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閑話 紫煙の向こう 〜ロベルト視点

今までずっと怪しい動きをしていたロベルトさんに焦点を当ててみました。

閑話 ロベルト視点



 寝そべったまま、くゆる紫煙をじっと見つめる。


「あんた、私にも一本おくれよ」


 隣で体を横たえている女が煙草をねだった。先程までの女のサービスを思い出し、けだるい疲れをおして、螺鈿らでん作りの瀟洒な煙草箱の蓋を開けてやった。


「ありがと」


 女は煙草に指を伸ばす時に、わざとシーツを滑らせた。豊満な胸と、その下に伸びるよく引き締まった腹の線があらわになる。

 ロベルトはにやりとした。


「なんだ、また誘っているのか?」

「そうかもね」


 女は蠱惑的に微笑む。つつっと、煙草箱の模様を指でなぞった。螺鈿細工は安いものではない。そんなことで傷が付くはずもないのだが、思わず不機嫌に眉が寄った。


「ねえ、あんたいいとこの旦那さんなのかい?」

「そう見えるか?」

「あんた、品がいいもん。見えるよ」

「そうか」


 ロベルトはとたんに機嫌が良くなった。再び、ベッドに横たわったまま、自分の腕を枕にして煙草をくゆらせる。

 女は自分でマッチを擦り煙草に火をつけた。満足そうにふうっと音を立てると、青みがかった白い煙が吐き出される。煙は派手派手しく品はないが、金だけは妙にかかった部屋で薄くなり消えた。ただ上等な煙草の香りだけが残る。


「……」

「……」


 娼婦と客に、会話など特に必要ない。別なことに思考を持って行かれそうになったときに、女がロベルトの煙草をつまんでいる指を、するりと撫でた。


「それにあんた、手がきれいだ。手がきれいな人は、いい仕事している人さ」


 俺は自分の手を見た。ああ、確かにきれいだ。手入れをしているからな。


 俺は貧しい農家に生まれた。たくさんの兄弟姉妹に囲まれて育った。兄弟が多ければそれだけ家はさらに貧乏になる。それなのに後先も考えずに子供を作る両親には恨みさえ感じた。俺は、自分を取り巻く環境すべてが大嫌いだった。

 ともかく金だ。金が欲しかった。金さえあれば、あの家からも田舎からも抜け出せると思った。農家の倅に学問なんて必要ないと馬鹿にされながらも、教会での無料の学校で勉学に励んだ。

 そのかいあってまともな仕事、王都の商会の事務の職を手に入れた。畑を耕すのとは違って、商会の仕事はスピードも能力も求められた。負担の大きい仕事だが、大金を扱うことに心が踊った。でもそれは最初のうちだけだった。みんな馬鹿ばかりだ。俺のほうが優秀だ、俺のほうがうまくやれると分かってからは、なんとかチャンスを手に入れるために、商会主の妻とも喜んで寝た。年老いたぶよぶよのババアだったが、礼儀作法や、本物の良さ、金の使い方を教えてくれた。すぐにそのババアのことはバレたが、激昂する主を殺して俺は逃げた。その時に、ありったけの金を奪い、その金で女と酒と豪勢な暮らしをした。金が足りなくなると、悪事を働いて稼いだ。ところがそれが悪かったのか、俺は有名になり王都の警備隊に追いかけられるようになった。

 それでオルシーニ領へ逃げてきた。偽名を使い、偽造した紹介状で屋敷の執事になった。あの商会のババアのおかげで、礼儀作法の問題がなく、金を使ったおかげで金持ちや貴族が何を求めているのかがすぐに分かった。上司は呆けたじじいだけで、俺の好きなようにできた。

 でも執事なんて家の中を仕切るだけのつまらない仕事だ。部下は全員無能だが、特にイライラするやつもいる。それにオルシーニの跡取り娘っていうクソガキも鼻につく。

 辞めどきか……。今までに溜め込んだ金品と、宝物を幾つか持って行けば、また数年は遊んで暮らせる。


 再び、ロベルトは煙草を肺の奥まで吸う。隣で女が煙を吐き出した。


 こんな商売女はもう飽きた。ロベルトは、一人の女を頭に思い浮かべた。

 あれはいい女だ。淑女ぶっているが、淫乱の臭いがぷんぷんしやがる。もしあの女が手に入るなら、まだここにいてやってもいいんだが……。



 扉をノックする音がした。

 女がシーツを体に巻き付かせて、ベッドから下りる。ベッドには下着姿のロベルトだけが残った。


「おい、集金か?」

「違うわ。あなたにお客さんよ」

「俺に客だと。誰だ?」

「さあ?私は頼まれただけだもの。客が来るまで、あなたを引き止めろって」

「なんだと!」

「じゃあね。機会があったら、また来てね」


 女は、扉を薄く開けて、するりと出ていった。と、思ったら顔だけ扉から出す。


「あ、これ、ごちそうさま」


 煙草を持った手をひらひらさせて、今度こそ消えていった。


「お、おい!」


 女と入れ違いに、「客」が入ってきた。

 片目の潰れた大男と、くるくるとうねる黒髪と感情が欠落したかのような表情の少年だった。


「久しぶりだな、ペタ。いや、今はロベルトって名乗ってんだったか」

「お前は、ロペス!」


 ロペスと呼ばれたのは、片目の潰れた大男だ。大きな傷が顔を走り、その傷が目をえぐっていた。恐ろしい風貌なのだが、どことなく愛嬌のある顔だ。

 ロペスは、ベッドにどかりと腰をかけた。とたんにロベルトは、火のついた煙草を投げ捨て、下着一枚でベッドから転がり下り、そのまま窓に向かって駆け出した。 


「ひっ!」


 足の裏の皮が引き剥がされそうな痛みに、ロベルトは思わず悲鳴を上げた。気付くと、床も壁も一面凍っていた。部屋の空気は一気に下がり、吐息が白くなっていた。

 ロベルトの足は氷で床に張り付いている。このまま無理に動こうとすれば、今度は確実に足の裏の皮が剥がれる。もう逃げることはできなかった。


 黒髪の少年が、すっとロベルトを指差す。少年が何か呟くと、氷の槍がロベルトの喉元寸前にまで迫った。


「ひいいいい!」

「そこまでにしとけ」


 ロペスの言葉に、少年は指を下ろした。


 魔法は貴族のもの。その貴族でさえ出し惜しみするようにしか魔法を使わない。平民でも魔力を有するものはたまにおり、高レベルな冒険者パーティにもいるが、それは極めてまれなことだった。ロベルトにとって一番身近な魔法と言えば、教会で高い金と引き換えに施される回復魔法だが、その祝福に溢れた温かい光と、コレ(・・)は全く別物だった。

 寒さによるものか、恐怖によるものか、震えがとまらない。少年の底知れない闇のような目を見て思う。魔法使いとは、こんなにも恐ろしいものなのか、と。


 ロペスがにやりと笑い、手をこすりながらおどけたように言う。


「なあに、手荒な真似はしねえさ。ちょっくら、昔の仲間に協力して欲しいことがあるだけさ。手をかしてくれるよな、兄弟」


 ロベルトは、コクコクと頷くしかなかった。






前回でお知らせしました通り、1週間更新をお休みします。

再開は11月28日予定です。

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