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挿話 娘との思い出① 〜ヨーゼフ視点

娘のアリスとの思い出話が3話続きます。


ーー暗転する。

ーーーーあれは……赤子の声か?




 泣き声が耳を打つ。


「よーし、よーし。アリスやアリス、泣き止んでおくれ」


 赤子を腕に抱いて、ゆらゆら体をゆらしているのはヨーゼフだ。それでも泣き止まないアリスに、今度は膝の屈伸を使って上下に揺らした。

 いつもならこのお気に入りのあやし方で、泣き止み笑顔を見せるアリスも、どうしたことが一向に機嫌が治らない。


「ヨーゼフ。まずは、お前が泣き止め」


 レオン・オルシーニ伯爵は、ヨーゼフの肩に重い手を置いた。ヨーゼフの頬には、絶え間なくはらはらと涙がこぼれ落ちていた。

 レオンを見たアリスは、ヨーゼフの腕からはみ出すほど身をのけぞらせ、今まで以上の大きな声で泣き叫ぶ。


「旦那様、うちの子を泣かさないで下さいよ!」

「何もしとらん!ふん、これだから子供は苦手だ」

「来年には、旦那様にも子供ができるじゃないですか!」

「そんなこと知らんわ!」


 二人の軽口も、どこかもの悲しい。

 アリスは母親の柔らかな胸と温かい腕を求めて、小さな、それは小さな手で宙をかく。しかしその手を受けとめてくれる母親は、もうこの世にはいなかった。



ーー場面は暗転する。



 アリスは10歳になった。

 ヨーゼフは男手一人では赤子のアリスを育てられず、乳の出る女がいる親戚にアリスを預けた。それからずっとアリスはこの親戚の家で育てられている。乳兄弟やその兄弟姉妹など大家族の中で、アリスは愛情を受けて育っていた。

 この頃には、ヨーゼフの父は亡くなり、ヨーゼフ自身が執事長となった。執事長の仕事は、屋敷に縛り付けられ、すっかり戦いも遠のいた。それはレオンも同じである。


「父さん、今日はお仕事、休みなの?」

「いいや」


 ヨーゼフは、ニコニコと笑って答える。ヨーゼフの膝に座ったアリスの方は、困ったような、嬉しそうな顔だ。


「父さん、首になっちゃうよ」

「大丈夫だ。この前、あの獅子男から永久在職権をもぎ取ってやったから」

「えい……きゅうざい……??それ、何?」

「父さんが辞めたいって言うまで、首にはできないってことさ」

「……父さん、何したの?」


 父であるヨーゼフは、無言で笑みを返したのみだ。アリスは幼子でありながら、諦めたような遠い目をした。

 ヨーゼフは休みの日も、仕事中でも、暇を見つけてはアリスに会い来た。おかげで、アリスは寂しい思いをすることはなかった。


 小さな男の子の声がした。


「アリス姉ちゃんいるーー?」


 アリスは、ぱっと顔を上げる。


「ブルーノ君が来た」

「ああ、伯爵家の分家筆頭の子だね。アリスは仲いいのかい?」


 アリスは照れたように身をもじもじさせる。


「仲がいいっていうか……あのね、大きくなったら、結婚するの」

「けっ、けっこん!!!」


 ヨーゼフは目を白黒させる。


「ぶっこ……す」


 ヨーゼフは思わず胸ポケットの銀フォークに手が伸びた。しかし、何かを察したアリスが、その手を抑えてイヤイヤと首を振った。

 その時、ヨーゼフの頭からスコーーンという気持ちのいい音が響いた。


「お前は、子供相手に何を馬鹿なことを考えているのかね!」

「叔母さん!」


 叩かれたところを手でさすりながら、ヨーゼフはアリスを預けている家の家長を睨んだ。


「まったく、死んだ兄さんも天国で頭を抱えているに違いないさ」

「父さんなら、天国じゃなくて地獄じゃ……」

「だまらっしゃい!」


 ヨーゼフは、父の妹であるこの叔母には、元々頭が上がらなかった。さらにはこの叔母の家で、赤子のアリスは乳をもらい、その孫たちと一緒に育ててもらった。その結果、ヨーゼフはさらに頭が上がらなくなっていた。


「アリス、孫達やブルーノと外で遊んでおいで。私は、この馬鹿に話があるからね」


 そう言って、叔母は愛しげにアリスの赤茶の前髪をかきわけて額にキスをした。

 くすぐったそうに笑ったアリスは、ヨーゼフの膝からピョンと飛び降りると、元気に外へ走って行った。


「アリスはいい子さねぇ」

「ええ、まったく。分け隔てなく愛情を注いでもらって感謝しています」

「いやいや、アリスは孫も同然さね」

「では、これで」


 席を立とうとするヨーゼフの裾を彼の叔母である初老の女性はひっしと掴んだ。


「話があるといっておろうが!」

「えーーーー!」

「いい歳した大人が、子供みたいなことを言うな!お前さん、今何歳だ!」

「確か40歳ですが……」


 叔母はにんまりとした。


「ほう、まだ30歳くらいにしか見えんわね。これからアリスに兄弟を作ってやることも十分にできるわい」

「またその話ですか?私は再婚する気はありませんけど」

「何を言っとる。先の戦争で若い男衆がたくさん命を亡くした。そのせいで、女たちがあぶれとる。未婚の男は結婚する義務があるんじゃ!」

「ないですよ、そんな義務」

「いいやある。それにどうするんじゃ、執事長の仕事は。息子がいなくては次の執事長がおらんではないか!」

「ええーー、別に貴族じゃあるまいし執事長なんて世襲しなくても……」

「だまらっしゃい!兄さんが草葉の陰で泣きおるわ!お前には、絶対に再婚してもらう。いいか、お前が見合いをするまで、アリスには会わせんからの!」

「ええ!そんなぁ」






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