172 解毒
「解毒?」
「そうであります! 正確には副作用だけ『解毒』する方法であります!」
「そんな都合のいいことが?」
解毒といっても、その過程はいくつかある。
まずは毒を吸着させて排出させる方法。代表的なのは炭を飲ませる方法だ。
毒を飲んでから最低でも二時間以内に飲ませる必要がある。
しかしエリスさんの場合は、「王家のゆりかご」の効果はそのままで副作用だけをなくしたいのだ。この方法は使えない。
次に毒に対抗できる抗体を取り込む方法。
修道院で吸血行動をさせる毒に対して、ルイス様の思惑で抗体を持っていたヘンゼフの血から薬を作り、騒動をおさめることができた。
これも「王家のゆりかご」に抗体を持っている人などいない。と、すればこの方法ではない。
可能性があるとしたら副作用を「中和」させるという方法だ。
以前、私は修道院での騒動の時に、症状の軽い人にはワイルドバイソンの胆石を使った解毒剤を使ったことがある。そして鴆の糞で作った気付け薬に私を崇拝するというとんでもない副作用もワイルドバイソンの胆石で解毒できた。
試しにラーツェ様に聞いてみる。
「解毒とは……ワイルドバイソンの胆石ですか?」
「違うであります。ワイルドバイソンの胆石から作る解毒剤はとうに試したでありますから」
私は不吉な言葉を聞いた気がした。
「『とうに試した』? ……ま、まさか……」
試すには、先に妊婦を「王家のゆりかご」で昏睡状態にしている必要がある。
そういえばこのところの奇行で忘れていたが、ラーツェ様には自らの技術を高めるために、実験的な治療を繰り返していたと、冒険者ギルドからの報告書にあった。死者も多く出たそうだ。その死者の中に、この「王家のゆりかご」を使った患者が……。
ラーツェ様がまるで化け物のように恐ろしく見え、一歩下がる。
慌ててラーツェ様は言い訳をする。
「吾輩も『王家のゆりかご』の副作用をどうにかしたいと、希望者を募り何度か実験をしたのであります。もちろん副作用の事は説明したであります。使用後も様々な解毒剤を試したのでありますが、これといった成果のものはなかったのであります。もちろんワイルドバイソンの胆石もであります」
…………そういえばラーツェ様は「王家のゆりかご」を使用するかどうかは「母体が選択」って言っていたわね
私は迷ったが、その言葉を信じることにした。
「それで?」と問うと、ラーツェ様はホッとして話を続けた。
「実験の中で、出産の瞬間に少し目を開けた者がいたのであります。吾輩はその女を徹底的に調べたであります」
「それでどんな人なの?」
ラーツェ様は興奮のためか、鼻の穴が大きく広がった。
「その女は吾輩のところに来た時も酒の臭いがプンプンする女だったであります」
「妊娠中なのに?」
「止められなかったのでありますな。酔って事故にあい、運ばれてきたでありますから。その女は以前、ある商団の下働きの女だったであります。酒で問題を起こして、クビになったでありますが」
ラーツェ様は興奮を隠したような声で囁いた。
「その商団が、ヴィスラ商団だったのでありますよ」
「ヴィスラ商団?」
私は首を傾げる。
なんの商団だったかしら? そんな商団とオルシーニ家は取引していたかしら?
私の反応に、ラーツェ様はガッカリした様子だ。
「知らないでありますか? でもこの女は知っていたでありますよ?」
ミーシャはじれったそうな声をあげた。
「ヴィスラ商団って、ガシリスクさんの商団ですよ。あのリンドウラ修道院で私達を閉じ込めた!」
「ああ、あの……」
ガシリスクはリンドウラ修道院に出入している数少ない商人だ。
修道院での感染症騒ぎ――これはカイヤによる毒だったのだが――の際、感染症を修道院の外に広めないようにするために外から門を閉じて修道院を封鎖した。
結局、感染症ではなかったため門を封鎖したガシリスクは責任を感じ、リンドウラ修道院との取引を止めると言ってきたのだが、これまでの功績と封鎖した目的を鑑みて、取引は継続されることになったはずだ。
それにしてもどうしてここで、ガシリスクの名前が?
ピンとこない私をもどかしく思ったのか、ミーシャが叫んだ
「ヴィスラ商団で扱っているお酒はリンドウラ・エリクシルですよ!」
「ああ……。そういえば……」
確かにリンドウラ・エリクシルは四肢欠損さえ治すといわれるエリクサーまであと一歩というところまでいった薬を元に作られた薬酒だ。いくら飲んでも二日酔いにならないし、それどころか飲めばの飲むほど翌日の体調が良くなるという。
ラーツェ様はミーシャの叫びを聞いて、うんうんと深く頷いた。
「吾輩もそこにたどり着いたのであります。女の家を調べてみると、買ったとは思えぬ高価なリンドウラ・エリクシルがたくさんあったであります。きっと盗んだでありますな」
「その人は日常的にリンドウラ・エリクシルを飲んでいたってことかしら?」
ラーツェ様は黙って頷いた。
「吾輩。それで思い至ったことがあるのであります」
「何を?」
「この国の寿命は約百年前から急に伸びているのであります」
「百年前?」
「百年前といえば、リンドウラ・エリクシルが世に出回るようになった頃であります。リンドウラ・エリクシルが生命力を補う役割をしていたと考えれば筋が通るであります」
確かにリンドウラ・エリクシルの生い立ちを考えれば有り得なくはない話しだ。
「その後、吾輩は『王家のゆりかご』で昏睡した患者の口にリンドウラ・エリクシルを流し込むようになったであります」
……また人体実験ね。
患者に選択させたとは言っているが、本当かどうか怪しくなってきた。
「しかし目が開く程度の効果はあっても、意識を取り戻した患者は……」
そこへ再びミーシャがズイッと割り込んできた。
「だからね、私、言ったんですよ。リンドウラ・エリクシルで生命力を補ったら、あとはお嬢様の『気付け薬』を使えば意識が戻るって!」
死にかけたヨーゼフをこの世に引き戻した「気付け薬」。
触れた者全てを昏睡させ、半分死んだようになりながらも快楽的な夢を見させる魔物・鴆。その鴆の体内で生成される拮抗成分を、糞から採取し、薬の素材にしたのが私の「気付け薬」だ。
アラン達を私の信者に変えてしまった謎の副作用はあるが、それはワイルドバイソンの胆石から作る汎用性の高い解毒剤でも解毒することができた。
「リンドウラ・エリクシルで生命力を補いつつ、産む寸前に気付け薬で意識を取り戻させるってことね?」
「はい!」
「である!」
なるほど。リンドウラ・エリクシルにたどり着いたのはラーツェ様。気付け薬を思いついたのはミーシャ。これが成功するならば、確かに二人のお手柄だ。
「でも……、本当にうまくいくかしら?」
その時、ラーツェ様はニタリと……なぜだか本当のゴブリンのような醜悪な笑顔で言った。
「だったら検証するであります!」
感想欄で、この展開を読み切っていた方が……(汗