151 バカンス
なろうにて誤字報告機能が搭載されました。
こちらの作品も「受け付ける」にしておりますが、
今までどおり感想欄からもご指摘もありがたくお受けいたします。
……本当は、誤字がないのが一番いいのですが。
※早速、誤字報告をいただきました!
ありがとうございます!
海辺のバカンスといえば、外せないのは食べ物だ。移動式の炭火コンロにのせた網の上で、肉や魚をじゅうじゅうと焼いていく。私が特に好きなのは貝だ。火にあぶられてパカリと開いた二枚貝に、東の島国のショーユという調味料を数滴たらすとなんともいえぬ香りがしてくる。本当はオオヤシャ貝が一番おいしいのだが、明日の夏祭りのために品薄で手に入らなかった。
ほどなく、遅れて来たミードさんも合流した。小山のような巨大キラースクイッドの目撃情報があり冒険者ギルドのお偉いさん達で対応を考えていたらしいが、目撃者が酔っていたことが分かり情報自体に信憑性がない事が分かって解散になったらしい。
お腹がいっぱいになると、ボール遊びや棒倒しなどの遊びが誰からともなく始まった。ダンとガウスが全勝しているが、意外なことにヘンゼフも二人にずいぶんくらいついている。催眠術が解けたヘンゼフだが、その間の訓練は確実に体力や技術を向上させていた。
私は、夏の日差しに疲れてパラソルの下の敷物にゴロンと寝そべる。すぐに果実水の入ったグラスが目の前に差し出された。
「ありがとう、ミーシャ。一緒に休みましょう」
そう言って、ミーシャが寝転がれるスペースを作ったが、ミーシャはおずおずと敷物に上がり、「これで十分です」と膝を倒して座った。
しばらくは私もミーシャも黙っていた。他のみんなもボール遊びには飽きたようで、別の事をし始めた。ヨーゼフ以外の大人達はリンドウラ・エリクシルを飲みながら談話をしている。そしてヨーゼフはヘンゼフの強化訓練をしている。時々聞こえるヘンゼフの悲鳴は邪魔だが、いい雰囲気だ。心の中で思っていたことを口にしたくなる。
「ミーシャ……。本当に今までありがとう」
「どうしたんですか、急に」
「ちゃんと言っていなかったな~って思って。人生をやり直したなんて言っても、すぐに信じてくれたし、薬を調合するから採取に行くなんていっても付いてきてくれた。そして、こんなところにまで……」
ミーシャは言いづらそうに自分の鼻を人差し指でつついた。
「実は……。初めて『前の人生』の話を聞いた時に、すぐに信じたわけではなかったんですよ」
「え? そうなの⁉」
ミーシャは水平線に浮かぶ入道雲を見つめながら頷いた。
「はい……。だってお嬢様には違っても、私にとって今日は昨日の続きで、明日も今日の続きでしかないんですもの。『人生をやり直した』だなんて、どうして信じられるでしょうか? 確かに初めての調合の時に、習ってもいない調合や魔法を使いこなすお嬢様を見てびっくりしました。あれだけベタ惚れだったエンデ様を袖になさったときも、喝采を叫ぶと同時に突然の心変わりを不思議に思いました。でも私にとっては、以前と髪筋一つとしてお変わりないお嬢様なんですよ。にわかには信じられませんでした」
「なら……どうしてすぐに受け入れてくれたフリなんかしたの?」
紫色の瞳が、まっすぐに私を射抜いた。
「お嬢様が一人にならないためです」
「一人……?」
「はい。あの時に私が信じているフリをしなかったら、お嬢様は『やり直し』の事を誰かに話すのを躊躇するようになったと思うんです。執事長にもダンさんやガウスさんにも……。どうしてお嬢様がそれだけの調合技術を持っていて、魔法を使いこなせるのかを聞かれても答えられなかったら、その人とは距離を置くかもしれません。それでは……」
「……一人ぼっちね」
「だからです。だから、私はお嬢様のお話の全てを受け入れたフリをしました。お嬢様に嘘をついたのです。お許しください」
ミーシャは座ったまま頭を深々と下げた。
私が周りを見回せば、ガウスに抱きつかれているダンはいつも通り迷惑そうな顔をしている。そのガウスがおかしなことを言ったのか、ミードさんとクラリッサ様がどっと笑った。ヘンゼフとヨーゼフはシャベルで水際の砂を掘り返している。この中の全員が『前の人生』を知っているわけではないけれど、みんな私をあるがままに受け入れてくれた。
ミーシャが私を受け入れてくれたと信じていたからこそ、私も人に自分をさらけ出すのをためらわなかった。だとしたら、この光景はミーシャが生み出してくれたものだ。
私は頭を下げたままのミーシャをぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう……。本当にありがとう、ミーシャ。何があってもあなたが私の一番よ」
「お嬢様……」
私を騙していたのは心の澱になっていたのだろう。ミーシャの目に涙が浮かんだ……。ところが!
「ミーシャちゃ~ん! 一緒に散歩して、貝でも拾おうよ~。バーカーンース――‼」
走り込みを逃げ出したヘンゼフが、目の前に滑り込む。おかげで私達は砂だらけだ。
「こらああ! 逃げるなあ~‼ 立派な執事になるためには、一にも二にも体力じゃぞおおお‼」
そういって鬼の形相のヨーゼフが、ヘンゼフの後を追ってきた。再び私達は砂まみれになる。口の中に入った砂をペッペと吐き出す私達を見て、ヨーゼフは顔色を変えた。
「ユリアお嬢様、ミーシャちゃん。こ、これはとんだことを……。も、申し訳ありません!」
「いいのよ。それもこれもヘンゼフが悪いんだから」
すでにヘンゼフはセイザさせられて、ミーシャにこってりとしぼられている。
「ところで今は何をしていたの? 水際を掘り返していたけれど」
「は……はあオオヤシャ貝の採取をしようとしておったところでございます」
「でも今日の干潮は夜だからオオヤシャ貝の採取は難しいんじゃなかった?」
「そうなんですが……。お嬢様のお好きなオオヤシャ貝。採取出来たらきっとお喜びになられるかと思いましてな」
そこへミーシャに怒られているはずのヘンゼフが口を挟む。
「じいちゃん、狙っていたのはオオヤシャ貝だったのかよ。そうならそうと言ってくれよ! やみくもにシャベルで掘り返しても採れるはずがないぜ」
「ふぉ?」
「オオヤシャ貝は普通の貝よりずっと深くに生息しているんだ。だから銛で砂地を深く突くんだよ。砂地に穴が二つ並んでいるところが狙い目だ。で、刺してみて岩盤に当たったみたいな感覚があったら、すぐに飛びのく。本当の石ってこともあるけれど、オオヤシャ貝だったら怒って飛び出してくるから。あいつら、貝のくせに魔物だから襲ってくるんだぜ」
鼻の頭を親指でこすり上げながら、ヘンゼフは自慢げに説明をした。そう言われてみると、冒険者は銛のような器具で砂を突いている。しかし水を吸った砂に銛を突き刺すのは難しいらしく、大した深さまで探れていないようだ。ヘンゼフは自分の荷物から銛を二本出して、そのうち一本をヨーゼフに渡した。
「じいちゃん、勝負だ。じいちゃんが勝ったら、今日はちゃんと訓練する。だけど俺が勝ったら……。ミーシャちゃんとデートだ! 勝っても負けてもお嬢様はオオヤシャ貝が食べられるぜ!」
「ふぉ! よかろう。その勝負に乗ってやろう! いざ勝負!」
そう言って二人はすごい勢いで波打ち際の砂に、銛を突き刺し始めた。
「……ねえ、ミーシャ」
「はい。お嬢様」
「ヘンゼフが勝ったらデートするの?」
「しません」
「そうよね」
「はい」
私達は冷めた目で砂を一定のリズムでザクザク刺すヘンゼフと、残像を残しながら高速で広い範囲の砂地を刺すヨーゼフを見つめた。と、深々と銛を砂に刺したヨーゼフの動きが止まる。
「ふぉ?」
「じいちゃん、当たりがあったのか⁉ オオヤシャ貝が襲ってくるから、いったん身を引いて……え?」
ゴゴゴゴゴという音が先にしたかと思うと、立っていられないような地震が始まった。
「ユリア、こっちへ!」
ダンが私を、ガウスがミーシャを抱えて高さのある堤防を乗り越えた。ヘンゼフもヨーゼフを抱えて走っている。その間も轟音と地震は続く。反対に街からは人々が何事かと堤防に集まっていた。
「なんだ、あれは⁉」
「……ばかな! あれはオオヤシャ貝だぞ! あんな大きさ見たことあるか⁉」
どうやらヨーゼフは砂浜深くに眠っていた巨大なオオヤシャ貝を突き起こしたようだ。街の人が沖合を指さして叫んだ。
「あ! 海からまた大きな何かが現れたぞ! あれは……あれはキラースクイッドだ!」
堤防に波がドドンとぶつかる音がする。ずいぶん高い堤防なのに、水しぶきが体にかかった。
「逃げろ――! 伝説級オオヤシャ貝と怪物級のキラースクイッドが戦いを始めたぞ――!!」
どちらもかつて見たことがないくらい大きく、軍艦くらいの大きさがある。天敵同士のこの二種類は、同じ大きさの相手を見れば襲い掛かる習性があるのだ。そういえばミードさんが今日遅れた理由が巨大キラースクイッドの目撃情報によるものだった。情報源が酔っていたため信頼性がないとされていたが、本当にいたらしい。
呆然と見入っていると、肩をつかまれる。
「お嬢さん!」
「ルモンドさん! いえ、ルモンド組合長!」
「いいところでお会いした。被害を抑えるための知恵をお貸しいただきたい!」
「知恵? 私にできることでしたら何でも! でも何を?」
ルモンドさんは二つの巨大生物を指さした。
「あれです」
「討伐する方法ですか? それは私には……」
「いいえ。海の中なので近づくのも大変そうですが、討伐はできます。今、この地には元特級冒険者に上級冒険者、それに年老いたとはいえかつての戦争で恐れられた『死神』、微力ながら私、『戦う薬師』もおりますから。問題は……討伐後の事です」
「討伐後?」
「あれだけの巨大生物、どちらが勝つにせよ全てを食いつくす事はしないでしょう。そうなると、街のすぐそばで朽ち果てる事になります。貝にせよ、イカにせよこの夏の気温の中、腐敗するにはそう時間がかかりますまい。そうなると、街は……」
臭い、害虫、病原菌の発生、生態系の変化……どれをとっても街は壊滅的だ。
「分かりました! いい方法がないかを考えてみます!」
「では頼みましたよ、お嬢さん。私達は船を探して討伐に行ってきます!」
そう言って、ルモンドさんは巨大な戦斧を肩に担ぎ上げた。
その時、巨大オオヤシャ貝がビュッビュと水刃のような水をキラースクイッドに吐き出す。キラースクイッドの足が二本切り落とされて、高飛沫を上げながら海に落ちる。観衆から悲鳴が起こった。これでオオヤシャ貝が有利かと思いきや、水刃を吐き出して無防備になった貝の殻の隙間に、残されたキラースクイッドの足が潜り込む。殻を閉じたいオオヤシャ貝と、殻をこじ開けたいキラースクイッドの攻防が始まる。
と、足が落とされた付近の水が紫色に染まり始めた。キラースクイッドの毒が海水に溶け出したのだ。逃げ遅れた魚達が、腹を上にしてプカリと浮き上がり始めた。まずい! 海が汚染されている。
キラースクイッドの毒を中和しなくては。確かその方法がサクラのレシピにのっていた。そうか、あれなら……。そして、討伐後にどうすればいいのかに気付いた。
歩き出そうとしたルモンドさんを引き留める。
「待って! 作戦があるわ!」
ずっと書きたかった巨大生物同士の戦い!
はたしてあと一話でこの章が完結するのか⁉