2 12歳 ユリア
ペーストミスで文章が繰り返されていたところを、訂正いたしました。ご指摘いただき、momo様ありがとうございましたm(_ _)m
「ユリア様、お目覚めですか?」
薄く目を開ければ、懐かしくホッとする顔があった。
夢の中で、目が覚めるなんて不思議な気分だ。
「ミーシャ」
「はい、お嬢様」
「ふふ、ミーシャだわ」
ミーシャは不思議そうな困ったような顔をして、小首をかしげる。
ミーシャは、私の侍女だった。私が人々から後ろ指さされて修道院に入ったときも、一人だけ自分も一緒に修道院に入るのだと泣いてくれた人だ。伯爵家の命によりそれは叶わなかったが、ミーシャがいてくれたなら過酷な修道院生活も、少しはマシになったかもしれない。
そういえば、今のミーシャは記憶よりも大幅に若い。私とミーシャは3歳違いだったはず。私は何歳なんだろう。
「ミーシャ、鏡をもらえるかしら?」
ミーシャはいそいそと手鏡を渡してくれた。
「ずいぶんと……若いわね」
そう、私は若かった。いえ、子供とさえ言ってもいいくらいだった。
「そんなことございませんわ、ユリア様。エンデ様とお似合いでございます」
急に会話が噛み合わなくなって、記憶をたどる。
そういえば、私は2つ年上のエンデ様に一目惚れした時に、彼が落ち着いた大人に見えて、自分も背伸びをして化粧をしたり、肌の露出の多い服を着て大人ぶっていたんだった。
ミーシャは、私の「若い」という発言を「エンデ様とのと釣り合うには若い」という意味に取り違えたんだろう。
もう一度、鏡を見る。
幼い顔には不似合いな、真っ赤な口紅と、きつい形にアイラインが引かれていた。全く似合っていなかった。ミーシャも私の言われた通りに化粧はしてくれていたけれど、いい顔はしていなかったのを思い出した。
「ふふっ」
「ユリア様?」
「ミーシャ、あなたの言うとおりね」
「何のことで……?」
話の流れが分からなくて、困り顔になっているミーシャが愛しくて仕方がない。
「湯浴みをするわ。支度してもらえる?」
「あ、はい!」
頭痛からの脂汗や、髪についた嘔吐物、それに気持ちの悪い化粧をすべて洗い流した。森での生活では諦めた贅沢な量の湯を使った湯舟。よく泡立つ石鹸。よい香りの洗髪剤。夢にしては悪くない。
そう、夢だけど人間のミーシャに会えた。お母様にも会えた。まぁエンデ様もいたけれど、懐かしいと思う程ではない。昔はあんなに恋しかったのに。
湯から上がると、どっと疲れがでた。
残念だわ。ここで眠ったら、現実では目が覚めてしまうに違いないわ。またこの夢の続きが見られるかしら。
ミーシャに手を取られて、再びベッドに横になれば、十も数えないうちに眠りに落ちてしまった。
目が覚めても夢の中だった。ミーシャに聞いたところ、私は12歳だということだった。最初は夢の続きだと喜んだものの、すぐに本当に夢なのかしらと疑問を覚える。
昨日の湯浴みの温かい湯に石鹸の香りと柔らかなタオル。柔らかな寝具に肌触りの良い寝着。朝の爽やかな空気、冷たい洗顔の水、ベッドの上で食べれるようにと朝食に出された柑橘を浮かべた飲み物の清々しさ、みずみずしい野菜や果物に、ふわふわで甘やかな小麦粉のパン、とろりとしたスクランブルエッグ、顔にあたる風、窓の外から聞こえる庭師の笑い声。すべての感覚が、現実だと言っている。
では、56歳の私が夢だったの?ううん。そんなわけがない。あれが私の人生。若い頃は波乱万丈だったけど、歳と共に落ち着いた生活。人生を共にするような愛する男に出会えなかったけれど、土と草とを相手に傷を作りながら、地道な充実した生活。
でもこの子供に戻った私も現実みたい。何故だが分からない。でも、どうやら私は、人生をやり直す事になったみたい。どんな神のイタズラかしら……。