152 レバンツでの最後の日
誤字報告機能ではどなたが報告して下さったのか分からない仕様のようです。
ですので前書きにてお礼を言わせていただきます。
ありがとうござます!
私が作戦を伝えると、みんなは当惑した顔になった。
「お嬢さん、本当にそんな事ができるのですかな?」
「試したことはありません。でもサクラのレシピによると……」
「サクラのレシピですと!! そんなものが実在するのですか⁉ もしやそれも修道院に……?」
ルモンドさんは期待を込めてクラリッサ様を見つめるが、クラリッサ様は答える気がないらしく巨大生物の戦いに注視している。
「失礼、今はそんな場合ではありませんでしたな。しかしサクラのレシピとなると信憑性が高い。分かりました。その作戦、私も加えていただきましょう! なあに昔取った杵柄、あんな魔物くらいどうってことはありません」
巨大な戦斧をポンと叩く。しかし私は首を横に振った。
「いいえ。ルモンド組合長は、別の事を頼みたいのです!」
私が頼みたいことを説明すると、ルモンド組合長は「う~ん」と唸り声を上げた。
「確かにそれは私以外にはできなそうですな。しかし……」
「おぬしの取り柄はその経歴だけじゃろうが! さっさと行かんか!」
どこからか現れたヨーゼフが、突然ルモンド組合長に蹴りを入れた。小さな体のヨーゼフなのに、大きなルモンドさんは吹き飛ばされる。振り返りながらルモンドさんは、「この死にが……」と言おうとして再びヨーゼフに蹴られた。……ルモンドさんの口を封じたかったみたいだけど……、ごめんなさい、もう知ってるわ。ヨーゼフの二つ名。
ヨーゼフに睨まれて、ルモンドさんは街中へ走って行った。
「ヨーゼフはルモンドさんを嫌いなの? 何かあったの?」
「あやつは、わしの妻にちょっかいをかけたのですじゃ!」
鼻息荒く、ヨーゼフは答えた。ルモンドさんがルイス様なのではないかと考える原因にもなったその態度だけれど、理由はそんな事だったのか……とは言えない。何十年も前の事を恨んでいるなんて、今でも奥様を熱愛しているヨーゼフらしいわ。
再び大きな波が堤防を打ち付けた。水位が上昇したわけではないので、すぐに波は引いて砂地が見えるが、巨大生物達が大きく動けばまたもや大波が立つ。それに巨大生物達は動きやすい沖合に移動するようだ。もう時間がない。ダンが、心配そうに私の顔を覗き込む。
「いいのか? その方法だと、お前にも危険があるが……」
「大丈夫よ。だって浄化魔法が必要なんだもの。私とクラリッサ様以外、そんな魔法を使える人はすぐに見つからないわ」
「しかし……」
「やるしかないのよ!」
「分かった。クラリッサ様はミードさんが連れて行くそうだ。お前は俺が連れて行くから安心してくれ」
と、そこへルーが念話で話しかけながら、私の足に体をこすりつけた。
「あ……、ルーが私を乗せてくれるそうよ。体毛で体を固定するから、私の両手も塞がらないし、落ちる心配もないんですって」
「……そうか。うん。そうだな。ふう……」
堤防のヘリに、抜き身の刀を片手にクラリッサ様を背負ったミードさん、剣を持ったダンとガウス、泣きながら手足をばたつかせて嫌がるヘンゼフの首根っこをつかんだままのヨーゼフと、大型犬の魔物のルーの背中にまたがる私達が並ぶ。
狙うは、次の大波の後だ。波が引くのと同時にオオヤシャ貝に向かって走る。オオヤシャ貝の端はまだ砂浜にある。そこをとっかかりにして登ればキラースクイッドにも手が届く。
再びキラースクイッドの攻撃で、どど――んと、波が堤防を打ちつけた。今だ! 全員ヒラリと堤防から身を躍らす。次の波が来る前にオオヤシャ貝にたどり着かなくてはならない!
「お嬢様――! くれぐれもお気をつけて――!」
私は陸に残ったミーシャに手を振る。
一番初めにオオヤシャ貝にたどりついたのはミードさんだ。キラースクイッドの足を避けて、タタタタンとオオヤシャ貝の外殻を登っていく。続いてガウス、そしてダン。ヘンゼフとヨーゼフは、体の大きさからか途中でその役割が入れ替わっていた。涙目のヘンゼフがヨーゼフを背負いながら、必死の形相でよじ登って来る。
――来ます。
ルーの体毛がよりしっかりと私に巻き付いた。と同時に再びオオヤシャ貝がキラースクイッドに向かって水刃を発する。それをキラースクイッドが阻止すると、再び大波が立った。すぐに砂浜に波が押し寄せて、堤防に波が打ち付ける。まさに間一髪のところだった。
「うわああああ!」
オオヤシャ貝の攻撃にバランスを崩し、落ちそうになっていたヘンゼフにガウスがとっさに手を差し伸べる。ガウスに引き上げられて、ヘンゼフはへたり込んでしまった。
みんなが揃ったところで、手短にもう一度説明をする。
「作戦は二段階よ。最初はキラースクイッドの中の寄生虫を殲滅する。寄生虫は体表に近いところにいるはずよ。紫色が特に濃いところにいるわ! 寄生虫が死ぬと猛毒を発するから、その毒は私とクラリッサ様で浄化するわ。間に合わない時は、各自に渡した毒消し薬を使って!」
「おう!」
「分かった!」
キラースクイッドの身には寄生虫がいる。生態の似ているタコよりも、イカでアナフィラキシーショックを引き起こしやすいのは、この寄生虫のせいだ。
また元来、キラースクイッドの毒はキラースクイッドが発するものだと考えられてきた。しかしサクラのレシピによると、その寄生虫こそがキラースクイッドの毒の源なのだそうだ。寄生虫の毒を完全に無効化すれば、キラースクイッドは乳白色の美しいイカで、食用可となる。しかし宿主であるキラースクイッドが死ねば、その瞬間猛毒を吐き出して寄生虫も死んでしまい、キラースクイッドの身は完全に毒に汚染されて浄化魔法でもどうにもできず、食用はできない。だからキラースクイッドの前に寄生虫を全て殺すことが大切なのだ。
私は明日の夏祭りの料理対決で、キラースクイッドとオオヤシャ貝をみんなに食べてもらうつもりだ。そうすれば、この巨大生物達の死骸が街に与える被害は最小限となるだろう。もちろん食べなれない食材、それもいくら無毒化していてもキラースクイッドへは作る側も食べる側も反発も大きいだろう。でもルモンドさんの名声と権力、経歴を使う。ルモンドさんが、今頃は街の上の人を説得しているはずだ。「食べて守ろう海辺の街・レバンツ」キャンペーン! 何がなんでもしてもらう。
「次の作戦は……」
「言わなくても分かる! このはた迷惑な巨大生物達をやっつけることだろ!!」
「ええ、そうよ! じゃあ……やるわよ!」
「「「おう!」」」
◇◇◇
ポン、ポン、ポポン!
宿の窓から見上げる空に白い花火が上がった。夏祭りが始まった合図だ。あと数時間もすれば料理対決も始まる。
キラースクイッドとオオヤシャ貝の解体は今朝までかかったそうだ。味はまだ分からないが、魔物は大型になるほど味が良いとされている。レバンツの調理人ならきっと驚くような料理を出してくれるだろう。
元々料理対決は屋台形式で行われ、一番売り上げの多い店を優勝とするはずだった。しかし昨日の巨大生物達のせいで一番多く料理を出した店を優勝することとなった。つまり金額よりも食数が優勝の鍵だ。これで料理対決の勝利の行方は分からなくなった。ラルさんの店も十分に勝ちを狙っていける。
しかし食材変更の知らせを聞いたラルさんは昨夜のうちにヨーゼフに泣きついた。疲れているだろうが、カレー普及のために、ヨーゼフは手伝いに行ってもらっている。
「さ、お嬢様! もうすぐダンさん達が迎えに来ますよ。用意をしちゃいましょう! 朝食は果物だけでよろしいですか? 後からたくさん食べますものね!」
レバンツに来た時は屋台料理を見下していたのがウソのように、ミーシャは食べる気満々だ。手早く着替えをさせられて、食卓についた。
「今日もクラリッサ様とミードさんはいないの?」
「はい。お二人とも料理対決の特別審査員に招かれたそうで、早くにおでかけになりました。なんでも、オオヤシャ貝とキラースクイッドをやっつけたのはお二人の功績だとたくさんの人が思っているそうなんですよ。本当はお嬢様のお力なのに!」
プンプンとして頬を膨らませるミーシャに、パイナップルが刺さったフォークの先を向けた。
「私はいいわ。そんな面倒くさそうなこと。それよりも、好きなものを好きなだけ食べて、おもしろいものを見て回りたいんですもの」
先程までの不機嫌がどこへいったのか、ミーシャは身を乗り出してきた。
「どこへ行きましょうか? ショッピングですか? 大道芸人もたくさん来ているそうですよ」
「まあ、大道芸人? それは楽しみだわ」
「そうですよね!」
コンコンコン。
「約束の時間には早いけど、ダン達かしら?」
「きっとそうですよ」
楽しそうな鼻歌を歌いながら、階段に直接つながる扉をミーシャは開けた。ところがその途端に聞こえたのはミーシャの「げっ!」という声だ。
「誰だったの?」
「お嬢様~。助けて下さ~い」
「ヘンゼフ!」
ドタバタとヘンゼフが居間に入り込んできた。その後に、少し前までヘンゼフとパーティを組んでいた初級冒険者達も続いて入ってくる。ミーシャは一生懸命止めたが、腹を立てている様子の初級冒険者達は聞く耳を持たない。
「どうしたの?」
「実は……」
昨日、パーティで受けていた依頼の事をすっかり忘れてヘンゼフはバカンス(と巨大生物達との戦い)に行ってしまったため、依頼品を得ることができず、このままではせっかく積み上げてきた昇級ポイントがマイナスになってしまうというのだ。その責任をヘンゼフに、もしくはその主人である私に取れと要求しに来たということだ。ちなみに巨大生物達が現れようが、依頼の期日が延びることはないらしい。
「それで、責任を取れっていうのは、依頼料の弁償でいいのかしら?」
「違うんです、お嬢様! たまたまなんですけど、夏祭りの美少女コンテストの賞品にその依頼品があったんです。だから優勝すれば、その依頼品を期日までに手に入れられるんです」
「美少女コンテスト? 私が?」
「お嬢様が……。イヤ、無理」
冒険者達も含めて、ヘンゼフの無神経な発言に場が凍り付く。ミーシャに至っては、この暑さだというのに、背景に風雪が見えるようだ。それに気付かずに、ヘンゼフがミーシャに跪いて、両手を差し伸べる。
「ミーシャちゃん、お願いだ。僕と来て、美少女コンテストに出てくれないか? 君なら優勝間違いなしだよ」
ミーシャの風雪は、とうとう猛吹雪になった。ふう……、仕方がないわね。
「行ってらっしゃい、ミーシャ」
「お嬢様!」
「確かにヘンゼフの失態は、私の失態だもの。それをミーシャに払わせるのは申し訳ないけれど、私もミーシャが出れば優勝間違いなしだと思うの」
「でも……」
「あとでミーシャの晴れ舞台を見に行くわ。きっとステージの上で、ミーシャはとてもきれいなんでしょうね?」
「え……あの……そ、そうですか?」
「優勝したら、ささやかながらニキビ薬でもおくるわ」
「え⁉ お嬢様のニキビ薬? 出ます! 私、出ます!」
受付時間の締め切りが間近だということで、私を除く一行は急いで会場へ向かった。私は階段を下りて、ルーを抱きながら、みんなが見えなくなるまで手を振った。
部屋に戻って、う~んと伸びをする。
「たまには一人になりたかったのよねえ~」
私の願いはむなしく、すぐにノックの音が聞こえた。
「もうダン達が来たのかしら?」
は~いと声を上げて、扉を開ける。と、そこには甲冑姿の男が……。
「あの……?」
「ユリア・オルシーニか?」
「私はユリア・オルソですが……」
とっさに偽名を言う。クラリッサ様とミードさんの尽力で「御使い」問題は片付いたとはいえ、オルシーニ家の令嬢は修道院にいるはずだなのだ。ここで本名をいう訳にはいかない。
「偽りを申すか! どうやら自ら刑を重くしたいと見える」
「刑……?」
「御使い」問題は解決した事が、この人たちにはちゃんと伝わっていないのかしら?
ルーが唸り声をあげるが、念話で大人しくしているように伝える。大丈夫。誤解なのだから、ちゃんと説明すれば分かるから。
「あの。私は教会の威信を傷付けるような事は何もしておりません。どうか修道女のクラリッサ様に確認を……」
「何を言っている。お前の罪状はこれだ!」
バッと書状を私の方に向けて広げる。
「オルシーニ伯爵家令嬢・ユリア・オルシーニ。貴様を国王暗殺未遂容疑で逮捕する!」
「………………………………………………は?」
さて、これにて海辺の街・レバンツの章はお終いです。
次章は王都・学園編となる予定。はたして「国王暗殺容疑」とはなんなのか?
いったん休息をはさんで、更新再開は年明けを予定しております。
一足早く、皆様、良いお年を。