182 新しい家族
『王家のゆりかご』の作用で、胎児は順調に成長した。御典薬の司として、一日一回は王宮に行かなければならないが、それ以外の時間は、できるだけ家にいるようにした。
すると、一日に何度か、エリスさんの部屋にお母様がいるのを見てしまうのだ。
お母様は、何も言わずにベッドサイドに座ってエリスさんの手を取る。そして祈るように目を閉じる。
そしていよいよ、エリスさんの目を覚ます日。つまり、出産の日を迎える。
その日は、朝から大わらわだった。
ラーツェはいざという時のために、王宮の外科手術の出来る医師を引き連れて、オルシーニ家の居間を占有し手術の準備を始め、産婆のタノさんはうちのメイド達に大量の湯と、白い布を用意させている。一番落ち着きがないのはアランだ。それは仕方がない。本当に目覚めるか分からないのだから。
……。え? 私を信じているから、そこは大丈夫? そう。ええ! もちろん大丈夫よ! 元気な赤ちゃんが産まれる事だけ祈ってて!
「準備はできた?」
私は周りの人の目を見る。
「エリスさんを起すわよ!」
アラン、タノさん、ラーツェ、ミーシャが頷く。
私は、エリスさんの鼻の下に気付け薬をあてがい、小さく揺らした。
刺激臭が私にも届く。揮発性が高いため、私のところだとそうでもないが、鼻の真下にあるエリスさんにはたまったものではないだろう。意識があれば……。
「う……ううん」
ほどなくエリスさんは、顔を歪ませてうめき声を上げた。
と、思うとパッと目を開く。
成功したのだ!
喜びを、アランやラーツェと共有する間もなく、エリスさんがお腹を押さえて「ああああああ!!」と悲鳴のようなうめき声をあげる。
陣痛が再開したのだ!
ドンッと、突き飛ばされた。
ビックリして、突き飛ばした人を見ると、産婆のタノさんがグッと親指を突き出した。
「こっからは私の出番だよ! お嬢様達は部屋の外に出ていな!」
頼もしい笑顔だ!
「わ、分かったわ! エリスさんをよろしくね!」
「はいよ。旦那さんは、どうすんだい? 外に行くか? それとも立ち会うかい?」
「一緒にいます!」
「そうかい! じゃあ、しっかり手を握ってやんな!」
「はい!」
それからの時間が長かった。午前中に目を覚ましたエリスさんは、夜もすっかり更けた時間に、一際大きな悲鳴を上げた。その直後、元気のよい赤ん坊の声と、アランの嬉し泣きの声が屋敷中に響いた。
「う……産まれた……」
ほどなく、タノさんがタオルで手を拭きながら、部屋から出てきた。
私を見つけて、ニヤリと笑う。
「女の子だよ。母子ともに無事さね! あんた……おっと、お嬢様のおかげだよ」
「お……女の子……」
屋敷中から歓声が沸いた。
ラーツェも、王宮の医師たちも、うちの使用人達も、まるで一つの家族のように肩を抱き合い、喜びの声を上げている。
「お嬢様! 女の子ですって! きっと、アランさんたら、メロメロのパパになりますよ」
「師匠! やったでありますよ! 本当に『王家のゆりかご』を使って、無事に出産を終えたでありますよ! 快挙でありますよ!」
「え……ええ……」
正直言って、喜びよりも安堵の方が強かった。スフィラさんの【鑑定】魔法で、解毒できるとは聞いていたものの、本当に目が覚めて、無事に出産できたこの瞬間まで、気を張っていたのだ。
「お嬢様! 私達も、赤ちゃんに会いに行きましょ!」
ミーシャは、嬉々としてドアノブに手をかける。
「待って!」
私の制止に、ミーシャはきょとんとした顔を返した。
「ダメよ。今は家族だけの時間。アランとエリスさん、そして赤ちゃんだけにしてあげましょ。他の人が立ち入るなんて、迷惑だわ」
見れば、タノさんも怖い顔でミーシャの肩に手をかけていた。
ミーシャは「へへっ」と、気まずそうな顔をする。
「では、お嬢様をお部屋に……」
私は首を振った。
「いえ。私には行くところが……いえ、行かなきゃならないところがあるの!」
「へ?」
話の区切りのいいろころで切ったため、今回は短いです。
申し訳ありません。