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28 焼きもち



「そういえばこの前、ヘン……孫の方のヨーゼフと山に行ったのよ」

「ほうあやつとですか。あの阿呆は、お嬢様にご迷惑をおかけしませんでしたでしょうか?」


 渋い顔を作ってはいるけれど、ヨーゼフの「阿呆」には愛情が溢れているのが誰の目にも明らかだった。


「私の役には立ってくれたわ」


 うん。カゴを背負ってくれた。役に立ってる。それに私には何も悪さはしなかった。主人である私を「悪魔」呼ばわりする程度。

 でも……ミーシャは私の後ろで目を吊り上げている。

 コホンと咳払いをする。


「彼は、けっこう図太くて、真っ直ぐないい感性をしているわね」

「ほう。お嬢様がそう評価していただけるなんて、ありがたいことです。あやつは、わしに似とりますでしょ?」


 確かに使用人らしからぬ言葉遣いや、飄々とした所は似ているかもしれない。でも有能とはいえない孫の方を思い浮かべて苦笑いが浮かぶ。


「ええそうね。似ているところもあるわね」


 そういうと、ヨーゼフはきれいな歯並びで嬉しそうに笑った。


「そうでしょうとも。ハンサムで、性格も良くて、頭もいい。それに手先も器用なんで、細かな仕事も得意みたいですわ。あれは将来いい執事になれると思いますわい」


 ヨーゼフったら、とんでもない爺バカね。幸せそうなヨーゼフを見て嬉しいはずなのに、なんだか胸がもやもやする。


「ところであなたに家族がいたなんて今まで知らなかったわ。てっきり独り身かと……」


 ヨーゼフは「はて?」と首を傾げて、目を斜め上に向けた。そうしてから、「ああ」と言いながらぽんっと手を打った。


「女房はずいぶん昔に亡くなったのですわ。一人娘がまだ小さなときです。あの時代はまだ戦争が終わったばかりで前の伯爵様と一緒に旅に出ることが多かったのです。なので、娘はこの屋敷でではなく、街の親戚の家で育ててもらったのですよ。そんな娘も、お嬢様が産まれるずっと前に、遠くの街に嫁に行きましてな。あの阿呆もその街で生まれ育ちました」


 そうなのね……以前の私は大好きなヨーゼフのことも、ちゃんと知ろうともしなかったわ。胸のもやもやが大きくなる。

 両親の言い争いに耳を塞ぎ、祖父に甘えることのできなかった小さな、傷つきやすい私が顔を出す。


「私を……その……、気にかけてくれたのは私が孫と歳が近かったから?あの子と私を重ねたの?」


 自分でもびっくりするくらい、自信のなさげな消え入るような声だった。だって、私の心の基地だと思っていたヨーゼフが、本当は私を見ていなかったなんて……悲しすぎる。目の奥が熱くなって行きた。

 以前のヨーゼフなら、決して聞くことができないくらいの小さな声だ。でもそれをヨーゼフは拾い上げてくれた。


「そんなバカなことあるもんですか!お嬢様は、わしのお嬢様です!確かに前の伯爵様にも娘は二人おりましたが、わしのお嬢様というのは産まれたときからお仕えしているお嬢様だけでございます!」


 窓ガラスがビリリと震えるほどの大声だった。

 びっくりして涙も引っ込んでしまった。


「だからお嬢様と、あの阿呆を重ねるなんてバカなことはありえませんわ」

「そ…そうなの。そうなのね」


 再び胸の中が温かくなった。

 するとヨーゼフの話の続きが聞きたくなった。もうヨーゼフがヘンゼフを褒めても、動じない気がするから。


「5年前、かわいそうな娘は旦那を亡くしましてなあ。しばらくは一人で働いて頑張っていたようなんですが、どうにもならなくなってわしを頼ってきてくれたんですわ。今は屋敷の使用人棟の一棟をお借りして、家族3人暮らしを満喫しとります」


 ヨーゼフは目を細める。そしてわざとらしく、しょんぼりと肩を落とした。


「しっかし、わしは耳がよう聞こえんで困っとりました。そいならと一生懸命しゃべっても、そっちらもよう通じんようで……。

 でもこうやって、お嬢様に耳と歯を直してもらったおかげで、これから娘と孫とも思う存分、話ができる思うと楽しみで仕方ありません」


 はっはっはと笑った。

 その笑いが、急転、ゲホゲホと苦しそうな咳になった。


「大丈夫?」


 苦しそうにはあはあ呼吸をするヨーゼフの背中を、落ち着くまでさすった。


「ああ、もう大丈夫でございます」

「そんな、心配だわ。薬師かお医者様には見てもらっているの?」

「なあに、誰だってこんなジジイになればこんなもんですわ。薬師や医者なんてもったいない」


 医師と薬師の共通点は、診察し診断を下すことだ。違いといえば、医師は外科手術を行い、薬師は薬で治療する。私に限って言えば、その違いも曖昧なもので、歯の治療のような外科的なことも薬の力でやってのけたりする。そして治療という点でいえば、教会の治癒魔法がある。医師の領分も薬師の領分も越えて、魔法の力で人を癒す。でもそれは、治療と引き換えに多額のお布施が必要となるため、おいそれと頼めるようなものではなかった。


 ヨーゼフはややぬるくなったお茶をすすった。

 

「お嬢様のこの『薬』の方がよっぽどききますわい。そじゃ、お嬢様の作る薬だったら試したいですわ」


 ヨーゼフの無理に作った笑顔は、骨と皮が目立つ彼の体をよりいっそう小さく弱く見せた。


「今日はもう帰っていいわ。早く寝てちょうだい。この藍色の薬を寝る前にコップ1杯のお水に1滴垂らして飲んでね。それで咳が止まるわ。それにきっと楽しい夢を見られるわよ」


 私はヨーゼフのため(・・・・・・・)に作ったばかりの、藍色の液体の入った小瓶を彼の胸に押し付けた。






初めてのデレが、爺とは……


ところで、手足口病になってしまいました。

手にもポツポツ発疹が出来始めたので、多分次の更新は予定通りに行かないと思います。申し訳ありませんm(_ _)m

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