44 平和の終わり
大変お待たせいたしました。新しいパートから再開いたします。今までの振り返りもあり、多めの3000文字超になっております。
「アランさん、大丈夫でしょうか?」
「あなた、失恋したのに、まだアランの心配?」
「そりゃ……心配しますよ」
今朝、夜が明けないうちに屋敷を守る最低限の戦力を残し、アランを含む護衛隊や領兵部隊は、叔父様の自警団と叔父様が雇った冒険者たちと一緒に山へ向けて出発した。
通常、鴆の討伐はやっかいを極める。冒険者ギルドでは討伐が2番目に難しいランクAに分類されているほどだ。鴆の戦力自体は、せいぜい怒り立った熊程度のものだ。一人で立ち向かうのは難しいが、大勢で囲めばなんとか倒せる。しかし鴆のやっかいさはそこではない。その毒にあるのだ。体内で分泌された毒は、口腔内から毛づくろいの時などに羽、爪、尾などに付着する。そして他の動物は、その毒に触れただけで、快楽を得ながらも筋肉も神経も麻痺してしまい、最終的に鴆の餌となる。さらに危険を感じた鴆は、毒の息を吐く。つまり、肌を覆うだけでは、鴆の毒を防ぐことはできないのだ。それが討伐ランクが高い理由だった。
叔父様に聞いた討伐作戦はこういったものだった。夜行性の鴆が巣に戻り寝静まった頃に、毒ガスを流す。毒ガスで弱ったところに遠方から火矢で焼き殺す。しかし、毒の効き目が弱かったり、火が効かない場合は、人海戦術となる。肌を隠した第一陣が息を止めて、襲いかかる。そしてすぐさま同じく肌を隠して息を止めた第二陣が襲う。その間に、一陣は撤退。そしてまた第三陣と、延々と繰り返すのだ。そのために人手がいくらあっても足りないというのだ。
息を止めて戦うのは難しい。そのため、ある程度の犠牲は覚悟しているのだという。作戦を知っているミーシャがアランを心配するのも無理はない。
……まあ、大丈夫だと思うのですけれどね。
私は気遣わしげな様子のミーシャを横目に、薬箱の整理をしていた。これまでに作った薬を入れてあるもともとは宝石箱だったものだ。
一番最初に作ったのは「嗅拡丸」。そして、これの粉薬状の「嗅拡散」これは嗅覚が良くなる薬だ。その代わり、効果が切れた後は嗅覚が麻痺する。
その応用で、「聴拡丸」。そして「聴拡丸・改」は、ヨーゼフの耳を治療するために作ったものだが、結局使わなかった。ついでに「視拡丸」、「味拡丸」、「触拡丸」も作った。それぞれ頭につく文字の五感を刺激するもので、「改」以外の薬の副作用は嗅拡丸と同等だ。
そして山で盗賊と遭遇した後、ヘンゼフに泣きつかれて作った、身体強化薬の「筋肥丸」もある。筋肥丸は筋肉が肥大する薬で、力が強くなり、足も速くなる。また私の薬だけの特徴として、筋肉が肥大するだけではなく、柔軟性も増加する。副作用としては、耐えがたい痛みを伴うということだ。だが筋肉増強するのは一時的ではない。しかし訓練を続けなければ筋肉の維持はできず、脂肪となってしまう。
五感を刺激する薬、そして筋肥丸などは、すべて身体強化薬に分類される。私が作ったものは、効果が絶大である割には副作用が少ない方だ。安全を確認された薬問屋が市販するものでも、使い方を一歩間違えば脳や身体が破壊される。そしてその割には効果が薄い。
私が作る薬のほとんどは、ルイス様のレシピを元にしているが、一般の薬師はその師匠から伝わったレシピで作っているそうだ。私と一般の薬師の作った薬に同じ作用を求めても効果に大きな差が生まれるのは、材料や作成方法、つまりレシピが全く別物なのだと、前の人生で世話になった薬問屋に教えてもらった。
そういえば普通の薬師のレシピの元をたどれば、ただ一人の薬師に行き着くのだという伝説もその薬問屋が教えてくれた。
考え事をして薬の整理をしていた手が止まってしまっていたのに気がついた。慌てて次の薬を手に取る。
小瓶に入っているのは、それぞれ「魔物よけ」「野獣よけ」「虫よけ」だ。これらは特別変わった薬ではないが、他の薬師が作るよりも強力だ。
ちなみに、スライムにミーシャを襲わせた件で使ったように、魔物よけの薬の応用で魔物呼び寄せもできる。
形が違う小瓶もある。これは外傷にのみ有効な傷薬だ。浅い傷ならば塗った端から消えていく。深い傷でも血はすぐに止まり、数日間塗りづつければ、跡が残らないまでに治っていく。
これも山に持っていったのだが、使う機会がなかった。
鴆のアイテムを材料にしたものを忘れてはいけない。
まずは、鴆の麻酔香。とは言っても、お灸の下に鴆の羽を敷いただけだ。それでもお灸から伝わる熱で、鴆の毒は気化して麻酔となる。毒の濃度によって、仮死から局所麻酔にまで使える。鴆の羽は扱いが難しいので、薬品金庫に保管している。
鴆の毒と、煎じたフクキ草を調合した心臓のための藍色の薬。このベースを元に、調合を重ねることで、ヨーゼフの心臓をさらに回復させることができるはずだ。今、他に使う素材を加工している最中だが、もう少し時間がかかる。
気付け薬。鴆の糞から作った。気付け成分を一度気化させてから水に溶かしているので、長く保存することはできない。もっとも、使い切ってしまって在庫はほとんどないから心配はない。
最後にスラ玉から作ったクリーム。八本の蓋のしまった試験管に入って、1から8の番号のふられた木枠に並んでいる。八つの試験管の中身は青のグラデーションになっており、色はその濃度を示す。正反対の性質だが一番色の濃いものは接着剤、薄いものは融解剤。中間色はその中間の作用がある。試験管や蓋はクリスタル製で、接着も溶解もしない特別なものだ。ちなみにヨーゼフの歯の治療で使った融解剤はそう強くない6番目だ。
そうそう薬箱には入っていないが、私が作った薬の中には、お父様に送った頭痛薬もあった。お父様の頭痛は、ストレスと肩こり腰痛からくるものだろうと当たりをつけて、血圧を下げて血の巡りがよくなるように調合した。それほど強い薬ではないが、どうやらお気に召したようで、三ヶ月相当分も追加で注文された。
おいたわしや、お父様。
薬の整理はこれで終わった。他に、素材類を見る。素材についても、一つ一つ状態や量を調べた。加工している最中のものもあるが、いつか使うだろうと保管しているだけのものも多い。討伐が済めば、珍しい鴆から採れる素材はもう手に入らないかもしれないが、鴆の獲物だったものから採れた素材は、鴆の縄張りに生息しているはずだ。うまくいけば、また採取できる。それは冒険者ギルドに依頼することにしよう。
ミーシャが途中から、整理をしっかり手伝ってくれていた。
そして、この部屋にはもう一人いた。
めでたく側仕えとなったヘンゼフだ。とはいっても、身分は下僕見習いのままである。
彼は、私達から離れた窓際で外を「見張って」いた。
「何か変わったことあった?」
「いいえ、ありません。あ、鳥が飛んでいました」
「そう……平和そうね」
「はい」
そこへミーシャの声が飛ぶ。
「ちょっと、ヘンゼフ!ちゃんと仕事しなさいよ。この荷物、あっちに移動するから持ってちょうだい!」
とたんにヘンゼフの背筋はピンと伸びる。
「かしこまりました、ミーシャさん。このヘンゼフ、ミーシャさんのお役に立てるなら、なんなりと」
「私のためでどうするの!お嬢様のためでしょ!」
「あ、そうでした」
ヘンゼフは、どういう意味なのかを知らないのか、自分のあだ名を気に入っているようだ。そして、見舞いに行ったときのヨーゼフの話ではどうやら自宅でも私たちに「愛称」で呼ばれるようになったと自慢しているそうだった。
ヘンゼフがミーシャから指示された荷物を持ち上げようとした時、
「きゃあああああああ!」
屋敷のどこかであがった悲鳴が、平穏な日々を切り裂いた。
ところで、更新お休みしていた1週間の間に全三話の短編を書きました。
恋愛リハビリのはずが……。う……ん、恋愛小説?コメディ……???
恋愛小説の才能……ないかもです( ºωº )チーン…
今日8時から隔日で一話ずつ投稿です。
こちら薬師令嬢と併せて「逆ハーレムできるようですが、私の好みはモブ顔です」も、お読みいただけたら幸いです。以上、宣伝でしたm(__)m
追記
リンク、貼れませんでした(ノД`)





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