156 秘密の書類
私が罪を犯した貴族が収監されるこの紫の塔に入れられてから、数日が過ぎた。
取り調べは一日に一回。相手は御典薬の司のラーツェ様。ラーツェ様は聞きたいことがたくさんおありになるようだが、私には話すことがないので取り調べは短時間で終わる。
それで分かったことが一つ。
王様の容体は急を要する状態ではないということだ。もしそうであったなら、こんなに悠長な取り調べをするはずがない。
取り調べ以外の予定はスフィラが一日三回運ぶ食事だけだ。
本の一冊すらない生活。もてあます暇を潰す方法も限られる。
「ルー。シャトレーヌを出してちょうだい」
私のスカートの裾から、するするっと小さな黒くて目だけが赤いクモが出てくる。そしてカパッと口を開くと、その体の何倍もの大きさのシャトレーヌが出てきた。シャトレーヌに取り付けられた黄色い魔石が、揺れてチリンと音がする。
「ありがとう。もし誰かがきたら教えてね」
──応。
暇で退屈な私が毎日やっているのは、シャトレーヌに魔力を注ぎ込むことだ。
ルイス様が教えてくれた。ニコが贈り物だという、旧型のショゴスの核になっていた黄色い魔石の魔力を魔道具であるシャトレーヌに移せば、私の役に立つ力が発現するらしい。
シャトレーヌは空間を結びつける魔道具なのだそうだ。ルイス様は、自分が作った森の家の地下のどこかに保管された薬を自在に取り出していたのだ。私にもそんなことが出来たら、どんなに役に立つことか……。
ニコはオルシーニの街で会った本屋の少年だ。しかし盗賊の襲撃に関与していたり、ルイス様の本を私にくれたりと、よく分からない行動をとった。更に森の家で、考えを読み取り姿を変えるショゴスという魔物を使って私にルイス様だと思い込ませた。そして森の家の扉を開けさせようとしたのもニコの仕業だ。ニコはそのショゴスを操るために、自分の魔力をショゴスの核となる魔石に注ぎ込んだらしい。ルイス様によるとニコは「青の御使い」つまり、魔法に特化した御使いなのだという。そんなニコが魔力を注いだこの魔石には、あり得ないほどの魔力が溜まっている。
ルイス様は黄色い魔石からシャトレーヌへ魔力を移す鎖を作って取付けてくれた。すごくありがたい。でもルイス様だよりではなく、自分でもなんとかしたいと思っていた。だからルイス様が作ってくれた鎖を通した魔石の魔力だけでなく、自分の魔力もシャトレーヌに注ぎたい。私の魔力は少ないけれど、自分が使うものだから。
――ユリア。侍女が来た。
「ああ。もうそろそろ夕食の時間ね。スフィラへのお土産。喜んでくれるかしら?」
私は目立つように机の上に置いた書類の束に目をやって、ニヤリと笑った。
ほどなくノックが聞こえる。
「どうぞ」
相変わらずガタガタと震えるために汁物を半分に減らしながら、ビクビク侍女、もといスフィラが机の上に食事ののったお盆を置いた。そして机の上の書類の束を目にして、青白かった顔色を土色に変えた。
「あ……、あの……。この書類……、どこから……? 他に誰もここには……」
そう。ここは一種の牢であるため、外とのやりとりは制限される。特に私が接しているのなんて、スフィラとラーツェ様だけだ。そしてラーツェ様の取り調べの時は、必ずスフィラが同席する。そのスフィラが知らない書類の束が堂々と机の上にある。つまり私が外と連絡を自由にとれることを知ったのだ。
「どんな内容か気にならない?」
「そんな事より、誰が……」
「もう一度言うわよ。どんな内容か気にならない?」
できるだけ腹黒そうに微笑めば、スフィラは「ヒィィィィ」と悲鳴を上げて逃げ出した。でも見込んだとおりに書類はしっかり胸に抱えて行ってくれた。
次の日。恒例のラーツェ様との取り調べはなかった。食事を届けに来たのも、スフィラとは別の人だ。物腰から、スフィラとは違い本物の侍女だということが分かる。
そしてさらに次の日。お隣さんができた。
コンコンコン。
「どうぞ」
ドアを開けたのは、侍女の制服を脱いだスフィラだ。女性では珍しいパンツスタイルの制服を着て、腰にレイピアを下げている。
「やっぱり侍女じゃなかったのね」
「は、はい……」
パンツスタイルのため内股でガタガタ震えるその姿は、侍女のお仕着せの時よりも良く目立つ。せっかくカッコイイ制服なのに台無しだ。
「あ……あの。私はオルシーニ伯爵令嬢がお当てになられたように……、その……この事件の……捜査官でございます」
当てずっぽうでいったやつだわ。そう、当たってたの……。
思わずため息をつく。
自分の当てずっぽうが当たっていた割に嬉しくないのは、本当にこんな人が捜査官で大丈夫なのかしら? というかこんな人を捜査官にするなんて、この国は大丈夫なのかしら? という思いが浮かんだからかもしれない。
「あ……あの……」
涙目でスフィラが言う。
「なんでもないわ。話しを続けて」
「あ……はい」
スフィラが話したのは、私が予想していたのと同じものだった。
まず私の国王暗殺未遂。これはでっち上げだった。
毛生え薬を飲んで、国王が瀕死の状態になったのは本当。でもその毛生え薬を作ったのはラーツェ様。
あの薬は、もともとはお父様の頭痛を緩和するために作った薬だ。お父様は頭痛が治まったという効果を周りに宣伝した。欲しがる貴族数人に、使用注意を与えたうえで分け与えたらしい。ところが周りはその薬を飲みだしてからお父様の薄かった頭がフサフサになるという事態に周囲の人たちが気付く。そしてお父様が薬を差し上げた方の頭も……。
ここで一気にあの頭痛薬が毛生えの妙薬だと噂が広まったのだ。あの薬が欲しいと申し込みがお父様に殺到。お父様は領地にいる私に大量の頭痛薬を発注した。作ったのが私だとは知らずに。
でも私は材料であるオークアップルが足りなくて作れなかったのだ。
盗賊の襲撃直後に領地に来たお父様は、あの薬を作ったのが私だと知ると、全ての申し込みを断った。あの薬を融通すれば確実にお父様はある種の悩みを持つ貴族の方々に対して立場が強くなる。でも私を政治利用したくないと、お父様は思ったのだ。
ここでどうしても薬を諦めきれない人物がいた。それは国王様だ。国王様は断られても何度となく薬を融通するようにと、お父様に遣いを出した。
実はここまでの話しは、ルーが王都のオルシーニ家の執事長セドリックから仕入れてきた話しだ。初対面のルーに対してここまでの話しをしてくれたのは、ヨーゼフが領地にいるころから私のことをセドリックに報告していたかららしい。私が黒い体に赤い目の従魔を手に入れたという報告もいっていた。むしろその従魔が、私の指示に従って人間の姿をして現れたことの方が驚きだったそうだ。
オルシーニ家が現在どうなっているかもセドリックが教えてくれた。お父様はすでに王都に連行されていて、お母様と一緒に王都の屋敷で軟禁状態にあるそうだ。しかし警備はゆるく、使用人は外に出るのも制限されないという。
おかげで私がスフィラに渡した書類、セドリックが代理人として冒険者ギルドに依頼した調査結果を手に入れることができたのだ。
-シャトレーヌの魔力を注ぐ
-秘密の書類
-お隣さん
感想欄で犯人と手口(?)を完全に当てられている方がいらっしゃいました(^^;
完全にネタバレになってしまうので、削除した上で投稿主様には謝罪いたしました。