179 【鑑定】魔法の結果
ラーツェはリンドウラ・エリクシルが入ったコップをスフィラさんに手渡した。
緑に光る液体。
わざわざコップに移したのは、瓶のラベルで先入観を与えないためだ。
「まずはこの【鑑定】をお願いできるでありますかな?」
「は、はい!」
そういえば私は『前の人生』を含めて【鑑定】魔法を見るのは初めてだ。【目】に生まれつきの才能があるらしい。どういうものなのか、うきうきしてしまう。
しかし【鑑定】魔法は地味だった。
火魔法や風魔法のような周囲への影響もないし、治癒魔法のように対象が白く光って怪我や病が癒えていくような変化もない。ただ何もないところに文字が浮かんでいるのか、本を読むときのように私達には見えない何かを目で追っているだけだ。
「『リンドウラ・エリクシル』。効果は……胃腸回復、食欲上昇、血色改善、冷え症改善、肉体疲労回復、虚弱体質改善、滋養強壮それに生命力の大幅な向上。レッサーエリクサーを一般的な人も飲める薬酒レベルにまで効果を落としたもの」
私は驚いた【鑑定】でそこまで分かるなんて……。
そして鑑定の中に聞きなれない言葉があった。「レッサーエリクサー」。確かにエリクサーまであと一歩までいった薬というのは長い。レッサー(劣った)エリクサーとはよくいったものだ。
スフィラさんはホッとしたようにため息をつく。
「効果は驚くほど強いですけれど、体の基本的な働きや体質を整えながら、健康に導くものですね。私の【鑑定】が必要って聞いたので、何か変な薬なんじゃないかと思っていましたけれど普通で良かったです」
「次にこちらであります」
ラーツェが渡したのは、昨日私が作った気付け薬だ。
【鑑定】をしていたスフィラさんの顔が驚愕に歪む。
「な、な、なんですか、これ!!!」
「何か分かったでありますか⁉」
「き、き、き、『気付け薬(仮)』。く、薬師ユリア・オルシーニのオリジナルレシピ。こ、こ、こ、効果・史上最強の気付け薬。使用者の精神を支配し、作成者に異様な畏怖の念を抱く。そして…………死んでわずかな者なら…………生き返らせる事も可能」
スフィラさんは、なぜか、もう震えも止まっていた。というか、虚ろな目をして宙を見つめている。別次元に行ってしまったようだ。
というか、何⁉ その情報!! 怖い!
強烈な副作用があるものの、ただの気付け薬だったはずなのに、何なの? その効果は⁉
私……、とんでもない薬を作っていたのね……。
使う機会はない方がいいけれど、もし必要な時があったらいつでも使えるように、この薬は常備しておいた方がいいわね。
一方、ラーツェは「師匠♡ そのレシピ。欲しいでありますぅ~」と唇を尖らせて、くねくねしている。それをミーシャが「気持ち悪い」と、ラーツェの頭を叩いた。
……気持ちはよく分かるけれど、ミーシャ。それ、一応、本当に身分も立場も偉い人よ。
ちなみに御典薬たちも「大師匠~♡」と、ラーツェと同じ仕草である。なんとかして、この立場を返上したいと、強く思った。
スフィラさんがこちらの次元に戻って来るのを待って、ラーツェは「王家のゆりかご」の薬瓶を手渡そうとした。ところが、頑なに受け取ろうとしない。
「……それ。私の作った薬じゃないわよ」
そう言うと、やっと受け取ってくれた。
……傷つくわ。
「この薬の副作用を、先の二つの薬で解毒することができるか知りたいでありますよ。最初にそれを知ることはできるでありますか?」
「は……はい……」
スフィラさんは、三つの薬剤に目を走らせる。
「あ……大丈夫そうです。悪い作用が、打ち消し、補完されています」
よかった。ミーシャとラーツェが見つけた解毒方法は正しかったようね。ではエリスさんには、出産可能な時期まで濃縮されたリンドウラ・エリクシルを与薬して、その時期がきたら気付け薬で起しましょう。
と、まだ【鑑定】を続けていたスフィラさんの顔が曇る。
「何なんですか、この薬! 気持ち悪い!!」
「どうしたでありますか?」
「『王家のゆりかご』。効果は『安胎』。母体の生命力を胎児に注ぎ込む。副作用は母体の昏睡。そして生命力枯渇……」
そして次の言葉に、私もラーツェも凍り付いた。
「人間の母体を肥やしにして、強力な力を持つ魔物の子を産ませる際に使用する」
「「!」」
私は説明を求めてラーツェに振り返る。
しかし一目見ればすぐわかる。ラーツェも初耳だったらしい。
でもこの説明を聞いて、一つ納得がいくことがあった。
胎児を成長させるために、母体を物として扱うこの非人道さ。副作用が強いだけの薬にしては悪意が余りある。 しかしもともとが非人道的な目的のために作られた薬なのだ。悪意があって当然かもしれない。
「ラーツェ! この薬を作ったのは誰⁉」
「わ、吾輩であります……。そう長く保存ができないでありますから、昔の御典薬の司レシピ帳を用いて、御典薬の司がまとめて作るであります」
「レシピ帳? じゃあ、このレシピを残したのは誰なの⁉」
「そ、それは調べてみないと分からないであります。分かったとしても、御典薬は貴族がなりたがらない仕事。平民だった場合、家名まで残っているか…………」
ふとある人物の顔が浮かんだ。
修道院の薬師、カイヤだ。
彼女は「人を魔物にする」薬を研究する薬師一族だ。その一族はルイス様の弟子であったリロイを一族の長の娘婿に迎え、囚人達を人体実験に使い研究をさらに飛躍させる。しかしそれを止めたのは、同じくルイス様の弟子であるサクラだ。サクラはリロイ達の研究を焼き尽くし、一族は捕らえられることを嫌い集団自殺をした。しかしその中に一部の研究資料と、リロイとその子供の死体はなかったという。
サクラはその後、この国にとどまり、修道院の薬師としてエリクサーの調合研究をする。そしてできたのがレッサーエリクサーだ。またサクラは薬組合も創設し、悪意ある薬師が人々に近づかないような整備も行った。
私はサクラのシャトレーヌと、備忘録、そしてレシピをサクラの意志を継ぐものとして預かった。
サクラの意志とは……、リロイを止めて欲しいというものだ。
三百年前に生きていたリロイはともかく、その子孫のカイヤとその一族は暗躍を続けている。もしかしたらこの「王家のゆりかご」を作ったのも、リロイの子孫だったかもしれない。
それに修道院長を襲い、レッサーエリクサーのレシピを手に入れたカイヤ。だけれど、あのレシピは三人の聖女がいなくては再現はできないはず。カイヤが諦めるとは思えない。カイヤの一族も……。
王様の企みで、御典薬の司代理という座に着かされた私。この地位は心底嫌で仕方がないけれど、もしかしたらカイヤの一族を探すための手段に使えるかもしれない。
私の考えをよそに、スフィラさんの【鑑定】を読み上げる声はさらに続く。
「……王家の秘薬。歴史上、敵国から迎えた妃を死に追いやるために使われたこともあり、御典薬以外でこの薬の存在を知った者は抹殺…………」
スフィラさんは「ん?」と首を傾げる。そして私の方をギギギと振り向いた。
「あの……抹殺されるって、どういう……???」
「…………さあ?」
王家のことなんて私に聞かれても……。
「私も殺されちゃうんですか?」
「こちらから頼んだのだし、それはないんじゃ……」
私の声をひときわ大きなラーツェの声が遮る。
「で、あるな」
「「は?」」
「ちょっと、待って、ラーツェ! いったいどういう事⁉」
「ヒィィィィィ!」
顔を青くしたスフィラさんは、私の足に縋りつく。
「オルシーニ伯爵令嬢! どうか止めてください! 殺さないでください! わ、私、死にたくありません!!」
え……? だから何故それを私に言うの?
もともとスフィラさんの【鑑定】を使って、検証しようって言い出したのはラーツェなんだけれど……。
そう思いながらラーツェを見ると、実に……実に悪い笑顔をしていた。
あれは……私を陥れた時と同じ笑顔だ!!
「止めるには方法があるであります。そなたが調査部を辞めて御典薬付きの調査官になればいいでありますよ。そしてその【鑑定】魔法は薬学の発展のために使うであります」
「え?」
一瞬、私も【鑑定】魔法があれば、新しい薬の調合がし放題なんじゃ……と思ってしまった。でも、ダメ! 【鑑定】魔法は、御典薬だけで占有してもいいようなものじゃない!
私が止めようとした瞬間。目の前に肉の壁ができた。御典薬たちが、私とスフィラさんの間に立ちふさがったのだ。思わず叫ぶ!
「だ、だめ。スフィラさん! ラーツェ、あなたも、もう止めて!」
でも私の声は、御典薬たちの壁に阻まれて届くことはなかった……。
っていうか、御典薬たちってラーツェの弟子よね? ってことは、私の孫弟子なんじゃないかしら? だったら私の言う事も、聞きなさい!