38 ミーシャのお願い
「つきましてはお嬢様、ご協力お願いします!」
アランに告白することを決意したミーシャは、胸の前に両手を組んで、うるうるとした目で私を見上げた。
「もちろんいいわよ。あなたの頼みですもの。それで私は何をすればいいの?」
二つ返事で答えると、ミーシャはぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。
「私、告白の時は、最高にきれいになっていたいんです。だから、美顔薬を作って下さい!」
「あなた……きれいよ。そんなものが必要になるとは思えないけれど」
「そんなことありません。目は垂れているし、鼻がちょっと上を向いているし……」
ミーシャの顔は、きれいな卵型で、紫の瞳の目は目尻がかすかに下がっている。でもそのおかげで、銀髪、紫の瞳、白い肌と冷たく見えそうな色合いの中に、温かみを醸し出している。確かに鼻は上を向いているが、欠点どころか、それがなんともいえぬ魅力になっている。
ミーシャが言っていることは、とても欠点とは言えない。
「それ以上、顔の造作をいじる必要はないと思うけど」
「そうじゃなくて。私は肌を……。
え?もしかして……顔の造作をいじる薬を、お嬢様は作れるんですか?」
「…………」
「はは、ははははは」
ミーシャが虚ろに笑う。
「さて、冗談は置いといて、あなたがほしいのは肌をきれいに整えるものでいいのかしら?」
「じょ、冗談だったんですか……お嬢様ならできるかもって思ってびっくりしちゃいました」
半分ほっといたように、ミーシャは乾いた笑いをした。
実際の所、顔の造作をいじる薬は、入手が難しい材料さえ手に入れば、作ることができる。でもミーシャの反応を考えると、わざわざそれを教える必要はなさそうだ。
「それで、具体的にはどうしたいの?」
ミーシャは、正気にもどった。
「私、緊張するとニキビができる体質なんです。だから告白する日には、絶対にニキビができちゃうと思うんです。だから、前もって対策をしておきたいんです。それに、最近お嬢様に付いて外に行くので、日焼けも気になっちゃって…」
そういえば、前もニキビの薬をねだられた事があった。
でもミーシャの殻を剥いたゆで卵のような、つるんとした肌にニキビなんて一度も見たことがない。
その他にもイジイジと自分の欠点とも言えない欠点ををあげつらう。……恋する乙女は面倒くさい。
「肌をきれいにするには、いいものがあるわよ」
「何ですか?化粧水ですか、それともクリームですか?」
すごい勢いでミーシャが食いついてくる。
「洗顔料なんだけれど、汚れは取ってくれるけれど、潤いは残すから、洗い上がりはすべすべしてもっちりした理想的な肌になるわよ。もちろんニキビにも効果があるわ。おまけに漂白作用があるから日焼けの跡もきれいに消えるし、なにより決して肌を傷めないの」
「それでお願いします!」
「じゃあ鴆の糞を用意して」
「お断りします!」
「ちぇっ!」
即、断られた。
その洗顔料とは、鴆の糞を殺菌して乾燥させ粉末にしたものだ。使うときには水で溶いて、肌の上を滑らせるだけ。それなのに絶大な美肌効果を発揮する。
獲物を食べた鴆は、胃や腸で強力な消化酵素を分泌するが、腸が極端に短いため、消化酵素や漂白酵素が糞に含まれたまま排出される。この酵素が肌の新陳代謝を促し、日焼けやシミを漂白してくれる。
もちろん糞を乾かすだけなので、臭いは残る。ミーシャは、気付け薬を作った時のあの臭いがトラウマになってしまったようだ。
もっとも、それを知っていての冗談だけど。何度も言うようだけれど、ミーシャには特に手を加える必要なんてない美少女だから。
でも鴆の糞の洗顔料の効果は本物なので、後で作ることにしましょう。
「そう、他の物がいいのね」
「はい!」
「では、紅茶を……」
「今、新しいものをお持ちします!」
「そうじゃなくて、紅茶を使ってパックしましょう」
「紅茶をですか?」
「紅茶にも肌の色を白くしたり、肌を引き締めたりする効果があるからニキビに効くわ」
「でもせっかくだからお嬢様にすっごく効く薬を作って欲しいというか……」
「残念だけれど強力な薬は、強力な副作用があるのよ。大丈夫、あなたは今のままでもきれいよ」
「お嬢さまが、そう言うなら……紅茶パックやってみます」
「ええ。きっとすぐに効果がでるわよ。
ところで、告白はいつするつもりなの?」
「はい近いうちに。危険な任務に、恋人として送り出したいんです。待っている人がいると思うと、男の人ってがんばれるって聞いたことがあるんです」
遠くを見つめるミーシャは、もうすでに戦地に愛する男を送り出す恋人の目だ。
物語とかでは、危険な任務前に恋が叶うと、死亡率が跳ね上がるような気がするのだけれど……。
洗顔料のモデルにしたウグイスの糞は、本当に理想的な洗顔料だそうです。でも、残念ながら現在では入手できなくなりました。残念!