40 アルの本屋
「ええっと、ここが女性に人気のお菓子のお店です!」
意気揚々と傷だらけの無骨なドアを開けるヘンゼフ。
ドアの中には、むくつけき男たちが、ハンマーを振り下ろして剣や鎧を作っていた。
「ああん、お前らなんだ?武器屋なら、建物の反対側だぞ」
筋肉だるまのような男が立ち上がった。
「間違えました、失礼します!」
ヘンゼフは悲鳴をあげつつ慌てて、扉を閉めた。
ヘンゼフの道案内はまだ続く。
「ええっと、ここが女性に人気のファッションのお店です」
華やかな意匠の凝らしたドアを開けるヘンゼフ。
ドアの中には、確かに女性たちが美しい衣装をまとっていた。ただし、その布面積は極めて小さい。
「いらっしゃ〜い。あら〜、うちは昼間でも開いているけれど、お子様はお断りなのよね〜。後ろのハンサムさんは、どうぞ中へ入って。お嬢ちゃん達は、ここで働きたいの?」
蝶のように艶やかな女性が、キセルを片手にアランにしなだれかかった。
「アランさんから離れて下さい」
ミーシャが女性を引き離すと、女性は婀娜っぽく笑った。
ヘンゼフの道案内はまだまだ続く。
「ええっと、ここが女性に人気のカフェテリアです」
重厚なドアを開けるヘンゼフ。カランコロンとベルが鳴った。
ドアの中には、書籍が詰まった本棚が何列も並んでいた。
「あ、お客様!いっ、いらっさいま……噛んじゃった」
本棚の奥の暗いカウンターに、今の私よりも小さな女の子がちょこんと座っていた。オレンジ色の髪を二つに三つ編みにして胸に垂らし、りんごみたいなほっぺをした可愛らしい女の子だった。
「あ、ごめんなさい。僕たちはお客じゃありません。すぐに出ていきますから」
「え?あ……そうですか……。くすん、久しぶりのお客様だと思ったのに……」
女の子は小さくなった。つい見ていてかわいそうになった。
「私、疲れたの。ここで休みたいわ」
「かしこまりました。ええと、………アちゃん」
ミーシャがもじもじと返事をする。主である私を、ユリアちゃん呼びするのには抵抗があるのだろう。
歩き通しで、お目当ての店にはどれもたどり着けず、本当にすっかり疲れてしまっていた。まあ、ヘンゼフが道案内するなら、こうなることは最初から分かっていたけれど。
「私たちはここにいるから、アランさんは周りを見てきてくれない?治安は良さそうだけれど、ずいぶん奥まった地区のようだから」
「そうしましょう。ユリアちゃん」
「あ、僕も行きます!」
アランは、この本屋の警備を確認してから出ていった。そして、目を吊り上げているミーシャを見て、ヘンゼフも逃げ出すようにアランについていった。
「あの……、お客様ですか?」
「ええ、そうよ。もっとも、気に入る本があるかどうかはまだ分からないけれどね」
「あ……、ありがとうございます!ええっと、アルの本屋にようこしょ……噛んじゃった」
くすりと笑ってから、本のタイトルを見て歩いた。
気になった本を取り出しては、中身を少し読んで、買うかどうかしばし悩む。そうしたことを何度か繰り返した。
「あら、これは!」
それは、前の人生で住んでいた森の家にあったルイス様の蔵書と同じ本だった。薬に関しての本ではないが、内容は難しく、読み進めるのにだいぶ難儀した本だ。
懐かしさに、本を胸に抱く。そして、そのままカウンターへ行った。
「あの……お疲れと聞いたので……、よかったらお茶でも飲んで休んでいって下さい」」
少し暗いカウンターでは、女の子がお茶の準備をしていた。どうやらカウンターの奥は自宅につながっているようだ。お茶は湯気が立っている。
女の子は小さな手をいそいそと動かして、ふちの欠けた陶器のカップに黄金色のお茶を注ぎ入れた。
清々しい香りが広がる。
「ありがとう。いただくわ。ええっと、あなたの名前は?」
「はい。アリアナと言います。おじいちゃんと二人でこの本屋をしています。おじいちゃんの名前がアルで、『アルの本屋』です。今はおじいちゃんは出かけてますけど」
「そう。私はユリア。こっちはミーシャお姉ちゃんよ。よろしくね」
「よろしくお願いします。あ、お茶が冷めちゃうんで、どうぞ」
ミーシャが激しく悶絶していた。何か病気かしら?
お茶を一口すすると、少し青臭いけれど、甘くないけれどりんごのような味がした。後味はすっと、清涼感を残して消えていく。
「おいしい。自家製?」
「はい!ニコ兄ちゃんと作りました」
ミーシャは、非常食として持参したお菓子を並べた。
「お茶のお礼。よかったら食べて」
「うわああ、こんなキレイなお菓子見たことありませんんん。本当に食べてもいいんですか?」
「ええ、どうぞ」
アリアナは、おそるおそる一番小さななクッキーに手を出した。小さく、一口かじって、その目をキラキラと輝かせた。
「お、おいひいいい!」
「遠慮しないで、いっぱい食べてね」
「はひ!」
あっという間に、アリアナの口はリスのように膨らんだ。私は、小動物をみているような気分になって、幸せになった。
そして私達二人を見ているミーシャは、何故か聖母スマイルである。
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