挿話 レオンとの思い出① 〜ヨーゼフ視点
すみません。更新が遅くなりましたm(_ _)m
それと、サブタイトル「レオンとの思い出」ですが、レオンの登場は少ないです。
オルシーニ伯爵領から遠く離れた海の香りのする街。
普段よりも少しいい服と、赤みのかかった金髪に花飾りをつけて微笑む、美しいアリスがいる。その隣には、海の男らしく体格のいい男が照れたように並んで立っていた。
酒場には、昼にもかかわらず、声が大きく気の良い男や、荒々しくも甲斐甲斐しい女達が、祝の酒に酔っていた。みな口々にこう言う「めでたい、めでたい」「似合いの夫婦だ」。しかしほんの一部の男女は、アリスとその男の並んだ姿に、羨ましげな視線を投げかけていた。
ブルーノにも言い寄られていたアリスだが、彼女が夫に選んだのは、平和な時代にふさわしい、愛嬌のあるそばかすと、太陽のように陽気に笑う海の男だった。
酒場の端っこで、ヨーゼフは一人、酒盃を持て余していた。海の荒くれ者が好む、火酒というアルコール度数の高い酒だ。弱ったヨーゼフの体にはきつすぎる。それなのに、ヨーゼフは娘の結婚式に、この酒を注文した。ヨーゼフの前には、誰もいないのにもう一つ酒盃が置いてある。
そこへアリスの夫となる男がやってきた。見れば、アリスは海の町の女たちに捕まって、おいしい魚の見分け方に調理法、きつい日の光の下でも肌をきれいに保つ方法、それに呑んだくれた男たちの叩き起こし方などを教わっているところだった。
男はヨーゼフの隣に立つ。少し緊張した面持ちだ。
「お義父さん、これからよろしくお願いします」
挨拶を交わすでもなく、遠くから来たヨーゼフにねぎらいの言葉をかけるでもなく、いきなりガバッと男が頭を下げた。
直行的な男だ。ヨーゼフの顔に苦笑いが浮かぶ。
「う……うむ」
すると男は、ガバッと顔を上げた。そして太陽のような笑顔を振りまく。海の上の太陽のように、眩しいくらいだ。
アリスはきっと、こんなところに惹かれたのだろう。
ヨーゼフは目の前の、誰もいない席の酒盃をちらりと見た。ふと優しい目になり、「大丈夫。分かっているさ、私にまかせなさい」と心の中で誰かに話しかけた。
男に視線を戻す。胸の中の、飲み込みづらい熱い気持ちを、ふうっとため息で吐き出した。
「アリスは、私には出来すぎな娘だ。母親がいないせいで、ずいぶん苦労もさせた。だからどうか家族を作って、どうか末永く幸せにしてやってくれ」
ヨーゼフは髪が1本も残っていない頭を深々と下げた。
ヨーゼフの風体は、もはや本当の老人のようであった。アリスも「歳の離れた親子」とか「遅くに出来た子」とか言われる度に困ったような顔をするが、特に何かを返すことはなく、ただ柔軟に現状を受け入れていた。
「もちろんです!」
男はキラキラ光る海を背に、太陽のように笑って、ヨーゼフの頼みに厚い胸板をぽんと叩いて返答した。
男は離れたところのアリスに呼ばれて、ヨーゼフの前を離れた。
ヨーゼフは、誰もいない席の酒盃に向かって話しかける。
「ほら、ちゃんと言えただろう。私にだってそれくらいできるさ。心配するな。私達の娘が選んだ男だ。間違いあるまい。
……でも、寂しくなるなあ」
ヨーゼフは、自分の酒盃を空にした。
ひりつくような喉の痛みと、火が灯されたような胃の熱さにびっくりする。
「お前が好きだった酒は、ずいぶんとキツイんだなあ」
屋敷の方でもその頃には、ずいぶん様変わりしていた。レオンの妻は数年前に亡くなった。姉のアドリアーナは王立魔法学園を卒業したが、とある事情で婚約破棄され領地に帰ってきた。その「とある事情」の元凶である妹のベアトリーチェは学園の卒業すらできずに、アドリアーナと共に帰ってきた。
レオンはヨーゼフにも会おうとせずに、幾日も執務室に閉じこもった。そして、暗い顔をして出てくると、ふらりと数日いなくなった。そして戻ってくるなりアドリアーナと、自分の補佐をしている青年、ゴッソとの結婚を告げた。
ゴッソは三代男爵家の四代目で、爵位は親の代までしかない。継げる爵位はないが、本人には僅かだが魔力があり、学園も卒業している。何よりレオンの右腕として領地経営や政治的策略などに携わり、優れた結果を出している青年だった。
貴族家出身、魔力あり、経済に優れていおり、伯爵の信任厚く、人柄にも問題がないとなれば、アドリアーナと結婚して次の伯爵になるのに反対する者もなかった。もっともベアトリーチェによって地に落ちた伯爵家を評判をそそぐのは並大抵の手腕ではいかない。でもゴッソならなんとかしてくれるのではないかと期待を寄せてのことだった。ただアドリアーナだけが、ゴッソの熊のような外見を嫌っていた。
しかしもっと驚かされたのは、ベアトリーチェの今後だ。学園で問題を起こし、放校され、貴族社会にいられなくなったベアトリーチェだが、彼女の膨大な魔力量や王家の血筋、本人の美貌など捨て置くには惜しい人材だ。噂が落ち着いた頃に、誰か貴族の後妻に、という話があってもおかしくなかった。それなのにオルシーニ伯爵家分家筆頭の息子ブルーノに嫁がせると発表したのだ。分家筆頭とはいえ、身分は平民である。いくらブルーノが見目麗しいと言っても、ベアトリーチェのような少女ならば、王都で華々しい生活をさせてくれる相手との婚姻を望むと皆が思っていた。しかし意外なことにベアトリーチェは、反対しなかった。
本来なら喜ばしいはずのこの発表以来、レオンは気難しくふさぎこむことが多くなった。
それから数ヶ月後。妹のせいで婚約破棄されてしまったものの、無事に結婚し夫が爵位を継いで盤石な姉のアドリアーナは、分家筆頭とは言え魔力もない平民に嫁いだベアトリーチェをなにかと非難したり、馬鹿にしたりするようになった。今まで妹に容姿や魔力の少なさで馬鹿にされてきた仕返しをするかのように。かといって、外見とは裏腹に気の強いベアトリーチェがそのまま黙っているわけもない。
姉妹の仲は、結婚を機にさらに険悪となった。
その後、二人はほぼ同時に女の子を産んだ。伯爵家に産まれたのがユリア。そして分家に産まれたのが、フランチェシカだった。
ベアトリーチェ叔母さん……、何やらかしたのでしょうか。