゼフがいないか目を凝らしながら、地下の酒蔵の入り口までやってきた。出入り口はそこしかない。しかし盗賊が扉にもたれかかりながら、酒に酔って鼻歌交じりに剣を磨いている。

 よし、山で盗賊を捕らえた時と同じ戦法で行こう。私は嗅拡散を薬箱から……。


 ガバッ!


 後ろから、口を押さえられ、暗がりに引きずり込まれた。



ところで、私、作者として読者の皆様に謝らなくてはいけないことがあります。

私はこの作品を「薬師やくし令嬢のやり直し」と読んでいましたが、それは間違いのようです(__;)

薬師(やくし)というのは薬師如来、それに地名などを表すものだそうです。


それに対して、「日本における医師の古称。漢方薬の専門家であり、本草学に基づいた生薬による治療を行う人」は薬師(くすし)というのだそうです。

 また作中は薬師=内科医&調剤師、医師=外科医のイメージです。主人公はその薬師の領分も軽く超えるときがありますが、どうか大目に見てやって下さいm(__;)m


と、言うわけで特に何か変わりがあるわけではなく、これからも「薬師(くすし)令嬢のやり直し」をよろしくお願いします(*^。^*)

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