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27 心の基地

シリアス回です



 麻酔薬の効果が切れてきた。

 ヨーゼフはすっかり、落ち着きを取り戻した。


「お嬢様は大した腕をしてなさる」

「そんなことないわ。耳の悪くないあなたに、耳のお薬を飲ませてしまったもの。大丈夫?」

「ええ、ちょっと音がやかましいくらいですが、聞こえないよりずっとええです。それにしても、お嬢様はいったいどこで薬のことを学んだんで?」

「そうね、長い話になるから、後で落ち着いてから話すわ」

「楽しみにしとります」


 ヨーゼフは白い歯を見せて笑った。うん、いい歯並びだわ。


 治療のために椅子に座ったままのヨーゼフを見て、ふと懐かしさがこみ上げる。


「あなたが座っているのを見るのは久しぶりだわ」

「おっと、これは失礼しました」


 急いで立とうとするヨーゼフを制止する。


「治療したばかりよ。麻酔の効果が完全に切れるまで座っていて。転んだら大変だわ」

「ははあ。ではお言葉に甘えさせていただきます」


 執事とは立って主一家に仕える事が多い。座っているヨーゼフを見るのは珍しかった。


「そうして座っているあなたを見ていると、私が子供だった頃を思い出すわね」

「そうですなあ。あの頃は、まだお嬢様はお小さくて……」

「ええ、小さくて泣き虫だったわね」


 ヨーゼフは、喉がいがらっぽいのかエヘンとする。


「大丈夫?ごめんなさいね。あの麻酔薬は、喉が乾くって副作用があるの」


 ミーシャの名を呼べば、湯気の立った器が出てきた。


「いやいや、お嬢様の前でお茶など恐れ多い」

「これは薬よ。さあ、飲んで」

「さようで。それはありがたい」


 ヨーゼフはふーふーと湯気を吹きながら、ずずっと「薬」をすすった。


「これは、格別なお味ですな」

「庭のハーブで作ったのよ。効果は強くないけれどのどを休めてくれるわ」

「それはありがたい」


 ほっとした時間が流れる。


「私が小さかった頃は、あなたは耳も歯もよかったわよね。隠れて泣いている私の声をいつも聞きつけて、いつもあなたが見つけてくれたわ」

「お嬢様は隠れるのがお上手でした」

「すぐに見つけたじゃない」

「私はこの屋敷のことは、なあんでも知っとるだけです」

「それだけじゃないわ。あなただけはいつも私のことを考えてくれていた」


 私が小さな頃お祖父様がまだ生きていて爵位をお父様に譲った後領地にずっといた。我が家も社交シーズン以外は領地に住んでいた。まだミーシャもそこの頃は私の側にいなかった。


 両親は昔から仲がいいとは言い難かった。特にお母様がお父様を一方的に責め立てるときには、耳を塞いで小さく震えているしかなかった。お祖父様も厳しい方で、甘えることもできなかった。そんなときに机の下、カーテンの裏、箪笥の扉の中、庭の茂みの奥、その他いろいろなところに隠れて泣いていた。


「私が泣き止むまでいつもあなたは黙って座って側にいてくれたわ」

「何を言ったらいいか分からなかっただけです」

「あら?そうだったの。でも、すごくそれが嬉しかったわ」


 ヨーゼフは太陽のような笑顔になった。小さな頃も、泣き止んでヨーゼフを見上げるとその笑顔があった。そうすると心が温まり、自分の基地にいるみたいでほっとしたものだ。


「あなたに抱っこされて自分の部屋に行くまでに、何度も寝てしまったわね」


 ヨーゼフの首に腕をまわして抱っこされていた。ヨーゼフが歩く振動は穏やかな波のように気持ちが良くて、泣き疲れた私の体も心も落ち着かせてくれた。


「そうでしたなあ。あの頃のお嬢様はまだお小さかった。今は立派なレディになられました」

「ふふ、そうかしら」

「はい。立派な美しいお嬢様です」


 私は自分のことを美しいなんて思っていない。美醜で言ったら、よほどミーシャの方が美人だ。だけどヨーゼフの目を細めての褒め言葉は、すんなりと受け入れられた。少なくともヨーゼフは私のことを本当に立派だ、美しいと思ってくれている。そう信じられるからだ。


 ヨーゼフは、再びずずっと「薬」をすすった。

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