21 山へ行こう⑦
「お嬢様、僕のミーシャさんに何をしたんですか!?」
「あら何のこと?」
「僕、見たんですから!お嬢様がミーシャさんの背中になんか塗っていたところを!」
「あれはただの魔物よけの薬よ」
「そんなはず無いじゃないですか!スライムたちは僕達なんて全く気にしないで僕のミーシャさんにだけ襲いかかっていたのはそのせいだと思うんです」
「そうだったかしら?」
「すっとぼけても無駄です!!!」
私がミーシャの背中に塗ったのは間違いなく魔物よけの薬だ。でもそれにあるものを重ね塗りした。それはスラ玉を割った中身だ。今はまだ一般的には知られていない魔物よけの薬の使い方だ。
わずかの量の魔物よけの薬と魔物の素材を合わせると、その素材となったのと同種類のモンスターが襲いに来る。嫌いな臭いに、同族の死骸の臭いが被せられているのだ。例え臆病なスライムであっても激怒するのだろう。
前の人生で希少な素材を何個も得るために、私が研究した魔物よけの薬の使い方だった。それを考えなく冒険者に喋ったために、希少な魔物の乱獲がおきた。あれにはずいぶん悔いたものだ。今回はそうならないように気をつけないと。
ところで「僕の」ミーシャ?
「いいのよ、あなただけ戻っても。さあ、スライム達と戦ってちょうだい」
「さあ、お嬢様の採取に行きましょう!」
二人で山をどんどん頂上付近まで登っていった。
「お嬢様、近くって言いましたよね」
「言ったわね。山ひとつ超えてないんだから近くよ」
「危険はないって言いましたよね?」
「ええ、無いわよ」
「それなら、ここは何なんですか!」
木の枝に、蛇、昆虫、小動物が突き刺さって干からびている。
奥に行けばもっとすごい。腐臭で正気ではいられないだろう。正直、私が嗅拡丸でこの腐臭を嗅いだときもかなり気持ちが悪くなった。
今は私と少年は薬の副作用で嗅覚が麻痺している状態なので、苦痛はない。
私は少年を連れて、串刺しの林の奥に進んだ。
「悪魔だ……。正に悪魔の所業だ……」
確かに一般の人が見たら地獄絵図だろう。先ほどとは比べ物にならない位大きなサイズの獣や野獣が枝に刺さっている。完全に乾いているものから、半腐れのものまで様々だ。
それにしても、顔を青くしながらも、しっかりと私の後についてこれるこの少年は、案外、図太いのかもしれない。
「悪魔じゃないわよ。あなた、百舌鳥って知ってる?」
「ええ、小さな鳥で、いろんな鳥の鳴き声を真似することができる鳥でしょう。なわばりにバッタやカエルを小枝に突き刺しにする早贄って習慣がある……。でも、これ違いますよね!刺さっている獣なんて、お嬢様と同じくらいの大きさがありますよ!」
「ええ、もちろん違うわよ。これをしたのは鴆って鳥型モンスターよ。
獲物の大きさからすると、まだ巣立ったばかりってところね。大きくなると、牛や馬でも軽々と獲物にしてしまうそうだから。でも夜行性で今は寝ているはずだから危険はないわ。
習性は百舌鳥と同じ早贄。鴆もこうやって、縄張りを主張するの。そうそう鴆は羽に毒を持っていてね……」
ある枝を指差せば、鴆のイノシシが突き刺さっていた。昨夜捕らえられたばかりであろうそのイノシシは、刺しどころが悪かったのかまだ生きていた。
「ひいい!」
「何か気づくことはない?」
「何かって、イノシシが枝に刺さっているのにまだ生きているってだけじゃ……あれ?こんなひどい怪我をしているはずなのに苦しんでない」
あれだけ気味悪がっていたのに、少年は自分からイノシシに近づいた。
あら。やっぱり図太いわ。
「そうよ。鴆の毒は、毒っていっても痛みを遮断して良い気分にさせるものなの。
このイノシシは自分が枝に突き刺されていることも気づかずに、楽しい夢の中をさまよっているはずだわ。死ぬまでね」
「ひょえーーー、地獄だ!正に地獄だ!」
「いいえ、ここは宝の山よ」
この刺さっている鴆の獲物は、またとない素材の宝庫なのだ。刺さっている獲物から、角や爪など採れる素材すべてを剥ぎ取りつぎつぎとカゴに放り込んだ。
少年には毒が含まれている鴆の糞と、抜け落ちている羽をさがしてもらった。もちろん素手で触らないことをきつく言いつける。
それにしても、この少年はいい感性をしている。鴆の毒は痛みを遮断して快楽を得る。まるで麻薬のようだ。その快楽を得るために、身を滅ぼす人間もいるという。それをあっさり「地獄」と表現した。
これはいい拾いものかもしれない。
私は前の人生で、鴆がこの山に巣を作っていたという話を聞いたことがあった。鴆の縄張りに入ってしまった人間が何人かさらわれ、無残な姿で見つかったというショッキングな報せだった。鴆は大きく育っていて、退治するのに自警団や傭兵、冒険者たちに多大な被害が出た。
帰ったら、叔父様に報告しましょう。まだ巣立ったばかりの小さな鴆みたいだから、そこまで大きな被害はないでしょう。魔獣退治も叔父様の自警団の仕事のはずよね。