挿話 若かりし日の思い出② 〜ヨーゼフ視点
今回、いつもの倍の文量です♪
やればできる?
いや、もうやんないよ(汗)
盗賊のアジトをやすやすと壊滅させた後、本日最後の仕事はレオンの魔法で盗賊の死体を燃やすことだった。レオンの魔法は、火力がありすぎて細かな操作ができないため、開けた場所にすべての死体を移動させて一気に燃やす。さすがの二人でも、遺体を集めて移動させるのは骨の折れる仕事だった。しかし遺体を放置するなどできるはずもない。いらぬ魔物を呼び込むことになるし、魔物の食い残しは感染症の培地となるからだ。
二人は燃え盛る炎から少し離れたところに腰を下ろしていた。火の粉が飛び散って山火事にならないように、じっと燃え尽きるまで見張っている必要があるからだ。それは、長くかかる作業だった。
「はあ、やっぱり今夜も帰れなかったか……。
ねぇ、旦那様。うちの妻、離婚なんて本気じゃありませよね?ちょっとすねて、私を脅しているだけですよね?」
「女心をわしにきくのか?」
「そうでした。素人童貞の旦那様に聞いても無駄でした」
「まあ、嘆くな!これでも飲めい!がはははは」
燃える死体を横目にしていても、二人の会話は平和なものだ。
レオンが盗賊のアジトから持ち出した酒をヨーゼフに勧める。レオン自身は、すでにかなり飲んでおり、次の瓶の蓋も早々に開けた。
「また勝手に持ってきたんですか?討ち取った盗賊の財宝は、領の資産として接収できるっていうのに」
「酒くらい大した資産にはならんわ。がははは」
ヨーゼフは肩をすくめて、酒を瓶から直接ぐいっと飲んだ。
「ぶっっふぉ!!!」
ヨーゼフは、アルコールに喉を焼かれ、思わず噴き出してしまった。
「な、なんですかこれは!」
「これは『ショーチュー』と言う酒のようだ。なんでも、大陸の東にある島国のものらしい。芋で作る酒じゃそうだ」
ヨーゼフは、なんとか息を整えた。
「『ショーチュー』ですか?ずいぶんときつい酒ですね。こんな酒を飲むなんて、東の島国はさぞかし寒い国なのでしょうね。執事として、各国の酒に通じているつもりいましたが、まだまだ勉強不足でした」
「お前の勉強熱心は、酒と食い物にしか向かんなあ。酒なんて酔えれば味なんてどうでもよかろうが」
「そうはいきませんよ!」
ヨーゼフは、ショーチューを少し口に含み、舌の上で伸ばすようにしてじっくりと味わった。芋の独特の香りが鼻を抜け、喉は焼けたが、舌には仄かな甘みが残った。
「これは……、うん、悪くないですね」
「だろう?」
「氷で冷やしたり、水で薄めたり、もしかすると温めて飲んでもおいしいかもしれません」
ヨーゼフは、またチビリとショーチューを口に運んだ。反対にレオンは、水を飲むようにガブガブとショーチューを飲み干し、次の瓶に手をかけた。そこで、レオンの手がなにかを思い出してふと止まった。
「そういえば、このショーチューを作っとる東の島国ではな、面白い礼の仕方をするんじゃ」
「面白い『礼』ですか?」
レオンはニヤリと笑った。
「まずお前はいつもどうやって礼をしている?」
「普通にです」
ヨーゼフは、左手を腹部に当て右手を体に後ろに回して頭を下げていた。
「その意味を知っとるか?」
「さあ、こうするように教え込まれただけで、意味があるんですか?」
「ああ。その意味は『主人の命のためなら命をかける』ってことだ。『忠誠の誓い』という」
「へえ、そうなんですか?知りませんでした。でも私は旦那様のために命をかけるなんてまっぴらごめんです」
「そう言うと思ったわい」
レオンは顎の無精髭をざらりと撫でてニヤリと笑った。
「東の島国ではな、座ってするのが最上礼だそうだ」
「そりゃ楽ちんですね」
「試しにやってみろ。地べたの上に、膝を畳んでその上に座れ。ああ、つま先は伸ばしとけ」
「こう……ですか?なんだか想像以上に窮屈な……」
「そして、そのまま上半身ごと頭を下げろ」
「……こう、ですかね?」
「そうじゃ、それでいい」
ヨーゼフは、ヒヤリとするものを後頭部の付け根に感じ、反射的に草の上を転がった。
ガバッと振り返ると、それまでヨーゼフの首があったところには、レオンの剣が振り下ろされていた。
「あっぶなーーー!旦那様、私を殺すおつもりで?」
「わずかな殺気でも、条件反射で逃げおおせるくせに、よく言うわ!まあいい、話を続ける。さっきのは『ドゲザ』という礼だ。それこそ、首を差し出す覚悟だということを体現している」
「うわーー。なんて嗜虐的な礼ですか!東の島国、こわーー!旦那様も、こわーー!」
「なんだ、気に入らんのか」
「気にいるわけないでしょ。『命をかける』だの『首を差し出す』だの、とんでもないです。命は大切です。『私の命』はですけれど。旦那様に差し出す命も首もありませんので、私は旦那様に礼をしないことにします」
レオンは、髭の付け根をポリポリと掻いた。
「わしはそれでもいいんだが、周りがな……。特にお前の父親がうるさそうだぞ」
「確かに。あの腐れジジイはそういうことに厳しいですからね」
レオンは顎をポリポリと掻いた。
「おお、そうだ!思い出したぞ。同じ東の島国では、ドゲザの他に立礼もするそうだ。立ったまま腰を曲げるだけだそうだぞ。『オジギ』といってな、確かその意味は、『出会ったことに感謝』だったかな?」
「『オジギ』ですか?他と違って、ずいぶん穏やかですね。和みます。もっとも、旦那様に出会った事を感謝したことはありませんが、とりあえずそれにしときましょ」
「だから、わしは、なんでも構わん。そんな礼の仕方より、お前は口の悪さを何とかせい」
「お上品な口調がお好みですか?そうすると……残念ですね。昨夜、飲み屋で仕入れてきた、とって置きの猥歌があるんですが……」
「よし、歌え!」
「でもお上品な口は?」
「どうせ治す気なんてないんだろう?」
ヨーゼフはにやりと笑うと、ショーチューを一気に飲み干した。
「♪
ゆうべとうちゃんと寝たときにゃー
変なところに芋がある
とうちゃんこの芋なんの芋
いいかよく聞けこの芋は〜
♪」
ーーああ、この頃は楽しかった。旦那様と二人、バカをやって、笑って……ああ、楽しかった……。
2018.1.28
話の順番を入れ替えております。
↓↓↓ は反省の意味を込めて当時の後書きのまま掲載しています。
いろいろと東の島国に対して誤解したヨーゼフです。お辞儀も、よく知らない二人がこんなものだろうと、想像で行っていますので、角度とか手の位置とかに意味はないありません。
次、本編に戻りますm(_ _)m