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挿話 娘との思い出② 〜ヨーゼフ視点





 叔母は宣言通り、ヨーゼフとアリスを会わせなかった。叔母の要求はヨーゼフが見合いをすることである。


 伯爵家執務室では、妙な光景が見られた。

 机にかじりつき、書類をさばく伯爵であるレオン。その傍らの三人がけのソファーでは、だるそうにグデンと体を伸ばしている執事長のヨーゼフがいた。

 ヨーゼフは、レオンが書類の束に、うんうん唸っている事を気にも留めずに愚痴を漏らす。


「叔母さんも本当にひどいですよね。再婚なんて嫌だって言っているのに。旦那様も知っているように、私の妻は一人だけなんですよ。それを見合いをしなければアリスと会わせないなんて、本当に横暴です」

「それでも会いに行ったんだろう?」

「もちろんです。でもどうしたことが、アリスが会おうとしないんですよ」

「アリスも母親が欲しいのかもしれないぞ」

「そんなことはありませんよ。私はアリスに妻の話をたくさんしています。なので妻以外の女性を愛するなんてできないことは分かっているはずです」

「お前は愛妻家だな」

「はい。もちろんです。そうじゃなければ結婚なんてしませんよ。妻以上の女性はアリスだけです」

「しかし、お前の叔母君の言うことには一理ある。戦争によって、この領でも、若い男手の不足は深刻だ。そして嫁余りもな。じじいならばともかく、お前くらいの歳では、今回断ったとしても次から次に見合いがもちこまれることになるぞ」

「旦那様は私が再婚したほうがいいと言っているんですか!」

「そうではない。ただ、叔母君の言うことも尤もだと言っているだけだ」


 レオンは一枚の書類に引っかかりを覚えたのか、ためつすがめつ眺め、何かを思いついたように、処理済みの箱から一枚の書類を抜き出して、二枚の書類を見比べた。


「旦那様は、叔母さんの執念深さを知らないからそんなことが言えるんです。見合いしたら、即結婚まで話を持っていかれるにきまっているんです。ですから見合いなんて絶対に嫌です。

 あ、それ不正の証拠ですよ。公共整備の工事監督が材料費を水増し請求して、差額を横領しようとしているんです。最後までやらせましょう。工事監督としては有能ですし工員の扱いもまともです。それに他の人員もいません。でも工事が終わったら、きっちり横領した分とその利息を取り立てましょう。大丈夫です。その現場監督の嫁さんの実家は豪商なので、取りっぱぐれはありませんよ」


 これだけのことを言いながらも、ヨーゼフの態度は相変わらずだるそうだ。


「ふうむ。ではこの件はお前にまかせよう」


 レオンは顎の下を掻いた。


「特別手当下さいよ」

「よかろう」


 かつて、盗賊に落ちた民を皆殺しにしていたレオンであったが、あれから10年を過ぎ、こうした不正を即断罪するのではなく懐柔する策もようやく身につけた。


 コンコンと、控えめなノックの音がした。レオンが入室の許可を与えると、それまでもダランとした様子を一変させたヨーゼフが、礼節と柔らかな微笑みとを伴って、部屋のドアを開けた。そのドアから二人の少女が入ってきた。


「何の用だ」

「あの……お父様……」


 もじもじとしてなかなか言葉の続きが出ないのは姉のアドリアーナだ。なかなか要件を切り出せないアドリアーナにしびれをきらして妹のベアトリーチェが前に出て声をかける。


「お父様、お願いがありますの」

「言ってみろ」

「今度の街の祭りに行ってみたいんですの。許可していただけませんか?」


 妹のベアトリーチェは溌剌とした物言いである。断られるはずなどないとキラキラとした目を父親に向ける妹と、自信なさげにチラチラと顔色を伺う姉。二人の性格をよく現していた。

 ベアトリーチェのふわりとした金茶の髪は人目を引く。父であるレオンと同じ髪色なのに、獅子どころか、その整った顔立ちと相まって、まるで人形のような愛らしさである。一方、姉のアドリアーナ方は、顔の造作は悪くないのだが、どうにも地味な印象が拭えなかった。真っ直ぐで豊かな栗色の髪もサラサラとして美しいのだが、ベアトリーチェに比べると、どこかありきたりであった。

 

「ならん」

「そんな、お父様!」


 真っ先に非難の声を上げるのはベアトリーチェである。彼女は何事も自分の思い通りにならないと、気が済まない質であった。

 一方、アドリアーナはホッとした様子であった。妹に引っ張られて、父の執務室に来たものの、内心では祭りなど行きたくはなかったのかもしれない。


「下がれ、仕事中だ」


 反論も許さず、レオンは二人を追い出した。分厚いドアも、外の廊下で奇声をあげるベアトリーチェの声を完全に遮ることはできなかった。

 伯爵家の姉妹が室内にいる間は、ヨーゼフは壁際に姿勢正しく立ち、目線は下げて、実に有能な執事そのものの立ち居振る舞いだった。しかし、姉妹が退室した今、またもやソファーに身を投げ出した。


「なんすかねえ、あの姉妹。本当に旦那様に似てませんね。特に性格の部分が」

「わしがオルシーニの家では破格なだけよ」


 レオンは疲れた様子で、書類を机に放った。


「少しは優しくしてあげれば、姉の方なんて自信ついて、どうにかまともになりそうなものですけれどね」

「うむ……そういうものなのか?わしは優しくするというのが、どうも苦手でな。子供にはどう接していいかまったく分からん。剣を振り回している方が、よっぽど気が楽だわい」


 レオンは困ったように顎を掻く。顎の豊かな髭も、今では白いものが混じり始めていた。


「ところで、下の方はダメか?」

「ああ、あれは難しいでしょうね。奥様の毒に色濃く染まっています。王室の傍流の血を引くお姫様。本当に難儀な奥様をもらいましたね」

「そうだな」


 レオンは先の戦争で立てた手柄の報奨の一部として、王家の血を引く娘と婚姻した。お互いに愛情などなかった。

 その姫には傍流の怨念がとりついていた。つまりは、自分の血筋こそが王を生み出すのにふさわしいといったものだった。

 姫との結婚が報酬というのは表向きで、戦争では武勇で鳴らしたレオンも、政治はからっきしなため厄介払いで押し付けられたのではないかとヨーゼフは考えている。

 豪放磊落だったレオンが、時折、難しそうな顔をするようになったのもこの頃からであった。


 その姫は、二年続けて娘を産んだ。二度目の出産の後、産後の肥立ちが悪く、もう子供の産めない体になってしまった。男を産めなかった姫は、娘達に自分の怨念を植え込んだ。姉の方はそれで苦しみ、妹の方はそれを喜んで受け入れた。外見も人形のように愛らしく、人目を引く妹の方を、その母親は溺愛するようになった。


 かくして、妹は妄執を糧に美しく成長し、姉はそんな妹に嫉妬を抱いて成長していくのであった。



 ところでヨーゼフとアリスの面会についてだが、レオンの言葉からヨーゼフは妙案を思いついていた。




またもや、本編の倍の文量になってしまいました(^^;)


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