1 56歳 ユリア
従姉妹の年齢を年下から同じ歳に変更しました。11/08/17
私はユリア、56歳だ。
海に近い西の森で、一人で薬師をしている。一時間ほど歩けば、小さな町があり、そこの薬問屋に薬を卸して生計を立てている。私の作った薬は他の薬師が作ったものよりもたいそう効き目が良く、騎士や冒険者からの人気が高いが、公の場に出たくない私は、専任契約する代わりに私の事は秘密にしてもらっている。
そんな私は、最初から薬師だったわけじゃない。なんと伯爵家の跡取り娘だった。
私が18歳になっても一向に結婚を言い出さなかった婚約者。惚れた弱みで強くも言えずにいると、彼が浮気をしている事が分かった。その相手は私の同じ歳の従姉妹だった。従姉妹は、はっと目を引く美人で、冴えない私をいつも見下していた。我が家のツケで二人で豪遊し、私の事をあざ笑っていたと聞いたときは頭に血が上った。
嫉妬に駆られ、従姉妹を魔法で傷つけてしまった。もともと優秀な方ではない私の魔法で、彼女は軽い怪我ですんだ。いいえ、彼女は最初から防御魔法をかけて身を守っていた。
私は罪には問われなかったが、婚約は破棄。その後、修道院に入れられた。
でも修道院生活は貴族令嬢の私には酷だった。二年程で逃げ出して、酒場や宿屋の仕事をしたが、どこでも長くは続かなかった。男に言い寄られる事もあった。でも貴族絡みの問題持ちの女だと分かると、誰もが手のひらを返したように離れて行った。
何年かして、酒場の下働きをしていたときに、私を裏切ったあの二人が跡取りを無くした伯爵家を乗っ取り、豪勢に暮らしているという噂を聞いた。はめられたのかと納得したものだ。
そして流れ着いた森の空き家に勝手に住み始めた。埃のたまったその家は数年は使われていなさそうだった。
その家の元の住人が薬師だったらしく、裏庭は雑草に覆われていたけれど、丹念に探すと薬草が見つかり、作り方を書いた資料と制作道具はそのまま残されていた。他にも本や日記、走り書きなどが残されていた。
最初の数ヶ月は、元の住人がすぐに帰って来るんじゃないかとビクビクしながら、ろくに町にも出ず過ごした。幸いなことに、穀物や肉や魚は数年分が魔道具を使い、完璧な状態で保管され、野生化した野菜も裏手の畑から採れた。そして元の住人の資料を見ながら薬をつくるようになった。
私は魔法の才能はほんのわずかしかなかったが、調薬の才能はそこそこあったらしく、見よう見まねで作り始めた初心者向けの薬から、しだいに高度な技術が必要とされる薬を作れるようになっていった。さらには彼の薬から薬効を高めたものや、新しい薬を作り始めた。
その生活に彩りを与えてくれるものがいた。死にそうな怪我から助けた犬のような魔獣だ。最初は気が立っていた魔獣も、必死に治療をし、餌や温かい寝床を与えると次第に心を許してくれるようになった。怪我が治ると、森に帰るでもなくそのまま我が家に居座った。女一人でも何事もなく無事に生きていけたのは、その魔獣のおかげだと思う。
それに土地と気候に恵まれ、大きな災害も戦役もなく、平和に歳を重ねることができた。大した蓄えも無いのが幸いしてか、犯罪に巻き込まれるようなこともなかった。
数年も経つと資料だけでなく元の住人の日記、走り書きも、暗記する位、何度も何度も読み込んでいた。読むたびに、温かさや誠実さ、それに深い考察に基づいた思慮深さも、実際に会ったかのように思い描くことができた。
そう、会ったことのない彼に恋をしていたのだ。
突然の激痛とも言える頭痛におそわれた日も、いつもと変わらなかった。けれど、何故かもう何十年も思い出さなかった家族、そして元婚約者がそばにいた。
頭痛からか、突然の吐き気からか、はたまた精神的な混乱によるものか、私は簡単に意識を手放した。