42 告白
「お嬢様、私、変なところないですか?」
「大丈夫よ。いつも通りきれいよ。ニキビもないわよ」
「へへ……、そう言ってもらえると嬉しいです。ニキビがないのは、紅茶パックのおかげかもしれませんね。アランさんも、私のことを、きれいって思ってくれるでしょうか?」
「ええ、きっと」
「頑張ってきます!でも……その……ダメだったときは、慰めて下さいね」
「ええ。でもそうならないことを祈っているわ。
そうだ、ちょっと鏡台の前に座って」
「え?はい」
ミーシャは大人しく、椅子に座った。
「これ、あなたに」
ミーシャの前に、口紅を差し出した。
「この前の外出の時に買ったのよ。あなたに似合う色を見つけたから」
「あ、ありがとうございますううう」
「ほらほら、ここで泣いたら目が腫れて、アランにきれいなところを見せられないわよ」
「は!そうでした」
「目をつぶって」
「まさか、お嬢様が私に?」
「ええ。さあ、早く」
ミーシャの目がしっかり閉じてから、筆で艶のある薄い桜色の紅を取り、ミーシャの唇に乗せる。
ミーシャは、銀髪、すみれ色の瞳、そして肌は色白なため儚く見える時もある。それで明るく透明感のある紅をさしたのだ。
私の合図で目を開けたミーシャの顔が、ぱあっと明るくなった。自分で似合うと思ったときの女の子の自然な反応だ。
「さあ、行ってらっしゃい!」
今は護衛も鴆討伐に向けて、準備をすすめている忙しい時期だ。遠くまでアランを呼び出す時間はない。ミーシャはアランを中庭の花壇の前に呼び出した。
いつも通り、さわやかな笑顔のアランがやってきた。
「お待たせして、申し訳ありません。おや、お嬢様は?」
「まだちょっとやることがあるそうです。すぐ来ますわ」
私は、二人からちょっと離れたところで、作業をしている。ザルで日に当てていたオオナマミの実をひっくり返す。下手に扱えば爆発しかねないこの実は、太陽の光を十分に当てることで扱いやすくなるからだ。
体は背を向けているが、耳はしっかり二人の方を向いている。
「お嬢様が来るまで、私とお話しでもなさいませんか?」
「ええ、ミーシャさんのような美しいお嬢さんとお話できるのは光栄です」
ミーシャは、アランに見えないように腰の当たりで拳を握りしめた。
「アランさんは、もうすぐ鴆の討伐ですね」
「はい」
「危険と聞いています。私……心配で……」
「ははは、ミーシャさんはお優しいですね。大丈夫ですよ。私たちは、日々鍛えていますから……」
「それでも、心配ですわ」
ミーシャは潤んだ瞳をアランに向けた。
「大丈夫です。私を待っている人がいますから、そう簡単にはやられはしませんよ」
「待っている人……」
ミーシャの頬は、真っ赤に染まった。
「でも討伐が終わったら、王都に帰られるのでしょ?」
「はい」
「さっ、寂しいですわ」
おお、思い切った。
「お嬢様は、いつ王都に戻られる予定なのですか?」
「お嬢様が学園に入学する前です。ですので、冬の終わりですわ。その時もアランさんが迎えに来てくださいますか?」
「冬の終わり……」
ここでアランの顔が少し曇った。
「どうかされましたか?」
「いえ……、ちょうどその頃、子供が産まれる時期なので……。いえ、任務というならば、まいりますが……。まいったな。妻に叱られてしまいそうです」
「……子供?」
「ええ。ご存知でしょうが、結婚したばかりでして」
照れたように、アランは頭をかいた。
「結婚……していたんですか?」
「おや、知りませんでしたか?旦那様のご配慮で、お嬢様の護衛は全員既婚者ですよ。万が一にでも未婚のお嬢様に悪い噂がたってはいけませんからね。
私は、妻のおかげでお嬢様の警護に付けたとも言えます」
アランは照れたように笑った。
「そう……だったのです……ね」
限界だわ!
私は二人のところに走り寄った。
「アラン、せっかく来てもらったのだけれど、他に用事が入ってしまったわ。ごめんなさいね、訓練の途中に呼び出して。もう戻っていいわよ」
アランは、少しびっくりした顔をしたが、すぐさままた爽やかな笑顔で頷いた。
「かしこまりました。ではミーシャさんも、これで」
「……はい」
アランは来た時と同じように爽やかな笑顔で去っていった。
「……」
「…………」
「………………」
「……………………」
「……………………さ、お嬢様、雲が厚くなってきました。室内にもどりましょう」
ミーシャは、震える肩を隠して、有能な侍女の仮面をかぶった。
空を見上げると、先程までの晴天はどこへ行ったのか、ミーシャが言う通り厚い雲がかかっていた。
かくして、ミーシャの初恋は告白する前に砕け散ったのだった。