41 ニコ
更新遅れました。すみません!
お店のドアがカランコロンとベルの音をたてて開いた。入ってきたのは、柔和な笑顔の男の子だった。年頃は私と同じくらい。くるくるとうねる黒髪に、きらきらとした黒曜石の瞳をしている。鼻筋は通り、目元はすっきりとしていた。その子がつかつかとカウンターまでまっすぐにやってきた。
「お客さん?珍しいね」
「あ、ニコ兄しゃん!……噛んじゃった」
アリアナは嬉しそうに男の子にまとわりつく。それをその兄は「はいはい」と軽くあしらう。微笑ましい光景だ。
ニコは、どかりと私の隣の空いてる椅子に腰を下ろした。
そして、私の持っている本に目を止めると、目を丸くした。
「その本買うの?」
「ええ、そのつもり」
「難しいよ」
「知ってるわ」
「高いよ」
「かまわないわ」
男の子……ニコは、ひゅうっと口を鳴らした。
「難しいってことは、あなたもこの本を読んだことがあるの?」
「まあね。客じゃないから、買って自分のものにすることはないけれど、この店にある本は全部読んだよ」
「ってことは、ここの本は全部中古ってこと?」
「やば!お願い、買うの止めるなんて言わないで」
大げさなニコの懇願の様子に、私は内心笑いながらも、ちょっと悩むふりをした。
「いいえ、買うわ。ここで逃したら、いつこの本に出会えるか分からないもの」
「やったあ、毎度あり!」
ニコはにやりと笑って、本をアリアナに渡した。お金はミーシャが支払い、アリアナは本を油紙できれいに包んで、私に渡してくれた。
少なくない収入に、アリアナはホクホク顔である。
「ねえねえ、あんた、お屋敷のお姫様だろ」
断言するようにニコが言った。ぎょっとしたのはアリアナである。猟犬をみつけた小動物のように固まってしまった。
「分かる?」
正体の知られてる相手を誤魔化すのは、得策ではない。私は、あっさりと認めた。
「あんたはともかく、後ろのがなぁ。いかにもできる侍女って感じだぜ」
ミーシャは後ろであたふたとしていた。
そこまでミーシャはあからさまな態度だったかしら?
ニコは私が領主の娘だと分かっていても、普通の態度で接してくる。
「あの侍女さん、本当にきれいだよなあ。あんた、お嬢様なのにけっこう普通ちゅうか……。あんた、一緒にいたら霞んじゃうんじゃないのか?」
その不躾な質問に、ミーシャは目をむき、アリアナにいたっては泡を吹く寸前だ。
そんな二人の反応に、ニコは「え?俺、変な事言った?」と戸惑っている。
私は、思いを巡らせる。
前の人生において、学園の生徒だった時に私には友達がいなかった。エンデ様に夢中で他のことはどうでもよかったこともあるし、オルシーニの名に悪い噂がついて回っており、人が寄り付かなかったということもあるからだ。そんな中、唯一の頼れる同性がミーシャだった。ミーシャを慕いながらも、エンデ様がミーシャに目を向けると何とも言えない胸騒ぎがした。あれは、嫉妬だったのだろう。
私はミーシャに目を向けた。ミーシャは、はっとしたようになり、冷静な視線を返した。
そういえば、前の人生でもミーシャは忠臣だったし、頼りになる存在だった。でも、今のように素を出していたかと言うとそうではない。私が変わったように、ミーシャも変わったのかもしれない。でも、やはり変わらなかったものの方が大きい。
「ミーシャは……。そう、ミーシャはただの侍女じゃなくて私の姉のような存在だわ。お姉さんがキレイで、スタイルも良くて、性格も頭もよくて、信頼できてるなんて、誇らしいわ。だから惨めさなんて全然感じないわ」
ミーシャは「当然です」とばかりに控えめな笑顔になった。アリアナは湯気を出しながら、ニコをべしべしと叩いている。そして、質問をしたニコは、嬉しそうな、困ったような表情で鼻をかいている。
「へえ。あんた相当に器量がでかいのか、相当なまぬけだぜ。それに侍女さんのこと、『きれい』だけじゃなくて、いろいろ増えてるし」
「そうね、まぬけなのかもね」
私も、ついついニコにつられて笑顔になっている。なんだか憎めない男の子だ。
「あんた、面白いな。頭も良さそうだし、惚れたぜ」
「あら、ありがとう」
「おいおい、軽くないか?」
「そう。じゃあ、私、好きな人がいるから、ごめんなさい」
「うわ、一刀両断。
でもさ断る理由を『平民だからダメ』とか言わないのか?」
「そんなの関係ないわ」
「お前、いい女だな。嫁に来い!」
「好きな人がいるって言ったでしょ」
「それこそ関係ないさ。なぁに、俺に惚れさせてやるよ」
「頑張ってね」
「他人事か!」
その時、ドアベルがカランコロンと鳴った。どうやらアランとヘンゼフが帰ってきたようだ。
「じゃあ、この話の続きはまた会ったときだな。ユリア様」
「あら、名前まで知っているのね」
「ああ。俺の名前はもう知っているだろう?」
「ええ、ニコよね」
ニコは、頷く。
「この本屋は品揃えがおもしろくて気に入ったわ。また来るわ」
「また高い本を買ってくれよ」
「ええ」
結局、その日はアリアナに教えてもらった、かわいい雑貨屋さんで買い物をして屋敷に帰った。
残念ながら、ミーシャの目的のアランとの距離は縮まなかった。
いよいよ主人公の、モテ期が始まるか!?
えーとユリア(精神年齢56歳)のお相手は……
①ルイス(年齢不詳 かなり高齢)
②ヨーゼフ(多分、初老)
③エンデ(14歳)
④ニコ(同じ歳位)
一番お似合いなのはヨーゼフじゃね?
( ºωº )チーン…