3 お父様
家名を付け加えました。
ユリア→オルシーニ伯爵家
エンデ→コロンナ侯爵家
11/08/17
今の私は12歳だ。コロンナ侯爵家の五男、エンデ様に一目惚れし、お母様に婚約の話をお願いしていた時期だった。お父様は婿養子として伯爵家に入ったため、お母様にお願いしたほうが確実だった。お母様は順調に話をまとめていき、エンデ様はお互いをよく知るためと度々我がオルシーニ伯爵家に顔を出すようになった。婚約自体は13歳の私の誕生日だったはずだ。でも細かな事は、それほど覚えていない。
「え?本当によろしいんでございますか?」
「もちろんよ」
ミーシャが驚くのも無理はなかった。
具合がよくなったからと、様子を見に来たお父様とお母様。眉を軽く整えただけで化粧もせず、エンデ様にのぼせ上がる前に着ていたふんわりしたドレスを着てお会いしすることにした。コルセットなしのドレスは子供っぽいけれど、今の私にはそれが似合っていると思う。
昔の12歳の頃はエンデ様に気に入られようと、髪飾りの宝石、スカートの型一つで大騒ぎだったけれど、薬師として30歳を過ぎたあたりから、肌触りが良くて、着やすくて、場を外してさえいなければ服なんてどうでも良くなった。むしろ、畑仕事をする必要上、動きやすい服の方がありがたく、前の住人が置いていった男物の服や作業着をサイズ直しして着ていたものだ。
「よくお似合いでございます」
子供っぽいとはいえ、伯爵令嬢のためにデザインされたドレスはさすがに可愛らしかった。
ふんわりした黄色みがかったクリーム色のスカートが重なり、嫌味でない程度にレースで縁取られている。
髪はそのドレスとお揃いのリボンで結われていた。
ミーシャの表情は、満足げな表情が浮かんでいる。
そうよね、子供は子供らしいのが一番だわ。
「大丈夫かユリア?」
「ええ、もう良くなりましたわお父様」
「今日はずいぶんと子供じみた服装をしているのね」
「お母様、私が自分がまだ子供だということを自覚したのですわ」
お父様は嬉しそうに、わずかに目を開き次いで目尻を下げた。
あら、私の記憶の中ではお父様はいつもしかめっ面をして、怒ったような顔が変わらない人だったはず。体は大きく、髪も髭もゴワゴワの茶色い剛毛に覆われていて、クマのようだった。実は表情こそ大きく変わらないけれど、感情は豊かな人だったのかしら?
それに久しぶりにお会いしたお父様は……若いわ。私が12歳と言う事は、お父様は30歳台前半ね。56歳の私より一回り以上年下だものね。完璧な大人だと思っていたのに。
そうした驚きは、心の中にとどめた。
お母様は「んまっ」など言葉にならない驚きと非難の声を挙げている。
私の外見はお母様似といわれる。十人並の器量。平凡だけど豊かな栗色の髪と深い緑色の瞳だけが取り柄だ。それらはお母様から引き継いだ。
「そうか。自分を子供というか。やはり婚約するには幼過ぎるのかもしれんな?そのストレスでこのように体調を崩したのではないかと父は考えるぞ。いまなら婚約の話をなかったことに戻しても全く問題はない」
「なにを言いますの、あなた!エンデ様との婚約はこの子が望んだご縁ですわよ。エンデ様は見目も良く、優雅でユリアにピッタリじゃないですか!」
確かに私はこの婚約を熱望していた。エンデ様のご実家も、ずいぶん乗り気だった。それはそうだろう。侯爵家でも五男といえば、自力で騎士になるか文官になるかして自分自身の身を立てなくてはいけない。そうでないなら、結婚もできずにただ実家の穀潰しとなるしかない。それが一転して未来の伯爵だ。あれよあれよという間に婚約直前までなっている。
エンデ様も私の気が変わらないようにと、足繁く通ってご機嫌伺いしてくれている。そんなことも分からずに、私は単に相思相愛なんだと喜んでいた。幼かったとは言え、私も単純なものだ。
婚約の支度は、すべてお母様が整えてくれている。お父様自身も婿養子として伯爵になったために、反対はしてもお母様に逆らえなかったのだ。
お父様はエンデ様にいい印象を持っていない。56歳の私の記憶では、お父様はことあるごとに婚約破棄の話を持ちかけてきた。そのたびにエンデ様にベタ惚れの私は、まるでお父様を二人の仲を引き裂こうとする障害のように思っていたものだった。
思えばお父様の話をよく聞いたほうが良かったのかもしれない。この先のことを知っていると、お父様がエンデ様に不安を覚えるのは当然のことだったのだから。
子供の頃には分からなかった、小さな事に気づくようになった。
まだ薬師令嬢らしいことができません(汗)