29 側仕え
更新、間が空きまして申し訳ありませんでした。手足口病で痒くて眠れないという夜を2晩過ごしましたが、やっと落ち着いてきました。皆様、お気をつけ下さいm(_ _)m
来客が到着するまでの一時、ロベルトとヘンゼフを応接室に呼び出した。
私の話を聞いて、ロベルトは冷ややかに目を細めた。
「それはヨーゼフを侍従に格上げするということですか?」
ロベルトの後ろに控えたヘンゼフは、彼に見えないのをいいことに小さくガッツポーズをした。
ちなみにヘンゼフというあだ名が屋敷中に浸透した今でも、ロベルトだけは距離を置くようにヨーゼフという呼び方を通している。
「いいえ。そういうわけではないわ。単に薬の材料を運んだり雑多な仕事をするのに、人手が欲しいだけよ。身分は下僕見習いのままで構わないわ。要は雑用ね。今と大して変わらないはずよ」
ヘンゼフは、ポカーンとした顔をする。
バカね。侍従になるには、それなりの態度や仕事実績が必要だと言うのに、あなたがなれるわけ無いでしょう。
「しかし……」
言葉を続けようとするロベルトを遮ってピシャリと言う。
「他の人は仕事があるのでしょう。大した仕事も与えられずに、暇そうなのはヘンゼ……ヨーゼフだけだわ。それを活用するだけなのに、あなたは何故反対するの?そうする理由でもあるの?」
ロベルトは、じっと暗い目で私を見て答えた。
「いえ、ヨーゼフではお嬢様のお役に立てないのではと心配しているだけです」
嘘をつくときに、目をそらす人とじっと目を見返す人がいる。後者の方がやっかいな嘘つきだ。どうやらロベルトには私とヘンゼフが近づくと困る事がありそうだ。
これは絶対にヘンゼフを手元に置かなくては。
「私がいいと言っているの。では決まりね」
そのときにガラガラという馬車の音がした。
ロベルトは、「失礼します」と一礼するとすぐに客の出迎えにいった。
扉が閉まると、ミーシャが有能で控えめな侍女の仮面を脱ぎ捨てた。
「お嬢様!私は聞いていません。こんな変態が一緒にお嬢様の側仕えするなんて。嫌です。絶対に嫌です」
指先をヘンゼフに向けてミーシャは叫んだ。ヘンゼフは自分を指差して「え?僕?いや他の人でしょ」とキョロキョロしている。もちろんこの部屋には、私とミーシャとヘンゼフの3人しかいないのだが。
こんなに感情をむき出しにするなんて珍しいわね。よっぽどヘンゼフのことが嫌いなのね。
でも、それは予想していたわ。
「そうよね。ミーシャは嫌よね。あんなことをされたんだもの。仕方がないわ。最初にあなたがカゴを背負うのが嫌だって彼を連れてきたんですもの。こうなったら、あなたか私がカゴを背負えばいいだけの話だわ」
「そ……それはっ」
「これから、動物や魔物の死骸から素材を剥ぎ取ったり、虫を解剖したりといったことも必要になるけれど、私があなたに教えるわ。大丈夫、すぐに慣れるわ」
にっこりと笑いかけると、ミーシャからはぐぬぬぬっと乙女らしからぬ声をもらす。ヘンゼフは、青ざめた顔で、「僕も無理」と言いながら手をブンブン振っている。
少しの間逡巡したミーシャは、キッとヘンゼフを睨みつけると、再びビシッと人差し指を向けた。
「いーい、ヘンゼフ。お嬢様にお仕えするからには誠心誠意、心を尽くすのよ」
ヨーゼフ仕込みのきっちり45°に体を傾けた礼をする。私にではなくミーシャにだ。そして頭だけ上げて決め顔で言う。
「このヘンゼフ、しかと承りました」
ヘンゼフのキラリと輝く歯に恐れをなしたのか、ミーシャは後ずさりした。
「……ヘンゼフってアダ名、しっかり受け入れてるのね。
それにしてもあなたからは、忠誠心が感じられないわ」
「はて、忠誠心?」
「忠誠心を分かってないの!いいわ、私が教えてあげる!いいこと、私の後を復唱して!」
ミーシャは、ドンと足を踏み鳴らした。
今度はヨーゼフの方が後ずさりをした。
「私は誠心誠意、かわいらしいお嬢様にお仕えすることを誓います。はいっ!」
「僕は誠心誠意、かわいらしい(?)お嬢様にお仕えすることを誓います」
「私はお嬢様のかわいらしさを死守することを誓います!」
「僕はお嬢様のかわいらしさ(?)を死守することを誓います」
「お嬢様のかわいらしさは世界を救います!」
「……それはちょっと違うんじゃ」
「だまらっしゃい!世界を救うんです!」
「はあ……えーと、お嬢様のかわいらしさ(?)は世界を救います?」
だんだんミーシャがおかしな方向に向かいだした。それにしてもヘンゼフの「(?)」にはいちいちイラッとする。
でもっと見ていたい気もするけれど、タイムオーバーのようだ。
ノックのあと、ロベルトの声がした。
「お客様がお見えになりました。お通ししてもよろしいでしょうか?」