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32 身を呈す



 心の中では、お母様のしでかしたことを呪っていた。でも私は 一応は令嬢である。外見上は柔らかな表情を保ったまま、小首を傾げた。


「お母様は、何やら勘違いをされているようですわ」

「勘違い?何を勘違いするっていうんだい。君が僕を愛してくれているのは間違いないじゃないか」

「ですから、そこが……」


 急に手をぐっと握られた。


「へっ?」


 思わず気の抜けた声が出てしまう。


「僕と逃げよう」

「ほへっ???」


 何か返事をしなくてはいけないと思うのに、展開についていけず、頭が真っ白になってしまった。


「大丈夫だ。既成事実さえ作ってしまえば、もう誰も婚約を反対なんてしないさ。お母上も保証してくれた」


 お母様ーーーーーーー!あなた何を言っちゃってくれまいますの!いったい、娘の貞操をなんだと思ってるんですか!


 エンデ様は握った手をぐっと引き寄せた。私とエンデ様の距離がぐっと縮まった。


「ユリア……」


 目を閉じたエンデ様の顔が近づいてきますが……何でしょうか?

 はれ?え……???


「「お嬢様!」」


 側仕え二人の声に、正気に返りました。そしてすぐさまエンデ様を思い切り突き飛ばしました。


 デンッ!


 大きな音をさせて尻もちをついたエンデ様は、拒否されたことを信じられないのか呆然とした顔をしています。それとも淑女らしくない私の行動に呆れたのでしょうか?

 でもそんなことはどうでもいいのです。

 なんてことをしようとしていたんですか!エンデ様ったら、私にキスをしようとしました!私のファーストキスは絶対にルイス様だって決めているのに!


 いつの間にか、私とエンデ様の間に壁になるようにミーシャとヘンゼフがいます。二人共とても恐い顔をしています。


「な……何んで拒否するんだ、ユリア。

 ま、まさか……君のお父上が言っていた『他に好きな人がいる』っていうのは本当なのか?」


 何で、お父様がルイス様の事を知っているんですか!

 エンデ様は私の顔を見て、その言葉が真実だと悟ったようです。


「ゆ……許せない」


 エンデ様は飛び起きると、一気に詰め寄ってこようとしました。

 ミーシャよりもヘンゼフが一歩前に出てエンデ様を体を張って止めました。さすがに14歳のエンデ様には15歳のヘンゼフを力だけで押しのけるのは難しいようです。


「どけ!どかないか!使用人の分際で!」


 それでもヘンゼフはどきません。エンデ様はヨーゼフの顔をじっと見つめました。


「お前か?お前がユリアの想い人なのか?」


 ヘンゼフは驚きに目を見開いて振り返って私を見ました。

 いや、それはないから。

 若干、ヘンゼフは肩を落としました。

 その隙きを突いて、エンデ様はヘンゼフとミーシャを突き飛ばし、至近距離で私の両肩をぐっと掴みました。


「それとも、年上がお好みか?」


 だから、なんでルイス様のことを知っているんですか!

 私の驚愕に、正解を確信したようです。



「やっぱり。さっきの中年か?」


 さっきの中年?ルイス様とお会いしたんですか???

 あ!叔父様のことだと思ったのですかね。ヘンゼフと同じくらい、それも無いです。

 よく考えればお父様の手紙にあった、婚約をなくすために、でっちあげた理由というのが「他に好きな人ができた」なのでしょう。お父様はルイス様のことなんて知らないはずなのに、ほぼ正解でした。お父様ったら、もっと穏やかな理由だってでっち上げられるでしょうに、よりにもよってそんな理由にするなんて……。よっぽどエンデ様がお嫌いだったのでしょうか?


 ブンブンと首を振っているのに、思い込んだエンデ様の目は暗く濁りました。


「こ、このっ淫乱め!」


 エンデ様は拳を固く握りしめて、狂気に駆られたように私に振り下ろしました。

 まぁ、一発位は仕方がないでしょう。身から出たサビです。

 私は、覚悟を決めて身を固くしました。


 ガツッ!


 …………痛くない?


 そろりと目を開けると、エンデ様が驚いた顔をして床を見ています。その視線を追った時に、体中の血がさーーっと引く音が聞こえました。


「ヨーゼフーーーーーー!!!!!」


 床に倒れていたのは、皮と骨が目立つ年老いたヨーゼフでした。私はヨーゼフに駆け寄りました。


「な……なんで?」

「お……お嬢様は……私が……守ります」

「そんな!」


 ヨーゼフは打ちどころが悪かったのか、胸を押さえました。苦悶に、みるみる唇や皮膚の色が青ざめていきます。ゲホゲホと苦しそうな咳をすると、泡のようなピンク色の痰が出てきました。


「し、使用人の分際でしゃしゃり出てくるのが悪いんだ!」


 なんですって!怒りが体を駆け抜けていきます。

 ヨーゼフの上半身を支えたまま、炎のような目で睨みつけました。エンデ様は、後ずさりました。


「エンデ様。あなたはここにいらっしゃってから、婚約の事は口にしても、私を愛しているなどとは一度もおっしゃりませんでしたね。いえ、考えてみれば今までにたった一度も。それなのにあなたは私を欲しいとおっしゃるのですか?いいえ、違いますわよね。あなたが欲しいのは私ではなく爵位。爵位を得られれば私でなくていいはずです。そんなあなたと私は結ばれるつもりはありません。どうぞお引き取り下さい」

「ユリア、それは誤解だ」

「誤解だろうとなんだろうと、あなたと結婚するつもりは無いのです。それとも承諾するまで、この哀れなヨーゼフのように私を殴りますか?」

「いや、そんなつもりは……」

「ともかくお引き取り下さい。そうでないなら、既成事実を迫り暴力もふるったことを公にします!」


 エンデ様はやっと自分のしでかした事が分かったのか、顔を青くして、よろよろと部屋を出ていきました。

 その間にも、ヨーゼフの具合はどんどん悪くなります。息はゼーゼーと音がして、手足は氷のように冷たく、冷や汗が滲む。

 ミーシャに医師を呼んで来るように指示を飛ばす。


「ヨーゼフ、ヨーゼフしっかりして!」

「おじいちゃん、おじいちゃんってば!」


ヘンゼフは私と一緒に、懸命にヨーゼフに呼びかけた。




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