挿話 レオンとの思い出 最終話 〜ヨーゼフ視点
キイイン!
一瞬の火花が二人の顔を照らす。
「やはり、お前はおもしろいのお。ヨーゼフ」
「それは旦那様の方です」
レオンは大剣を横に薙ぐ。しかし、そこにはもうヨーゼフの体はなかった。
バックステップで大剣を逃れたヨーゼフは、軽く飛び跳ねて体勢を整える。
と、そこへ何の予備動作もなしに、レオンが巨体には似合わない速さで飛び込んできた。下から土もろとも大剣が跳ね上がる。
ヨーゼフは大剣の刃の角度に合わせて短剣を滑らせた。そのおかげで、大剣の刃先がわずかにずれる。
キイイン!
またもや火花が散る。
「本当に器用だな。お前くらいだぞ、わしの剣を短剣ごときで流せるのは。普通の剣でも、簡単に叩き折るというのに」
「器用なのは旦那様の方でしょ。本来ならば、こちらの方は剣を絡めて弾き飛ばす技なんですけど。旦那様が微妙に角度を合わせているから弾き飛ばせないんです」
「そんな事は知らん。ただ、勝手に体が動くだけじゃ」
「まったく、自然に出来てしまうなんてずるいです」
「褒め言葉か?」
「悔しながら」
がはははと、心の底から愉快そうに笑うレオンだが、その会話の間に、剣は止まることがない。
ヨーゼフの持ち味は、そのスピードなのだが、巨体のくせに素早さもあるレオンにはいまいち攻めあぐねてしまう。
一方レオンにしても、どんなに攻めても流され、感じられない手応えに苛立ちを感じていた。
と、ヨーゼフが先程レオンが大剣とともに跳ね上げた土塊を踏み、ほんの僅かにバランスを崩した。
その隙きを逃さず、レオンは魔力を放出する。
【ファイア】
レオンは戦いの中で、詠唱時間の長い魔法や、細かい操作をする魔法は使わない。そんなものは、魔法だけを得意とする部隊にやらせればいい。レオンは戦士だ。ほんの僅かな隙を見せた敵に、思いっきり自分の魔法を叩きつけるだけだ。
レオンの剣先から、爆炎がヨーゼフに向かって噴き出す。一瞬にしてヨーゼフの姿が炎で見えなくなる。
レオンの目がかっと開き、後ろに大きく飛び退いた。ほぼ同時に元いた場所には、銀のフォークとナイフが数本突き刺さった。
「おいこら、また屋敷のものをくすねたのか。これじゃ、ボーナスはやれんぞ」
レオンはくつくつと、愉快そうに笑う。
「安心なさって下さい。これは、傷が付いたり、数が合わなくなったりして廃棄されたものです。なのでボーナスはお願いしますよ」
ヨーゼフも目を細めて笑った。
「ところで、どうします?その剣じゃもう切れませんよ」
「お前もな」
レオンの剣は、魔法の爆炎の触媒に使われたことで、ぐにゃりと曲がっていた。そしてヨーゼフの方も、打ち合いのためか、短剣が真ん中からぽきりと折れていた。
「仕方ありませんね」
「仕方ないな」
「「殴り合いますか(うか)」」
言うが速いか、ヨーゼフは高々と飛び上がり、上からレオンに襲いかかる。それをレオンは下からカウンターで受ける構えを取っていた。
その時、ヨーゼフは体の力が急に抜けていくのを感じた。あっと思ったときには、下から突き上げられたレオンの拳に顔を撃ち抜かれていた。
痛さなど感じなかった。ただ熱さと、血の味を感じただけだ。目は開けていられなかったが、耳は聞こえた。
負けた……。
直ぐ側で、大木が倒れ落ちるような地響きがした。レオンも倒れたのだ。
「お前の方が早く効果が切れたようだな。これでは決着がついたとは言えん。とはいえ、楽しかった。本当に楽しかったぞ、ヨーゼフ。この続きは、あの世でやろう」
声の出ないヨーゼフは、心の中で返事をし、意識を手放した。
ヨーゼフの意識が戻ったのは、屋敷の半地下の使用人フロアにある自分のベッドの上だった。
あの日の朝方、余命宣告を受けたレオンとヨーゼフが揃って姿を消したことで、主従揃って世をはかなんだのではいかと、残された者による必死な捜索が行われた。
主従はあっけなく鍛錬場で見つかったが、その周囲には大爆炎の跡、曲がった大剣、固い地面の奥深くまで突き刺さった鋭利なフォークやナイフ、そして明らかに打ち合いをしたと思われる地面の跡は残されていた。しかし捜索隊には衰弱した老人二人に何があったのかは、想像がつかなかった。
目は覚めたものの、ヨーゼフの体はかつて無いほど重く、力が入らなかった。ぼうっとする頭を持ち上げようとすると、げほげほと嫌な咳も出た。
口の中に、なんとも嫌な違和感を感じて、舌で歯を舐めた。
ぽろり。なんの抵抗もなく、何本もの歯が抜け落ちた。
薬の副作用か……。
ベッドから抜け出ようとして、心臓がバクバクと音を立て、息が荒くなる。どうやら心臓を痛めたようだ。
老化はしていても、健康だったヨーゼフにさえこれだ。それでは、病にあったレオンは?
嫌な想像で震える手をなんとか押さえつけ、執事服に身を包み、ゼリーを泳ぐような体の不自由さをおして、主の部屋を目指す。
倒れて眠り込んでいたヨーゼフに付き添いがいなかったことも、通常ではないことだが、廊下にも庭にも人影が全く無かったことは異常だった。
ヨーゼフの心臓は、早鐘のように打ち、息も跳ね馬のように上がっていたが、頭の中は氷のように冷たかった。
やっとたどりついた、主の部屋の扉を開けると、ご家族、使用人、兵士や領民の主だった者が全員揃っていた。誰一人、ヨーゼフに目をやる者がいない。皆、部屋の中央にあるベッドの人物に注視していた。
そのベッドの真ん中にはレオンがいた。顔色は紙の様に白く、目だけは充血して赤かった。
「だ……さま」
ヨーゼフの言葉は、音にならなかった。
しかし、その音にならないその声はレオンに届いた。首だけをコトンと横に倒して、ヨーゼフの姿を認めた。
「死神が……死神がやっときおったわい」
レオンはふうっと大きく息を吐き出し、目を閉じた。
「だ……さま」
『死神』は、戦場でのヨーゼフのあだ名だ。もはや、今となっては誰も知ることのないそのあだ名。今、この部屋にいるものは『あの世からのお迎え』という意味にとったのだろう。皆、沈痛な面持ちで、視線を下げた。
「ねえ、お祖父様笑ったよ、なんで?」
無邪気なユリアの声を、その母が「そんなはずない」と厳しくたしなめる。
レオンが最後の時に『死神』と嬉しそうに笑ったのを見たのは、ヨーゼフとユリアだけだった。
ヨーゼフは目を濡らして、その場で頭を下げた。自然と頭は45°まで下がり、手は脇の側で指先までぴしっと伸びた。
それは、遠い昔、レオンに教わった『オジギ』という礼法だった。その意味は『出会えた事に感謝』
ご家族のすすり泣く声はヨーゼフには届かなかった。ヨーゼフが聞いていたのは、自分の歌声と手を叩いて喜ぶレオンの笑い声だ。
「♪
ゆうべとうちゃんと寝たときにゃー
変なところに芋がある
とうちゃんこの芋なんの芋
いいかよく聞けこの芋は〜
♪」
ーーーーああ、そうだった。私は旦那様と約束をしたのでした。戦いの続きをすると……。もう少しです。もうすぐ、まいります。旦那様……。
次は本編です。ヨーゼフパートは残り2話!





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