25 ヨーゼフの治療①
孫の方のヨーゼフの略称を、予想もしなかったくらいのたくさんの方々からご提案いただきました。この場をお借りして、お礼申し上げます。
ヨーゼフは耳が遠い。もう一度大きな声で、「耳と歯の治療をしたい」と伝える。
ヨーゼフは目を丸くしたが、私が本気だと分かると前歯の抜けた笑顔で大きく頷いた。
背中にクッションを積みあげた寝椅子に横にさせ、腰が滑らないように膝の下にもクッションを差し込んだ。
ミーシャにヨーゼフが居心地のいい姿勢を整えてもらっている間に、薬をつくる。
先程の切り取った鴆の羽をピンセットでつまみ、取っ手付きの香炉に置いた。その上に喉と鼻の通りがよくなる薬草をこねて発酵させて鉛筆の先くらいのごく小さなお香を置く。
これで完成だ。
「ミーシャ、鼻と口を覆ってちょうだい」
自分の鼻と口を布で多いながら指示を出す。ミーシャがそのとおりにしたのを確認してから、小山の先に小さな火を灯した。
すうっと線の様に細い白い煙が立ち上る。
香炉の取っ手を持ち、その煙を、ヨーゼフの鼻の下に当てた。
「ゆっくり息をしてね」
動作でヨーゼフに指示すると、ちいさく頷いた。煙がヨーゼフの鼻の穴に入っていく。小さなお香はすぐに燃え尽き、最後に煙の色を黄色に変えて鴆の羽が姿を消した。
すぐにヨーゼフの目はトロンとして、体の力が抜けてきた。
鴆の毒。それは痛みを遮断して気持ちを落ち着かせるもの。激しい痛みを感じさせても当然の状況の中、楽しい気分にさえさせてしまう毒。しかし使い方によっては強力な麻酔薬になる。ほんの少しでも使い方を間違えれば、脳は目覚めない眠りに落ちてしまうのだが。
摂取直後は体の感覚が鈍くなり、力が抜けてしまうので、横になれる状態で摂取するのが望ましい。
ミーシャが棚から、小箱を二つ取り出してテーブルに置いた。
一つ目の箱を開ける。
中に入っていたのは、山で採取した素材を削って磨いた義歯だ。それとクリーム状の薬が小皿に少量ある。
義歯の一本をピンセットで取り、その根本にクリームを付ける。
「口を大きく開けて」
大声で言わなくても、口を開ける動作をすると、同じようにヨーゼフも口を大きく開けてくれた。
ヨーゼフの口の中に、ピンセットで持ったままの義歯を慎重に差し入れる。
前歯の歯肉部に義歯の先端が当たった時、塗っていたクリームがさざ波のように振動し、歯肉を溶かした。血も出ない。そのクリームとは、スラ玉を加工して肉だけを溶かす融解剤だ。
あの山での採取の日、ミーシャ達はボロボロになりながらも、42個ものスラ玉を採取してくれた。そのうち数個はスラ玉の上位素材だった。いったい何匹のスライムを倒したのやら。
ヨーゼフは鴆の毒の効果もあって、義歯が歯肉に食い込んでいく痛みはない。それでも、何か違和感を感じたように片眉をあげる。
義歯をさらに奥に差し込む。形を【ウィンドカッター】で微調整して、残っている並びの歯に合うようにした。義歯を押していた手に、カチリと抵抗感を感じた。そこから動かないようにして、義歯にほんのわずかな私の魔力を流した。
ギシャシャシャっと金属のような音が、ヨーゼフの肉の中からした。ヨーゼフは相当驚いたように目を大きく開けたが、身じろぎはしなかった。
これはカマキリのような虫型のモンスターの爪だ。そのモンスターは爪が相手に突き刺さった瞬間に、爪を棘状に変化させて中から突き破る攻撃をする。
この義歯はそれを応用したものだ。モンスターの能力の代わりに魔力を流すことで、先を変形させた。これで義歯はヨーゼフの骨と連結したので、生まれながらの自分の歯のように使うことができる。
他にも抜けた歯の部分に同じように施術した。
「歯は終わったわ」
ヨーゼフの目は不思議そうに、自分の歯を何度もカチカチと鳴らしている。
「ええそうよ。あなたの歯よ。これで固いものを食べたり、人と話したりできるわよ」
「は?」
ダジャレではない。
麻酔薬は笑気ガスをイメージしております。