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37 私、決めたんです

新しいパートの始まりです♪

サラッといく予定です。




 ヨーゼフの状態は、ずいぶんと落ち着いたそうだ。今は自宅である一戸建ての使用人棟で静養している。本人はもう仕事に出たいと言うのを、アリスさんが必死に止めているらしい。それもヘンゼフから聞いた話だ。

 そのヘンゼフはミーシャへの想いをヨーゼフに死の淵から蘇るほど反対された事で、何やら複雑な気持ちのようだ。

 そんなヘンゼフにもヨーゼフの看病のためにしばらく暇をやった。どうか家族団らんを楽しんで欲しい。


 一方、ブルーノ叔父様の自警団、そしてうちの領兵や護衛は鴆の討伐に向けて、ちゃくちゃくと準備が進んでいる。そんなある日、護衛隊長から一つの報告があった。


「残念だけれど仕方がないわね」

「申し訳ありません」

「いえ、いいのよ。あなた方の本来の役割はお父様の警護ですもの。悪いけれど、鴆の討伐までは、お願いするわね」

「はっ!」


 私はチラリと後ろに控えているミーシャを覗き見た。すらりと姿勢よく立つ姿、目を伏してわずかな微笑みを浮かべた控えめな表情。どれをとっても日頃の完璧に有能な侍女の姿のままだ。

 報告を終えると、隊長は礼を一つして退室した。


「……」

「…………」

「………………」

「……………………」


 気まずさを紛らわせるために、紅茶を一口すすった。あら、いつの間にか冷めているわね。


「……ぐすっ」


 もう一口、紅茶をすする。いつもだったら、冷める前に熱い紅茶と取り替えられるのだが、今は期待しないほうがよさそうだ。

 でも冷めた紅茶も悪くない。いっそ氷でも浮かべて冷たく冷やせば、これからの暑い時期にはよさそうだ。魔法なら自在ね。


「ぐすっ、ずずず……」


 とすると、甘みはどうしようかしら。砂糖は冷たいものには溶けにくいから、紅茶が温かいうちに砂糖を溶かしてから冷やしたほうがいいかしら?それとも、はちみつみたいにもう液状の甘味を入れたほうがいいかしら。はちみつもおいしいけれど、紅茶の繊細な香りを消してしまうから、違うものがいいわね。ええっと、確か煮詰めると甘くなる樹液の木を山でみたような……。


「ぐずっ、ふ……ふぇーーー」


 そうそう、お茶置きのお菓子はどうしようかしら。暑い時に食べるなら、冷たくしたゼリー?


 急に肩を揺すぶられる。危ない危ない、紅茶がこぼれるところだわ。


「おぜうざまああ!なんで、なんにもいっでぐれないんでずかあ!!!」


 崩れ落ちたミーシャが、私の足にすがりつく。


「だって、いずれはこうなるって分かってたことでしょ?」

「わがりまぜんってば。おぜうさまは、わがっていだんですが!」


 ミーシャにハンカチを渡すと、ブーーンっと音を鳴らして、鼻をかんだ。心持ち、ミーシャはすっきりした顔になった。


「申し訳ありません、取り乱しました。でも、私、ショックで……」


 再びミーシャは涙目になる。


 護衛隊。我が家の護衛の中でも、現在この領地にいる彼らは、精鋭中の精鋭だ。いつまでも、領地にいるわけがない。領地には領兵がいて、本来は領地での護衛は彼らの任務だ。護衛隊の本来の任務は、伯爵当主、つまりお父様の護衛任務である。お父様が王都にいる今、彼らは王都に帰らなくてはならない。


「……そう……ですね」

「鴆の討伐までは、ここにいてくれるそうよ」

「鴆は危険です。無事に帰ってこれないかもしれません。

 あの……アランさんだけお留守番してもらうわけには?」

「いかないわね」

「討伐から無事に帰ってきたとして、そのままここにいてもらうわけには?」

「無理よ」

「……ははっ、そりゃそうですよね」


 ミーシャはしょんぼりと小さくなった。そして、座り込んで指先で床に何かイジイジと模様のようなものを書いている。


 もう一口、紅茶を飲もうとして、カップの中が空なのに気がついた。お盆の上のポットにはまだ紅茶が残っているはずだ。ミーシャを刺激しないように、自分で紅茶をカップに注いだ。

 一口呑んで、顔をしかめた。

 ちょっと、時間を置きすぎたかしら。タンニンが出過ぎて渋くなってしまったわ。


 タンニンは、茶葉だけではなく、さまざまな植物に含まれる。口にすると渋みを感じるのは収れん作用よるものだ。その渋みが、昆虫や動物から食べられないようにする植物の自衛手段なのだという。

 驚くことに、タンニンには肌の引き締め効果、美白効果、それに下痢止めなど様々な薬効がある。

 それにタンニンの語源は「皮をなめす」ことに由来する。皮をなめすと革になる。タンニンを用いて作られた革は、切り口が茶褐色で染料の吸収が良く、使う度に手に馴染んで艶が出てくる。冒険者の革の防具に、タンニンはなくてはならないものだ。


「お嬢様、聞いてますか!」

「……え、何かしら?」

「やっぱり聞いていなかったんですね!」


 いつの間にか、ミーシャは復活していた。腰に手を当てて私を睨んでいた。どうやら、ぼーーっと考え事をしている間に、ミーシャは勝手に立ち直っていたようだ。


「ごめんなさい。もう一度言ってもらえるかしら?」


 素直に頭を下げると、ミーシャも肩の力を抜いた。


「いいですよ。お嬢様、聞いて下さい。あの……私、決めたんです」


 ミーシャは体をもじもじさせて、なかなか続きを言い出さない。仕方無しに、後の言葉を促す。


「何を決めたの?」


 ミーシャは体をよじらせながら、顔を赤くしてもそもそと何かを呟いた。


「全然聞こえないわ」

「だから、私……さ……く……めました!」

「聞こえないってば!」


 ミーシャは真っ赤な顔で私に向き直り、大きく息を吐き出してから、大きな声で言った。


「私、アランさんに告白することに決めました!」

「おお……」


 ミーシャに気負されて、思わず拍手してしまった。




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