46 盗賊の狙いは私?
盗賊の狙いは私?
「まあ正確に言うと、金品とお嬢様です。盗賊は最初から二手に別れていました。宝物庫とこの調合室にです」
確かに、最初の悲鳴からそんなに間を置かずに、私のところ……この調合室へ襲撃者が来た。もともと調合室は、物置として使われていた特に意味のない部屋だったにもかかわらず。
領地に来て間もない私が、この部屋に閉じこもり気味だという事を誰が知っているというのかしら……?まさか、屋敷の中に盗賊との内通者がいるっていうこと?
私の考えがまとまらないまま、ヘンゼフは話を続けた。
「『お頭』と呼ばれている男が、手下どもにお嬢様を捕まえられなかったことを、ひどく怒っていました。でも何故お嬢様を狙っているかは、探れませんでした」
私が伯爵家の一人娘だから狙われたのかしら?身代金目的?叔父様が関わっていないという証拠もないわ。と、するとやっぱりフランチェシカに伯爵家を継がせるために、盗賊を使って私を殺そうとしているのかしら?
「被害状況は、警備に当たっていた領兵が数人がひどい怪我をしています。このまま放っておけば、あと数時間は保たない人もいます」
予想していたこととはいえ、領兵の身を案じ、思わず薬箱の取っ手を強く握った。
「他の使用人達はみんな無事です。ロベルトさんが即座に投降を宣言したので、地下の酒蔵に押し込められるだけで済んでいます。ただ、盗賊達は、男も女も奴隷として売る相談をしていました。
母さんとじいちゃんのいる使用人棟は少し離れているせいか今のところ盗賊は気がついていないみたいです」
そう。非戦闘員のみんなが無事なのね。少なくとも、奴隷にするつもりなら、手荒なことはしないでしょう。でも早く助けないと。
「盗賊は全部で多分、二十八人。いや……二十九人かな?この部屋の扉の外には、見張りが二人います。使用人のいる酒蔵の入り口の見張りは一人です。その他の盗賊は、お嬢様の事はいったん置いといて、金品をかき集めています」
金品を盗られるのは痛いけれど、そんなことは問題じゃない。
『すべての金品を持っていったら、私のことは諦めてくれると思う?』
「多分……それはないです」
確かに、最初から二手に別れて私の事を狙うくらいだ。そう簡単には諦めてくれないだろう。
「このままこの部屋にこもっているばかりではジリ貧になってしまいます。救援を呼んでこないと」
ヘンゼフの言う通りだ。しかし街に冒険者もいない今、どうやって?どこから?
「筋肥丸を下さい」
「何を言っているの?そんなことできるわけないわ」
思わず口で返事をしてしまったが、私の言いたいことは通じたようだ。
筋肥丸は体のバランスが変わるために、初めて服用したときには、まともに動くことさえ出来ない。それに身体強化薬はそれ一つでも、大きな副作用がある。二種類の身体強化薬をこんな短時間で併用するなんて体も脳も保たないに決まっている。
「さっきも大丈夫だったでしょ。今度も大丈夫ですよ。コツをつかむのはうまい方なんです。二人ともここで待っててください。僕が絶対に救援を呼んできます。さっき山の方の音も拾ったので場所も大丈夫です」
ヘンゼフは鴆の討伐に行った戦力を呼び戻そうというのだ。確かに、ここに立てこもっていても、ヘンゼフの言う通りジリ貧になるのは明らかで、助けは必要だ。でも、その叔父様が私の命を狙ってるんだとしたら、せっかくヘンゼフが山に行っても助けは来ないだろう。
チラリとミーシャを見る。震えて小さくなっているミーシャ。やはり助けは必要だ。
「待つ必要はないわ」
「???」
ああそうだった。筆談で伝える。
『私たちがここで待つ必要はないわ。女の子二人くらい、筋肥丸を使ったあなたなら運べるはずよ』
私はヨーゼフに筋肥丸を飲ませる覚悟を決めた。そのせいでヘンゼフがどうなってしまっても仕方がない。そのときは、無事に助かった後に、何があっても私が治してあげるから。
そう伝えるとニカリと笑いながら、親指を伸ばした握り拳を私……ではなくミーシャに突き出した。それまで震えていたミーシャだったが、呑気そうな様子のヘンゼフに頬をひくつかせた。
ヘンゼフが筋肥丸を飲み込んだ数秒後、ブチブチと音がしはじめた。筋肉繊維が切れる音だ。そして切れた筋肉があっという間に回復する。そしてまた激痛を伴って筋肉が切れ、そしてまた回復する。ほんの数分の間に、全身の筋肉が再生を繰り返す。これが筋肥丸の効果だ。この筋肉の再生によって力は強くなり、堅固になる。とんでもない激痛が襲っているはずなのに、ヘンゼフの顔はいつもと変わりない。
しばらく祈るような気持ちで見守っていた。しかし筋肥大が完成した瞬間から、思わず目を逸らしてしまった。そこにはまだ少年の顔の筋肉だるまがいた。
……なんか気持ち悪い。
ヘンゼフは、「ふん」「ふん」っと次々筋肉が目立つポーズをとる。どうやら心配していたような副作用も、ボディバランスも問題なさそうだ。安心していいはずなのに、反対に苛立ちが湧き出てきた。ヘンゼフを見ているうちに、私も平常運転に戻ってきたようだ。
私は接着効果のあるスラ玉のクリーム3番を、音に気をつけながら扉に塗りつけた。接着剤はすぐに硬化が始まった。これで魔法を解いてもすぐに踏み込まれることはないだろう。耳をすますが、外の見張りが気づいた様子はない。
部屋にちょっとした細工をしてから、薬箱をしっかりと持った。そしてヘンゼフの右腕に乗る。左腕には、大人しくミーシャが座っていた。さすがのミーシャも今は文句は言わなかった。
よし、準備はできた!
「行くわよ!」
「ふん!」
「え?どこに……? まさか、ここから??? え、えええ!! きゃあああああああ」
私たちは塔の窓から飛び下りた。