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薬師令嬢のやり直し  作者: 宮城野うさぎ
これまでの話
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171 エリスの選択

少し短いです。



「もしこの子を殺すなんて言えば、あなたを一生恨むわ!!」

「…………」


 エリスさんの言葉に、アランは息を飲んだ。そしてアランは縋りつくような目で私を見る。そこにはかつてのような無関心を隠すための爽やかな仮面はなかった。


「お嬢様……。ダメなのですか? エリスと赤ん坊、両方を救う手立てはないのですか?」

「そ、それは……」


 どうしたらいいだろう。

 私が勧められるのは、陣痛抑制剤と感染予防薬で少しでも日数を稼ぐ方法だ。でもこれもトイレもベッドの上で済ませるほどの絶対安静が求められる上に、絶対に助けられるという保証はない。

 かといって「王家のゆりかご」? 赤ちゃんは助かるかもしれない。でもエリスさんは確実に……。

 俯いている私にエリスさんは静かな声で言った。


「私の体では子ができないだろうって、昔から言われていました」

「……」

「でもそんな私が妊娠しました。それを知った時は、舞い上がるほど嬉しかったのです」


 アランはエリスさんの手を包み込むように握った。


「そんな中、この人……アランはお嬢様のお供で領地に……」


 そうだった。アランは妊娠初期のエリスさんを置いて私が領地に行くのを護衛してくれたんだったわ。最初は私が領地で落ち着いたらすぐにアラン達護衛は王都に帰る予定だったのに、盗賊の噂があって滞在が伸び、さらに鴆討伐の協力を求められて更に伸び、盗賊と鴆の問題が解決してからも私が修道院に行くのに付き従ってくれた。

 初めての妊娠で不安なエリスさんを置いて……。


「ご……ごめんなさい」


 申し訳なさでいっぱいになる。

 エリスさんは慌てて、「そうじゃないんです」と言った。


「そうじゃないんです。お嬢様。私、一人だったからこそずっとお腹の赤ちゃんに話しかけていたんです」

「……何を?」

「道端の花の美しさ、葉を食む虫の可愛らしさ、水のせせらぎ、風のいたずら、温かな日の、夜の静けさの癒し。街中の喧騒、市場の活気、いきつけのパン屋さんの優しい言葉。おいしいもの、栄養のあるもの。それと、お父さんがどんなにカッコいいか……」


 エリスさんはアランを見上げる。


「私。約束したんです。この子に、それを全部体験させてあげるって。だから私の代わりに、この子を助けて下さい」

「エリス!!」

「あなた!」


 思いもかけない強い口調にアランはビクリとする。


「どんな女……いいえ、どんな母親でも子供を産むのは命がけなの! 母親はみんな覚悟を決めて子供を産むのよ!」


 悲壮な顔つきのアランに、エリスさんは慈愛のこもった目を向けた。


「愛しているわ」


 ふっとアランの中の何かがこぼれ落ちたのが見て分かった。

 開きかけた口をキュッと閉じ、震えながらもコクリと頷く。


「……俺もだ」

「私の分もこの子を愛してちょうだい」

「…………分かった」


 二人はお互いの姿を目に焼き付けるかのように、見つめ合う。


「……それがエリスさん。あなたの決断なの?」

「はい」


 波一つない凪いだ海のような瞳をエリスさんはしていた。


「……出産には最善を尽くすわ」

「はい」


 エリスさんは、「王家のゆりかご」の入った薬瓶の蓋を開けた。

 唇をつける。

 と、何かを思い出したように、瓶から口を放した。


「お嬢様……」

「思い直してくれた?」


 エリスさんはフッと柔らかく笑う。


「そうじゃありません」


 私は若干の落胆を感じた。


「じゃあどうしたの?」

「一つ、お嬢様にお願いしたいことがあるのです」

「お願い? アランや赤ちゃんのことなら……」

「それとは別の事です」

「別?」


 この場に来て、アランや赤ちゃんの以外の事で私に何の願いがあるのだろうか?


「必ずしてくれるって約束して下さい?」

「え……ええ。もちろんできることなら……」


 エリスさんはニッコリと笑う。


「奥様と話をして下さい」


 思いもよらないお願いだった。


「お母様と? でも……」

「お嬢様は、奥様を誤解されています」

「誤解なんて……」


 エリスさんはふるふると首を振った。


「お嬢様。約束ですよ。必ず奥様と本心でお話下さいませ。これが私の遺言です」

「…………分かったわ」


 エリスさんはもう一度アランを見つめた。

 決してその姿を忘れないようにと言わんばかりに……。

 そして一気に「王家のゆりかご」を飲み干したのである。


 眠りについたエリスさんの手を握り締めて、じっと寝顔を見つめるアラン。

 私は何も言えずに客間を出た。


「お嬢様!」

「ユリア嬢!」

「「エリスさん(患者)はどうしましたか(ありますか)?」」


 ミーシャとラーツェ様の声は揃う。

 

「……『王家のゆりかご』を飲んだわ」


 二人は顔を見合わせた。


「お嬢様!」

「ユリア嬢!」

「この人が!」

「この女が!」


 二人は互いを指さした。


「「王家のゆりかごの副作用を『解毒』する方法を思いつきました(である)!」」


 二人は「イェーイ」と叫びながら、お互いの手を高らかに打ち鳴らした。


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