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47 直通通路

投稿直前になって、変更した部分があるので、アラが目立つかもしれません。

ご指摘いただければ幸いです。


 私たちは、塔の真下に、無事に着地した。

 着地の音は下草が吸収してくれて、ほとんど音を立てずにすんだ。ヘンゼフは柔軟性の高い筋肉がクッションとなり高い塔から飛び降りても、怪我一つせずにすんだ。

 ヘンゼフの腕に腰をかけ首に手を回した状態のまま、周りを見やる。よかった周りに盗賊はいないようね。


 パチン!


 乾いた音がした。

 驚いてその音の出本を見ると、真っ赤になって頬を膨らませたミーシャがいた。ヘンゼフは、一生懸命に首を振って何かを否定している。

 二人の様子を見て、すぐに何を訴えたいのか分かった。ミーシャはヘンゼフがお尻を触ったって怒っているのね。でもヘンゼフは偶然だ!って言ってるわ。まったく、こんなときに!

 ぎろりと睨むと、二人共おとなしくなった。

 

 茂みの影に隠れて、屋敷の裏側に移動する。


「よかった、こちら側には誰もいないようね」


 盗賊は今頃、財宝を漁っているのだろう。人影は一つもなかった。

 私はヘンゼフに向けて、三本指を出した。頷くヘンゼフ。

行動開始の合図を3・2・1と指を折る。次いで出発の号令の代わりに、一つの方向を指さした。

 茂みの影から出て、見晴らしのいい場所をヘンゼフは走り抜ける。今、盗賊がこちらを見れば、必ず見つかってしまう。早くしなければ! 筋肉が強化されているヘンゼフは驚くほどのスピードで走った。実に馬の数倍は早い。

 いつもなら5分ほど歩く道のりも、またたく間に使用人棟に着いた。

 ヘンゼフから下りて、ノックする時間も惜しみそのまま中に入ると、びっくり顔のアリスさんがいた。


「あらあら、お嬢様どうなさったんですか?」


 何も知らないアリスさんは、エプロンで手を拭きながら、のんびりした口調で尋ねた。

 アリスさんは赤みがかった金髪を、頭の後ろでくるりと丸め、ほんの少し飛び出た後れ毛が柔和な横顔を彩っている。働き者のよく動く手は荒れているが、顔はきめ細かな肌をしており、とてもヘンゼフのような大きな子供がいるようには見えなかった。ただ、頬はふっくらと、体は少し……かなりぽっちゃりとしてる。

 そのアリスさんが私に続いて家の中に入ったヘンゼフを見て、目を丸くした。


「あらあらあら、ヨーゼフったら……。しばらく見ないうちに、ずいぶん大きくなっちゃって。って言っても朝ぶりだけど……。本当に男の子の成長は速いものね」

「アリスさん、このヘンゼフのこの体も、今耳が聞こえないのも。私のせいなんです。あと一時間もすれば聴力は戻ると思います」

「あらあら、そんなんですか。……分かりましたわ。

 それにしてもうちの息子を『ヘンゼフ』なんて、あだ名で呼んでくださるなんて、本当にかわいがってくれているんですね」


 ……本気で言ってるのかしら? 今までちゃんと話したことはなかったけれど、さすがヘンゼフのお母さんといったところかしらね。


「ねえ、ヨーゼフ。お母さんも『ヘンゼフ』って呼んじゃおうかしら」

「???」

「あ、そうでしたわ。今、息子は聞こえないんでしたね」

「それより、アリスさん……」


 緊迫した口調で屋敷の窮状を伝える。


「屋敷に盗賊が押し入ったんです。まだこの家には気がついていないみたいだけど、もしここに気がついたら、きっと盗賊が来るわ。だからアリスさんとヨーゼフは、逃げてほしいの」

「困りましたわ……。父さんったら、また抜け出してお屋敷の方に行っちゃったんですよ」


 嘆息しながらアリスさんが言う。確かにヨーゼフの回復は著しく、屋敷で見かける日も少なくなかった。


「でも私たちは、屋敷から来たの。その道でヨーゼフと会わなかったわよ。だから屋敷には……」


 アリスさんは少し首を傾げて考えてから、「そうそう」とパンっと手を叩いた。


「父さんが使っているのは、外の道じゃなくて、こっちの道なんですよ」


 アリスさんは、居間の壁にある本棚を引き戸のように動かした。重そうな本が詰まっているのに、その本棚は音もなく、滑るように横にスライドした。その本棚があった場所からは、地下につながる階段があった。


「こ、これって……」


 驚きにすぐに言葉が出ない私にアリスさんが、得意そうに説明してくれた。


「父さんが子供の頃にもこの使用人棟に住んでいたそうなんですよ。そのときに遊びにいらした先代伯爵様のご学友が、父さんのために作ってくれた屋敷への直通通路なんです」

「ちょ……直通……通路?」


 思わず声が裏返る。それってすごく大変なことじゃないかしら?

 ヘンゼフも一緒に住んでいるくせに知らなかったらしく、目を丸くしている。


 一応、念のために確認してみる。


「誰でも使えるのよね?」


 お祖父様のご学友というのがどういう方かは知らないけれど、ヨーゼフ以外は使えないって結界魔法が張ってある可能性もある。


「もちろんです。父さんの忘れ物を届けたことがありますもの」

「アリスさんが?」

「はい」

「そう……。じゃあ、ヨーゼフはここを通って屋敷に行った可能性が高いのね」

「ええ、そう思います。父さん愛用のカンテラがありませんもの」


 アリスさんの口調は、いつも通り穏やかだ。でも私の心は焦りに囚われていた。

 盗賊は奴隷に出来るような使用人には無体な真似はしないかもしれないが、ヨーゼフのような者にはどうするだろう……。使い道のない老人を生かしておくとは思えない。

 ごくりと喉をならしてつばを飲み込んだ。


「……私が屋敷に戻ってヨーゼフを助けるわ。アリスさんは、ヘンゼフとミーシャと三人で、街へ逃げて下さい。アルの本屋というところなら安全だと思います」

「ああ、アルさんとアリアナちゃんのお店ね、分かりました。

 さあさあお嬢様のお邪魔にならないように私たちは早く行きましょ」


 アリスさんはヘンゼフの右腕の上に乗りこんだ。そしてヘンゼフは当然のごとく、左腕にミーシャを乗せようとした。


「待って!」


 ミーシャがヘンゼフの腕を押しのけて、私に走り寄ってきた。

 必死な顔のミーシャを見て、屋敷に戻る私を止めに来たのか、それとも一緒に行くと言おうとしているのかと思う。でも私はやらなくちゃ行けない。薬箱をぎゅっと握った。


「お嬢様……」

「止めても無駄よ。あなたはヘンゼフとアリスさんと一緒に行きなさい」

「お嬢様を止めようだなんて思っていません。もうお嬢様が、守られるだけのか弱い令嬢じゃないのは知っていますから。

 それに……お嬢様は私とヘンゼフの家族を逃したら、最初から他の人を助けに、特に怪我をして死にそうだという護衛の人の命を助けるためにお屋敷に戻るつもりでいたんでしょ?」


 ミーシャは、私の薬箱を指差した。


「私のような優秀な侍女は、お嬢様の足をひっぱるような真似はしません!」


 ミーシャは、無理に明るく笑った。

 こんな場面なのに、クスリと笑ってしまった。私の考えなんて、ミーシャにはお見通しだってことね。

 その後すぐにミーシャは、何やら怖い顔をしてヘンゼフに筆談で指示を出すと、ヘンゼフは「ふんっ!」と筋肉をひくつかせて、外を警戒してか窓の方を睨んだ。ヘンゼフったら、耳は聞こえなくても言葉はしゃべれるのだから、普通に返事すればいいのに……。


「お嬢様、服を脱いで下さい」

「服を?」


 ミーシャの方は、さっさと自分のメイド服を脱ぎ捨てて下着姿になっていた。


「急いでいるんです。何も言わずにさっさと脱いでください」

「……え、ええ」


 私が服を脱ぐと、ミーシャはさっと自分が脱いだメイド服を私に着させてくれた。


「もし万が一、お嬢様が盗賊に見つかったとしても、メイド服を着ていたら見逃してもらえるかもしれません。念のためです」


 12歳の私と15歳のミーシャでは身長差もあるから、ふくらはきまでの長さのメイド服が私にはくるぶし丈になる。でも長めだがなんとか着られた。メイド服は作業服なので胸もウエストも調整できるため、動きには問題がない。


 ミーシャの方は、さすがに下着姿で外にでるわけも行かず、私が脱いだ服を着た。私には膝丈だったドレスも、ミーシャが着たらミニスカートになってしまったが、清楚なミーシャが着てもいやらしさはなかった。


 ふっと、ヘンゼフの方を見ると、ガラスに反射してにやけた顔が見て取れた。すべてが終わったら、お仕置きしなくちゃね。と、思ったら目を吊り上げたアリスさんの顔もガラスに映って見えた。お仕置きはアリスさんがきっちりしてくれそうだ。


 私たちは着替えが済むと、すぐに別れた。

 ヘンゼフは、ミーシャとアリスさんをアルの本屋に置いて、山へ部隊を呼びに。私は、屋敷に戻って、ヨーゼフを探して保護し、けが人を助けて、他の使用人達の安全を確保するために。


 ヨーゼフの直通通路は整備をされていない、ただの横穴だった。土魔法が得意な人が、周りの壁を圧迫しながら作ったと思われるその通路は、かなりの年数が経っているのだろうが、ひびもなくしっかりとしたものだった。


「それにしても、こんな直通通路があったなんて……」


 一応私もこの屋敷の避難用の隠し通路のことは教えてもらっていた。だが、この直通通路のことは全く知らなかった。お父様も知らないに違いない。


 借りたカンテラで足元を照らしながら進む。


 直通通路の突き当りは階段が天井の壁に伸びていた。私はアリスさんに教えられた壁のボタンを押す。すると強い光が抜け道に差し込んだ。光魔法の淡い光に慣れた目には、さんさんと差し込む日の光が眩しかった。ヨーゼフの家の本棚のように天井が音もなくスライドして階段の出口が現れた。


 そのままの状態で、耳をすます。大丈夫、近くに盗賊はいない。そろりと首を出すと、そこはいつだったかヨーゼフが昼寝していた部屋のテーブルの下だった。


「こんなところにつながっていたなんて……」


 私は、直通通路から外に出た。



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