155 自重のないルイス様
# 自重のないルイス様
ダメだと言われたらやりたくなるのが人の常。使えないとあそこまで言われれば使ってみようと思うのもやはり人の常。
【火球】
すぐに私の手の上に、オレンジ色の火の玉が浮かび上がる。
「………………ん?」
なんで魔法が使えないはずの紫の塔の中で魔法を使えるのだろうと思う暇もなく、壁の一画でガタガタガタッと大きな音がして、途端に上がった「ヒイィ──」という悲鳴が小さくなっていった。
どうやらあのビクビク侍女が隠し窓からのぞいていたようだ。
(ルー。他に誰かいる?)
──否。しかし記録する魔道具が動いている。
(記録する魔道具……)
ここは罪を犯した貴族が収監される塔だ。余罪を調べるために、そのようなものがあるかもしれない。とはいえ常に人目を気にして生活しなくてはいけないというのは、ちょっと辛いものがある。
(それはいやね)
──止まった。
(止まった?)
──ユリアは主様の『にんしょうきー』を得た。ユリアは主様の次に魔道具に優先命令権がある。
(………………ん?)
『にんしょうきー』はルイス様と話した次の日に食べたクッキーの中に入っていたものだ。そのクッキーを食べれば、ルイス様の作った魔道具を使えるようになるというものらしい。調合工房にある魔道具を使用し、魔道具によって作られた迷いの森の結界を自由に行き来するために私は食べた。
(あの……。どうしてここで『にんしょうきー』の話が出るの?)
──この国にある高度な魔道具はだいたいが東の島国で作られたか、東の島国の職人に出向かせて作らせたものだ。東の島国に魔道具の作り方を伝えたのは主様である。ゆえに魔道具への命令の優先順位は、主様の次がユリアということになる。
(………………ん?)
いろいろと話がおかしい。その話だとルイス様が作った魔道具以外でも高度な魔道具を私が自由に使ったり休止させたりできるようではないか。
(記録する魔道具は、私が記録して欲しくないと思うから休止したってこと?)
──いかにも。
(えっと……。つまり紫の塔は魔法を禁じる魔道具だけど、私の魔法の方が優先されたってこと?)
──その通りだ。
(それって今回だけって訳じゃないわよね?)
──応。
(いつまで?)
──質問の意味不明。
(………………)
なにそれ?
私も薬に関しては自重できていない自覚があるけれど、ルイス様の自重なさは規模が大きすぎる。
追求する気力もなくして、だらんと肩を落とした。
(なら隠し窓は開かないように細工してちょうだい。それと記録の魔道具だけじゃなくて、私に不利益な魔道具は?)
──ユリア自身が望まなければ魔道具は働かないから大丈夫だ。魔道武器もたくさんあるが、それもユリアの指揮下に入っている。
(……この紫の塔は安全ってことね)
──いかにも。
やっと私はベッドに飛び込んだ。見知らぬ侍女と室内で二人きりの長旅。御典薬の司であるラーツェ様の取り調べ。そしてルイス様の『にんしょうきー』。もうくたくただ。頭の整理をするためにも、寝るに限る。
◇◇◇◇◇
ノックの音で目を覚ました。声をかけると、盛大にお盆をガタガタと震わせているビクビク侍女がいる。
……汁物が半分くらい無くなっているわ。
「ゆ、夕食で……ご、ございま……」
「ありがとう。そこへ置いといてくれる?」
「ひゃ、ひゃい!」
さらに汁物の量を減らしながら、ビクビク侍女はお盆をテーブルに置いた。いったん退室したかと思うと、たらいに張った水と布を持って戻ってきた。
「お体を……お清めする水で……」
「お湯ですらないの?」
「も、申し訳っ!」
「いいのよ。そういう決まりなんでしょ?」
「ひゃい!」
「ところで、あなたの名前は何?」
「……スフィラ……です」
「スフィラは侍女じゃないんでしょ? 本当の仕事は何?」
「ひゃ、ひゃい?」
ビクビク侍女、もといスフィラは真上に飛び上がった。お盆を持っていなくて良かったわ。
「旅の同行だけならともかく、取り調べでラーツェ様はあなたの顔色をうかがうような素振りもあったし、隠し窓から覗いていたのもあなたでしょ? 侍女の仕事の領分を超えているわ」
「そ、そんな……事は!」
「もしかして、国王暗殺未遂事件の真相を捜査している部署の情報収集役か何かなんじゃない?」
「ヒイィィィィ!!」
スフィラは逃げ出した。適当な事を言ったけど、もしかしたら当たっていたのかもしれないわね。
とりあえず食事は普通に食べて、体を清めるのは【浄化】魔法を自分にかけてから、たらいの水を【火魔法】であたためて【水魔法】でシャワーにした。うん、快適だ。
昼間に寝たので、夜は手紙を書く。スフィラを経由しなくても、私の従魔であるルーなら紫の塔を自由に行き来して手紙を届けてくれるらしい。魔物の姿では手紙を受け取ってもらえない可能性があるから、その時は人型になるように助言した。
まずはオルシーニ家に。お母様はきっと取り乱していてろくな返事をくれなそうだから、王都の執事長であるセドリックに。ヨーゼフの甥だけあって、優秀な人物だ。きっとお父様の動向と、オルシーニ家の現状を教えてくれるだろう。他にもいろいろと指示をだしておく。
それと教会本部にいるであろうアリーシア先輩に。リンドウラ修道院の仕事は終わったはずだから、もう王都に戻っているにちがいない。
残念ながら私には王都に友達といえる人がアリーシア先輩の他にいない。現状の報告と、きっと王様に治癒魔法をかけている教会関係者がいるだろうから少しでも情報を送って欲しいとお願いしてみる。返事が来れば幸いくらいのものだ。ルーは教会の場所は分からないかもしれないが、私の臭いが付いているアリーシア先輩のことは分かるそうだ。
他に王都の知り合い……。エンデ様の顔も思い浮かんだが、なにせ「前の人生」では従姉妹のフランチェシカと浮気した男である。さらには人生をやり直してからも白紙に戻ったはずの婚約話を、自分でどうにかしようと領地に押しかけてヨーゼフを傷つけた相手だ。今後一切関わるつもりはない。
さてさて、どんな返事がくることやら。