閑話 ある少年の日常②
ふらりと立ち寄った厨房は大忙しだった。
「料理長!僕、手伝います」
「ヨーゼフか。お前にできることなんてない。っと言いたいところだが、この有様だ。そこのジャガ芋の皮を剝いてくれるか。言っとくが、ただジャガ芋の皮を剥くだけだぞ」
「任せてくださいよ!そんなの余裕のよっちゃんです」
「……だから心配なんだ」
ジャガ芋はカゴに山積みになっていた。100個はあるだろうか。厨房の勝手口から出たところで、椅子代わりに桶を逆さにして座り、2個3個と小刀で皮を剝いていく。
……飽きた。
あーー、いい天気だな。ここに来るお嬢様ってどんな子かなあ。あの強面の旦那様の子供じゃ、やっぱりおっかないのかなあ。面白い子だといいなあ。あーー、日差しがあったかくて気持ちいいなあ。
「おーい、ヨーゼフできたか?」
「うーーん、母さん、もう少し。あと3時間だけ……」
「てめえ、寝てやがったな!」
「あ、料理長。おはようございます」
「おはようございますじゃねえ!ジャガ芋はどうしたジャガ芋はよ!」
「あ、どうぞ。出来てます」
カゴをずいっと料理長の方に押しやる。料理長はそのジャガ芋を見て目をかっと開いた。
「てめえ、ジャガ芋の皮をただ剥くだけだっていっただろうが!なんだこれはよ!」
「普通に剥くのに飽きちゃったんで、ちょっと工夫してみました」
「ふざけんな!本当にふざけんなよ!たくっ、こんなのを、俺はどう調理すればいいんだよ……」
料理長は膝から崩れ落ちた。
「大丈夫ですか?」
「てめえのせいだよ!」
フライパンが飛んできた。解せぬ。
ちゃんとジャガ芋の皮は全部剝いたのに。
料理長の怒鳴り声が聞こえないところまで走って避難した。
さて、どうするかな。まだ寝足りないし、空き部屋で、また寝るかな。欠伸をしながら、適当な部屋に入った。
「………………。こんにちは、ロベルトさん」
「お前か。姿を見せるなと言ったはずだが」
「えっと、これは偶発的事故というか、はたまた必然的衝突というか。ってか、なんでロベルトさんこそこんな空き部屋にいるんですか?ロベルトさんなら、執事長室で事務仕事するか、他の使用人を見張りに行っててくださいよ。もう」
「……貴様」
「それに何で壁掛け時計なんて手に持ってるんですか?それよりも、時計のかかっていた場所の後ろにある穴はなんですか?」
「貴様には関係のないことだ」
「その穴の中の書類はなんですか?」
「関係ないことだと言っている」
「そんなところに穴が開いていたら、困りますよね。修理しなくちゃいけませんよね。僕やりましょうか?得意なんですよそういうのも」
時々は僕の有能さをアピールしておかなくちゃ。
なのにロベルトさんは、額のところの青筋がピクピクしている。
あーー、あれか。お屋敷の壁に穴が開いてるなんて重大事、ロベルトさんじゃどうしたらいいのか分からないのか。そりゃ、大変だなあ。
「遠慮しなくていいですよ。僕から、おじいちゃんに報告しておきますから、安心して下さい」
ロベルトさんは、持っていた壁掛け時計を大きく振りかぶった。あれはヤバイ。
僕は急いで部屋から飛び出した。ロベルトさん、どうしたんだろう。あんなに怒るなんて。解せぬ。
その日の午後。お嬢様がお屋敷にやってきた。
残念、普通の女の子っぽい。
でもお嬢様の侍女は銀色の腰まである真っ直ぐな髪の、めちゃくちゃきれいな女の子だ。
最近、よぼよぼしっぱなしのおじいちゃんが、やたらピシッとしている。おじいちゃん、お嬢様に会いたがってたもんなあ。嬉しいんだなあ。
ここでの日常がちょっと面白くなるかなあ。
その日の夕食。
「え、今日の前菜はふかし芋?珍しいわね、そんな庶民的な料理。いいえ、好きよ。問題ないわ」
ふかしただけのジャガ芋は、彫刻のように牡丹の花の形に削られていた。花びらの先に僅かな食紅で色を引いているのも美しい。付け合せは、牡丹が際立つように緑の野菜がほんの少しだけだ。
花びらの形を崩さないように、蒸気で蒸したものらしく、湯気がもうもうとあがっていた。バターが一片、牡丹の花の真ん中に落とされて、たらりと溶けて食欲をそそる香りが立ち上っている。
「これは……見事ね。『ふかし芋』と言われて、こんな芸術品のような料理が出てくるとは思いもしなかったわ。でも…ここまで綺麗だとナイフを入れづらいわね」
しかし眺めてばかりもいられない。仕方無しに、一口サイズに切り分けて口に運ぶ。
「……あたりまえだけど、味は普通ね」
少年ヨーゼフに壁掛け時計を投げた(投げそうになった)のは、ロベルトさんでしたΣ(´∀`;)